第45話・信号炎管

 電気機関車が川を越える。溶けて落ち込む氷の橋を慣性に任せて乗り越える。


 運転台がガクッ! と下がる、粘れ! 登れ! 対岸に乗り上げろ!


 貨物列車は、川を渡って停止した。


 貨車は無事か!?


 窓から顔を出して後方を見ると、コンテナ貨車は川を跨いで停車していた。何とか脱線はまぬがれたようだ、よかった……。


 と、安堵するには早かった。


 ヒュッ!


 俺の頬を矢がかすめた。

 運転台に引っ込むと、ヴァルツースの衛兵が列をなして弓を引き、氷の線路が松明たいまつによって溶かされていく。


「騎士団長! コンテナを解き放て!」


 矢の雨を避けながら、騎士団長が貨車へと走りコンテナをひとつひとつ開放していく。コンテナの扉を盾にしてラトゥルスはじめ連合軍の軍勢が弓を引いた。あれだけの前後衝動に耐えるとは、やるな! 連合軍!


「サガ! これ以上の進行は……」

「松明が消えれば線路を敷けます。祈祷師様!」


 祈祷師様は強く祈った。神が呼応し、あたりに吹雪が巻き起こる。衛兵の松明は雪に殴られ消え去った。


「神よ! ……さあ、行きましょう!」

「まだだ! 貨車が脱線しちまう!」


 吹雪に怯んだヴァルツース兵を尻目に、運転台から飛び降りて電気機関車の後部に向かう。開放テコを引き上げて「僕と握手!」している連結器を開く。


機関車カマだけで突っ込んでやる! 祈祷師様!」

「はい! センローですね!?」


 氷の線路が、ヴァルツースの中枢にまで伸びていく。連合軍みんな、しっかりついてこい!


 運転台に乗り込んで全段投入フルノッチ。貨車は切った、後ろを気にする必要はない。20両ものコンテナ貨車から解き放たれた機関車は、矢の嵐を背に猛烈な加速をしてみせる。


 ヤベえ、身体が椅子に押し付けられる。単機のEH500って、こんなに速かったんだ。


 あまりの速さにヴァルツース兵はおののき仰け反り腰を抜かして呆けている。衛兵の人垣を抜けると、無数の荷馬車が並んでいる。大量の木材、煉瓦、鉄鉱石に燃える石は、騎兵隊の馬たちが馬車を牽いて運んでいたのだ。


 どれも同じに見える……もしかして大量生産に備えて規格化したのか?


「サガ! 前を!」

「げっ! 大砲だ!」

「タイホー!? 何ですか、それは!」

「鉄の玉が飛んでくるんだよ!」


 歯車をキリキリ鳴らして、ぶっとい大砲が電気機関車に照準を合わせる。剣と魔法の世界で飛び道具はチート過ぎる、異世界物ライトノベルなら禁物じゃないか。


 照準が俺たちにピタリと合った。このままでは機関車もろとも粉々だ。


「祈祷師様! 箱から信号炎管を取ってくれ! 小さい筒があるだろう!?」

「こ……これですか?」


 サンキュー、祈祷師様。俺たちに神のご加護を──。


 ハンドルから手を離し、信号炎管に点火する。勢いよく炎を吹き出し、もうもうと煙を立てる。運転台がけぶる前に側窓を開け、大砲めがけて投げ込んだ。


 ドカアアアアアアアアアアアアアアン!! ……


 雄々おおしかった大砲がラッパのように広がった。そばにいたヴァルツース兵は吹っ飛んで、地面を転がり気を失って突っ伏した。


「やりました!」

「何を、まだまだ!!」


 そのとき、思わぬ声がした。

「乙種合格の私にも、お国に報いることが出来るのか。是非とも加勢させてくれ」

「ハチクマさん!?」

「分割作業の合間に乗り込ませてもらった。とっておきの秘密兵器がある、世界で誰も使ったことがない恐ろしい兵器だ」


 ハチクマは『賢者の石』ことカレールーを点火した信号炎管と一緒に投げた。


 ドカアアアアアアアアアアアアアアン!! ……


 辺り一面にカレーの匂いが充満した。剣や弓矢を構えた兵士が手を止めて鼻をヒクヒクさせる。そのうちカレーの匂いに魅了され、彼らは戦意を失った。


「これがカレー爆弾だ」


 残り2本の信号炎管にカレールーをくくれ……くくりつけて、砲身めがけて投げ込んだ。黄色い爆煙が辺りに散らばり、ヴァルツース兵の戦意を削いで空腹へといざなった。


 ドカアアアアアアアアアアアアアアン!! ……


「ぐわぁっ!」

「ぬぉっく!?」

「腹減ったぁぁぁぁぁ!!」


 ドカアアアアアアアアアアアアアアン!! ……


「ぎゃばぁ!」

「ぅぼろっ!」

「飯を寄越せぇぇぇぇぇ!!」


 凄い! 凄いぞハチクマ! どうして主役じゃないんだ!


 しかし、様子がおかしい。腹を抑えて天を仰ぐヴァルツース兵、彼らを襲う矢が止んだ。

「まさか、連合軍も戦意を喪失しているんじゃ」

「しまった、カレー爆弾における唯一の欠点だ。敵味方関係なく、誰もが戦いを放棄してしまう」

 それは戦闘が終わるから、いいんじゃないか。何て平和的な爆弾なんだ、世界中の爆弾がカレールーだったらいいのに。


「しかし、これは好機ではないか。このまま本丸に突撃だ! そして帰るぞ、帰るべき世界へ!」


 勇ましいハチクマの号令に、俺は乗った。

 そうだ、ハチクマも俺も貨物列車も、帰るべきところへ帰らなければいけないんだ。悪魔に魂を売ってでも。

 だから出て来い、魔術師ゼルビアス!


 線路は大通りをまっしぐら、電気機関車が街中へと進行していく。

 荒くれ者が自前の武器を振りかざし、家々から大通りへと躍り出る。

 だが、遅い。身軽になった機関車を停められる者は、ブレーキを握る俺しかいない。


「サガ! 行き止まりです!」


 単弁ブレーキハンドルを目一杯、非常位置まで押し込んだ。ブレーキシューが締めた車輪は氷の線路に食らいつき、車輪と線路が甲高くも野太い悲鳴を上げる。


 停止したのは、暗く不気味な円形の広場。最終決戦におあつらえの様相だ。


 そして、俺たちを待っていたかのように風音が鳴る。電気機関車の送風機ブロアーじゃない、これは紛れもなく羽音。


「ようこそヴァルツースへ。いらっしゃるの? テレーゼアのおバカさん」


 この高飛車な声……現れたな! 魔術師ゼルビアス!!


 切れ上がったレオタードだと!? 何てセクシーな格好なんだ!


 ヴァルツースについた輩の気持ちが、ちょっとわかるのが悔しい。

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