第46話・稲妻

 祈祷師様は運転台から飛び出して、デカい鳥に乗るゼルビアスを見上げて睨んだ。俺も騎士団長も後に続いて、ホバリングする鳥とゼルビアスを見上げる。すると騎士団長が悲しそうな目で俺に訴えてきた。


 鳥がデカすぎる。

 邪魔でしょうがない。

 せっかく見上げているのに。

 ゼルビアスの姿がよく見えない。


 漆黒のレオタードが、騎士団長の心に刺さったようだ。俺には侮蔑することしか出来ない。お前まで祈祷師様を裏切るんじゃねぇぞ、クズ野郎。


「ゼルビアス! 貴女の好きにはさせないわ!」

「あらあら、テレーゼアったら。ずいぶん強気なお嬢様だこと。そうしていられるのも、今のうちよ!!」


 空が鳴り、暗雲が光った。ゼルビアスお得意の雷魔法だ。マズい、苦労して走らせた電気機関車が、屋根の上のパンタがやられてしまう。

「祈祷師様! 早く防御──」

 神への祈りを捧げるよりも、稲光のほうが遥かに速い。祈祷師様が手を組むより先に、俺たちは稲妻の檻に囚われた。


「やめてくれ! 屋根には子供が乗っているんだ!」

 悲痛な叫びも、悪魔に魂を売った者には伝わらない。怪しくわらい、喜々とするばかりである。

「聞いているわ、双頭の赤龍を餌付けしたパンタ君でしょう?」

 ゼルビアスの肩に小鳥が乗った。ヴァルツース兵が餌付けしていた、あの鳥だ。クソッ、裏切り者め!


 ガキィィィィィン!!


 騎士団長が身をひるがえし、剣を交わした。裏切り者、よろこんでいたのは嘘だったのか!?


「ぬぅっ! 貴様! ……」

「へへっ、善人は苦労が多いね」


 騎士団長が押されている! 思ったとおりだ、弱すぎる。何でこんな奴がリーダーなんだ。

 ともかく味方のピンチ、加勢しなければ。運転台からディスコン棒を取り出して裏切り者に殴りかかった。


「おらぁっ!」

「このザコが!」


 騎士団長が薙ぎ払われて倒れ込む。俺はそれに巻き込まれて折り重なって、ふたりまとめてひっくり返った。

 やられたのは騎士団長だから、ザコは俺のことじゃない。大事なことだから、もう一度言う。やられたのは騎士団長だから、ザコは俺のことじゃない。


「ふざけんな! お前、本当に騎士団長か!?」

「いかにも。我が名は」

「やめろやめろ、お前の名前は隙にな後ろー!!」


 裏切り者が剣を振り上げほくそ笑み、騎士団長と俺を狙う。騎士団長は咄嗟に身体をひるがえし……って、狙われているのは俺じゃねぇか! 逃げやがったな、騎士団長!!


「サガ!」


 電光石火の斬撃は氷の盾に阻まれた。騎士団長が身体を起こして刃を交わす。氷の盾に食い込む剣は宙を舞い、墓標のように突き立てられた。


 ガックリと地面に手をつく裏切り者に、ゼルビアスが罵声を飛ばす。

「この愚図ぐず! へっぽこ! 役立たず!!」

「ああ……ゼルビアス様……」

 裏切り者はうなだれていた首をもたげて、瞳を潤ませゼルビアスを見上げ、ハァハァと荒い息を吐いている。ドMに嘘はなかったようだ。


 再び空が唸りを上げて、電弧が雲を跳ね回る。ゼルビアスは、また雷を落とすつもりだ。屋根の上のパンタが危ない!


「もう茶番は終わりよ、覚悟なさい」

「やめろ! パンタを傷つけるな!!」


 一刻も早くパンタを避難させなければと、梯子を引き出し機関車に架け、迷うことなく屋根へと上がる。見上げた空は夜のように暗くなり、電弧は激しくのたうち回る。


「パンタ! 逃げるんだ! パンタ!!」

 ディスコン棒でパンタカバーを叩いて鳴らす。パンタカバーがパタパタ開くと、パンタは辺りをキョロキョロしている。

「サガ、ここはどこ?」

「ヴァルツースだ! 屋根から逃げろ! ゼルビアスが雷を落とす、今すぐ降りるんだ!」

「でも、そうしたら双頭の赤龍は……」


 パンタをひと目見たゼルビアスは、物欲しそうに舌舐めずりをしてみせた。

「パンタ君、私のところに来ない? 貴方お得意の雷魔法、手取り足取り教えてあ・げ・る」

 お前、まさかショタコンか!? あと裏切り者のドM野郎、お前が物欲しそうにするんじゃない! 何だこの異世界は、変態ばっかりじゃないか!

 

 パンタは勇ましく立ち上がりゼルビアスに啖呵を切った。

「嫌だ! 僕は世界を救う祈祷師になるんだ! 魔術師なんかには、絶対にならない!」

 カッコいいぞ、パンタ! 今日から君が騎士団長だ!


 ゼルビアスは落胆し、目を伏せため息をついていた。欲しい玩具が手に入らない、それくらいの寂しさしか感じられない。

「あら、残念ねぇ……可愛がってあげるのに」

「では、私が代わりを「うるせえ黙れ!!」

 俺が一喝してもドMはちっとも悦ばない。ちょっとだけ安心したが、微かに寂しいのはどういうことだ。


「パンタ! 勇気と無謀は違うの! サガも早く逃げて!」

 しかしパンタは逃げようとしない。ゼルビアスをキッと睨んで、少しも目を離そうとしない。

「僕はドラゴン遣いなんだ! 双頭の赤龍をやっつけるなら、僕も一緒にやつけてみろよ!」


 悪いな、祈祷師様。パンタの台詞こそ真理。

 何故なら俺は、貨物列車運転士だからだ!


「サガ─────────────────!!」


 祈祷師様の悲痛な叫びが届いたときには、もう遅い。稲光が雲から弾け地上へ一閃、突き刺さる──。


 

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