第44話・熱

 逆モグラ叩きが終わりを告げて、ようやく車両点検が出来ると思ったときだ。空には暗雲が立ち込めて、ゴロゴロと雷まで鳴り出した。

「サガ、見えました。あれがヴァルツースです」


 祈祷師様が指差す先に、どんより暗くゴツゴツとした街が現れた。ところどころで真っ赤な光を放つのは、溶岩ではなく窓の明かり。鋭くそびえ立っているのは工場、煙突、尖塔だ。


 窓が赤く光るのは溶鉱炉のせいだろう。ピグミスブルクを足掛かりにして、ヴァルテンハーベンで木材を得て、ロックフィアから燃える石を買い取り、フレッツァフレアから煉瓦を奪い、フェルンマイトで鉄鉱石を獲得した。

 そうしてヴァルツースは大量の鉄と強大な軍事力を手に入れて、仕上げに我らラトゥルスを支配しようとしているのだ。


「祈祷師様。最終決戦の前に、ドラゴンの身支度をしたいのですが」

「そのようないとまは、ないようです。サガ、出迎えが参りましたよ」


 乾いた荒れ地に、むせぶほどの土煙が湧いた。ヴァルツースの騎馬隊が強固な城壁のように迫りくる。


 ふざけんじゃねぇ! 停まれねぇじゃねぇか! 俺に車両点検をさせろ!


 ピィィィィィ──────────────!!


 怒りに任せてホイッスルを鳴らすと、行く手を阻む隊列がぐずぐずと崩壊した。馬は地面を蹴り上げて、騎馬隊はもてあそばれる。

 そのうちの1頭が、氷の線路に滑ってコケた。


 俺はすぐさま非常ブレーキを投入する。連結器の隙間が詰まり、ドスドスと貨車がえずいて電気機関車にもたれかかる。

 馬の体重は軽自動車くらいあるんだぞっていうのは、やっぱり競馬好きな先輩の話。そんな重いものを轢いてみろ、排障装置スカートなんかじゃ耐えられない。

 だからコンテナのみんな、衝動に耐えてくれ。


 馬から振り下ろされた騎馬隊が、のたうつ馬を線路から引きずり出した。進路が開いた、緩解かんかい

「サガ! 一気に攻め入るのです!」

 祈祷師様が力行りっこうハンドルを押し下げた。伸びた連結器が重く冷たく無骨に鳴った。余計なことをするんじゃねぇ!

「やめてください!」

 ハンドルを戻し、唸りを上げたモータが静まり返る。そしてその判断は間違っていなかったのだと、土煙を抜けて思い知った。


 川だ、いや、堀だ、どっちでもいい、とにかく水路が行く手を阻む。幅は広くないものの、もうもうと湯気が立っている。温水か、それとも温泉か。

 これが温泉だったら祈祷師様との混浴イベントがあるだろうに。いやダメだ、あとは男ばっかりじゃないか、逆ハーレムで騎士団長と一緒に入浴なんて御免被ごめんこうむる。

 しかもドキッ! 漢だらけの連合軍、BL展開になったらどうしてくれる。見る側にとってイイかも知れないが、やるやられるの立場にもなってくれ。ただでさえ異世界なのに、更に新しい世界の扉を開いてどうする。


 そんなことは、どうでもいい。いや、どうでもよくないが、今考えるべきことではない。

 水路を流れる温水により、氷の線路が溶かされ崩れ落ちている。

 非常ブレーキ! 連結器が詰まる! みんな、ごめん! 本当にごめん!


 どこかに橋があるはずだ、騎馬隊が渡った馬車が通れる橋が、どこかに……。


 あった! 


 が、城攻めに備えた跳ね橋だ。たった今、跳ね上げられて高くそそり立っている。

 今更進路を変えたところで、氷の線路が溶けて脱輪、跳ね上がった橋に激突するだけだ。ならば橋を目指す意味はない、他のどこを渡っても同じこと。


 高架か隧道トンネルか? それには距離が足りない、水路を避けるだけの十分な高さ深さが得られない。


 川に沿って走って、他の橋や熱水が冷めた場所を探すか?

 敵国ヴァルツースの目の前だ、全長425メートルの的になるだけじゃないか。貨物列車に矢を放たれて、機関車もコンテナもボコボコになる。電気機関車運転士として、それは避けたい。


 進路は変えない、現状で最善を尽くす。

 

「祈祷師様! 川までに停まれません! 路盤を強化してください!」

「ロバン……強化? わかりました、祈ります」

 神は馬をマッチョにした。そっちじゃねえよ、いくら俺でも馬とロバを間違えねえよ。


「違います、線路です、あの川は熱水なんです。熱に負けないよう強化してください」

「熱にですか!? センローは氷ですよ!?」

「貴女が神様を信じなくてどうする!? どんな手でもいい! 神様、線路をつないでくれ!」


 祈祷師様が祈りを捧げ、俺はブレーキハンドルを非常位置より奥に押し込む。ブレーキシューは悲鳴を上げて、連結器が怒号を響かせ、コンテナの中は阿鼻叫喚の地獄絵図。耐えてくれ、線路がつながるその瞬間まで。


 溶けた線路を越える線路が新たに敷かれた。

 が、あっけなくずぶずぶと溶けて崩れる。

 しかしまた線路が現れ、溶けて消える。

 現れては溶けて、溶けては現れる。

 まるで神と悪魔のせめぎ合い。

 負けるな! 俺たちの神様!!

 悪魔に打ち勝ってくれ!

 つながれ、氷の線路!!


 だんだん!

 小さく!

 なる!

 演出は長いとクドいし、話が進まないな。


「……誰だ? 今のは」

「サガ! 神の声を聞いたのですか!?」

「我々に災厄を与える悪魔かも知れません」


 悪魔の声に気を取られているうち、川は目前にまで迫っていた。一瞬だけ加速したのが命取りになったようだ。

 もう間に合わない、溶ける線路に貨物列車が突っ込む──。

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