第47話・絶縁

 その光景を目にした誰もが、時が止まったように息を呑んだ。


「死ね! 双頭の赤龍──────────!!」


 ゼルビアスの叫びとともに稲光が雲を切り裂き電気機関車に狙い澄まして落下する。それはまさに脳天を貫く剣、息の根を止める切っ先、世界の終わりが告げられた。


 機関車の屋根に立ち上がり、無意味と知りつつパンタを庇う。隠れていたって無駄なんだ。相手は雷、高圧電流なんだから。


 牙を剥いた稲妻が不敵に嘲笑わらった。狙っているのは、この俺だ。


 そうはさせるか!!


 食らいつく稲妻を、両手で握ったディスコン棒で逆袈裟斬りにし、跳ね上げた。


「そんなバカな!!」

 そう言ったのは、ディスコン棒をダメ元で振るった、俺自身だった。


 苦悶する稲光、虚空をのたうち身体を震わせ、耐えきれなくなり弾け飛ぶ。空へ還る閃光は怪鳥を穿って焼き尽くす。四散した翼は降り積もり、堕ちる主を抱きとめた。


「くっ……何故だ……何故、雷を斬れる」

「ディスコン棒は電気を通さない絶縁体で出来ている。俺自身、雷を斬れるとは思っていなかったが……」


 普通は斬れない。雷はディスコン棒を避けて、導体である肉体を選ぶだろう。だから絶対に真似しないでください。


 この決着を悟ったように連合軍が勝ち名乗りを上げ、円形広場に押し寄せてきた。電気機関車にビビッたとはいえ、荒くれ者のヴァルツース兵を撃破するなんて、凄いじゃないか!


 兵士たちはゼルビアスを取り囲む。そして彼らを裂くように祈祷師様が羽のベッドへ歩み寄る。

 見下されたゼルビアスは、動かぬ身体を無理に起こして祈祷師様を最後の足掻きをしてみせる。


「……くっ!! テレーゼアめ! 悪魔の力を喰らいなさい!!」


 首を跳ねんと剣を構える騎士団長を祈祷師様が制止する。

「ゼルビアス、無駄なことはおよしなさい」

 祈祷師様が向けた視線の先を追う。


「何だこれは!? 身体が……消える……」

 消えては現れ、現れては消えて、残像となっていく自分自身に、ハチクマが狼狽えていた。

「悪魔との契約が切れたのです。ハチクマ殿、元の世界へ帰れるのですよ」


 そうと知ったハチクマは日本へ帰れる歓びと、ほんの少しの名残惜しさを匂わせて、この異世界に別れを告げた。

「みんな、ありがとう。この世界も楽しかった」

「いかなる世界でも楽しめるのは貴方が、貴方の料理が愛されたからですよ。ハチクマ殿、お元気で」

「ハチクマさん! カレーをありがとう! お気をつけて!!」

 俺が感謝を伝えた瞬間、ハチクマは笑ったまま消えた。帰る時代は、戦時中。無事を祈らずにはいられなかった。


 そして視線はゼルビアスに戻された。失われた魔術に、断たれた悪魔との契約に絶望している。

「いっそ殺せ! テレーゼア!!」

 しかし祈祷師様は、横たわるゼルビアスの前でひざまずいた。


「貴女の力を借りたいのです。そうですよね? サガ」

「そうだ! ゼルビアス、荒くれ者や率いた貴女の力が必要なんだ! ヴァルツース兵に武装解除を命じて、鉄製の武器や防具を回収してくれ!」


 ゼルビアスは苦悶に歪んだ片眉を上げた。

「赤龍遣い……何をするつもり……?」

「鉄のレールを作るんだ。街への報酬としてジャガイモを提供しよう、この荒れ地でもよく育つ。連合軍はコンテナから煉瓦を出して、製鉄所まで運んでくれ!」


 ゼルビアスの統率力は、確かだった。負けたと知ってもヴァルツースの民が動くのだから、色気で募り性癖で従わせただけではないらしい。


「サガ。監視のもと、ヴァルツースに自治を認めようと考えています。如何でしょう?」

「いいと思いますけど……何で俺に聞くんですか?」

「それは……これだけの功績、男爵のままでいいはずがありません。合議の中枢に加わって頂かななければ」


 やっとだ……。ラトゥルスに帰ったら男爵イモの二つ名から卒業だ。異世界を救った偉大なその名は、ジャガイモだけに残される。


 さて、製鉄所の様子は──。


 鉄鉱石に、回収した武器防具、もちろんカレー爆弾が発破した大砲も『エ』の字に似た鉄レールに生まれ変わった。指示をするのはゼルビアス、もう立派な工場長だ。武勇に優れたヴァルツース兵も、自慢の体力を活かせる新たな仕事を誇りに思ってくれている。


「ゼルビアス。気になっていたんだが、荷馬車はみんな同じ大きさか?」

「そうよ。それが何?」

「車輪の幅も同じなら、鉄レールと鉄車輪の組み合わせが出来ると思ったんだ。馬1頭で運べる量が増やせるぞ」

「鉄の道に……馬車?」


 そう、鉄道馬車だ。大変な作業になるが、一度敷設すれば恒久的に高速大量輸送が出来る。荒れ地をえっちらおっちら行くよりも、負担が少なく効率的だ。


 備蓄していたヴァルテンハーベン産の木材をまくら木にして、完成した鉄レールを並べていく。固定に使うのは古典的な犬釘だ。

 余談だが、釘の頭が犬の鼻に似ているから犬釘という。レールをまくら木に固定するためだけの釘、他の用途には使えない。


 長い時間は掛かったものの、ヴァルツースから鉱石の街フェルンマイトの麓へ、煉瓦の街フレッツァフレアの入口へ、燃える石の村ロックフィアへと鉄道網を伸ばしていった。

 敷設が済んだ線路の試運転も兼ねて、貨物列車を走らせる。ついた先では志願兵を降ろし感謝を伝えて、改めて同盟を確かめた。


「おお、テレーゼア。逢いたかったぞよ」

「祈祷師様、先を急ぎましょう」

 ロックフィアの助平ジジイを袖にして、敷設を進める。木材の街ヴァルテンハーベン、駅がある村ピグミスブルグ、そして……。

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