第43話・魔物

 飛び去った小鳥を追いかけるように、貨物列車は荒野を走る。この遥か先がヴァルツース、ついに最終決戦のときがきた。


「今までとは違って、かなり遠いんですね」

「ええ、馬車に乗っても幾日と掛かります。交易を阻むような土地が、ヴァルツースを荒れた寒村とさせたのです」

 孤島のような場所なのか。救いの手を差し伸べたくても、距離が遠のかせてしまうんだなぁ。


 ところがこれが列車ならば、あっという間だ。しかもここは平らな痩せた土地。ヴァルツースへと真っ直ぐ伸びる氷の線路が、小さくなって見えなくなるまで見通せる。ATSがない世界、俺の注意力だけが安全確保の頼りでも、これなら快調にすっ飛ばせる。


 あまりに速くて、祈祷師様が引きつっている。

「サガ。急ぐ気持ちはわかりますが、速すぎるのではありませんか?」

 たびたび特別攻撃を仕掛けようとする祈祷師様に似合わない、ずいぶん弱気な発言じゃないか。


 確かに街や軍隊、建物に突っ込むときの速度はそれほど高くない。高くはないが歩くような速さでも、接触するのが重量級の電気機関車ならひとたまりもない。


「大丈夫ですよ。遮るものは何もないし、山や谷も証言どおりありません」

「サガ、油断大敵です。万一の備えとして、すぐに止まれる速さでなければ」


 直ちに停止できる速度、鉄道においては時速15キロ。それはない、サラブレッドが本気を出せば時速70キロで走るんだ、と競馬好きの先輩が熱く語っていた。重装備の弓兵を乗せたとしても、ヴァルツースの騎馬隊は時速50キロくらいで走るだろう。


 ヴァルツースに近づくだけ襲撃されるリスクが高まる。その瞬間が訪れたとき、騎兵隊を心理的に圧倒する速さは必要不可欠ではないか。

 そこまで考えて出した速度は──と、速度計をチラリと覗く。


 時速100キロ!?


 EH500型電気機関車の営業最高速度だ!!

 何もない大平原を走っていたから、速度感を見誤った。確かに、これは速すぎるかも知れない。何せ、ここはファンタジーな異世界だ。モグラの化け物みたいなモンスターが、いきなり地中から現れたり……。


 バコォォォン!


 異音感知! 直ちに非常ブレーキを投入する。

 同時に、ずんぐりとした茶色いものが大の字になって飛んでいく。運よく斜め前方に落下したので、運転の継続には支障ない。


「……祈祷師様、今のは何でしょうか」

「サガ、ご覧なさい。魔物が地中から顔を覗かせています」


 祈祷師が指差す先には、予想したとおりの化け物がいた。デカいモグラが真っ赤な目をギラギラさせて、こちらを睨みつけている。

 それじゃあ、さっきモグラを轢いたんだ……。下からなんて、どんな運転士だって予測不能だ、そんなのズルい。


「サガ、もしや停まるつもりですか?」

「ぶつかったんだから、停まるのが当然ですよ」

「走り抜けてください。ここで停まってしまっては、あの魔物に襲われてしまいます」


 言わんとすることは理解出来る。圧力計も表示灯も異常を示していないから、機器に損傷はないようだ。恐らく走り続けても問題はない。

 だけど、前面下部の排障装置スカートはベッコリへっこんでいるに違いない。あああ気になる、愛車を傷つけてしまったのか、気になってしょうがない、今すぐ停めて様子を見たい。

 でも機関車の損傷を確認しに行ったら、モグラの化け物にやられて俺自身が損傷してしまう。


「わかりました……」

 俺は泣く泣くブレーキを払った。空気圧縮機コンプレッサが動作して、元空気だめの圧力がじわじわ上がる。やはり空気系統には異常なし。現在、時速45キロ。


「祈祷師様、この速さではどうでしょう? 遅くないですか?」

「注意を払うには、このくらいでよいでしょう」

「注意現示げんじとは、よく言ったものです」

「はぁ?」


 信号現示げんじと指示速度。その関係がわからないのだから、祈祷師様に理解が出来ないのも当然だ。そもそも上手いことを言ったつもりの俺自身が何を言っているのか、わからなくなってきた。


「祈祷師様、お願いがございます」

「何でしょう」


 バゴォォォン!


「ドラゴンの傷が気になって仕方ありません」

「魔物から受けた傷ですか?」


 バゴォォォン!


「そうです」


 バゴォォォン!


「どこか安全な場所が」


 バゴォォォン!


「ありましたら」


 バゴォォォン!


「停まりたい──」


 バゴォォォン!


「サガは」


 バゴォォォン!


「双頭の赤龍を」


 バゴォォォン!


「大切に」


 バゴォォォン!


「思っている」


 バゴォォォン!


「のですね」


 バゴォォォン!


「おい、モグラ!!」


 バゴォォォン!


「お前、多過ぎ──」


 バゴォォォン!


「何だよ! この逆モグラ叩きは!!」


 モグラの化け物は雨後の筍のようにボコボコと現れて、電気機関車に弾き飛ばされ大平原にみっともなく突っ伏した。


「サガが言うように、魔物が多過ぎます。当分、外へは出られません。つらい気持ちはわかりますが、どうか耐え抜いてください」

「いいんです、もう、いいんです……。こいつが走れさえすれば、それで……」


 電気機関車の排障装置スカートはモグラを跳ねてバコンバコンと鳴り響く。絶え間なくぶつかるものだから、怒りを通り越して悲しくなってきた。

 畜生、視界が霞んで前方注視義務が果たせねぇ……。

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