第33話・運転台

 歩くような速さで進んだ末に、石橋を抜けた。フレッツァフレアの首長以下、住民たちが列車に向かって手を振っている。

 見送っているのは、もちろん

「ハチクマさーん!!」

である。ハチクマは、フレッツァフレアの人々に手を振り返してからコンテナに乗った。

 本当に人気者だ、主役級じゃないか。


 騎士団長がすべてのコンテナを鎖錠して、電気機関車に乗り込んだ。これで全員乗車完了だ。

 祈祷師様にお願いし、石橋に至る氷の線路を炎で溶かして、新たに線路を敷いてもらって進路を変える。曲率はバッチリ、ありがとう神様。


「次の街に向かいます」

「神のお導きに従って」


 右手で1ノッチを投入し、慎重に力行りっこうさせる。何せ今は、食器を積み込んでいるからな。無謀な運転はしたくない。

 祈りを捧げる祈祷師様を、変な動きをしないでくれよと横目に見る。


 だいたい、配置が悪いんだよな。運転台は左側でブレーキが左、加速させるノッチが右。祈祷師様が座る助手席が右側だから、横槍入れ放題だ。


 比率で右利きが多いから、鉄道車両のツーハンドル車では、よく使うハンドルを右にしている。

 細々こまごまと駅があって、しょっちゅう停める電車やディーゼルカーは、右にブレーキハンドル。

 あまり停止させる機会がないとされる機関車や新幹線は、右に主幹制御器。特に古い電気機関車は自動車のマニュアル車と同じように、1ノッチずつカチカチカチと手動進段させていたから理解出来る。

 このEH500型でも、ショックを避けるため1ノッチずつ投入している。繊細な作業だから、右手がいい。


 それはわかる……わかるけど、今は裏目にしか出ていない。

 本当に大人しくしてくれよ、祈祷師様……。


「次の街は、ヴァルツースの生命線とも言える街です。防衛も今までより強固かも知れません」

 そうですか、と答える俺はハラハラしていた。祈祷師様が鼻息荒く両手を握り、線路の先を睨みつけていたからだ。

 気合の入り方が明らかにヤバい。これは間違いなく特別攻撃を仕掛けるつもりだ。


 そんなことを考えていたせいだろうか、まさかの事態が起きた。


「サガ! 双頭の赤龍を止めてください!」


 停めろだと!? 祈祷師様が、貨物列車を停めろだと!? 一体何があったというのだ!?


 そうか、停めていいのか。意外過ぎて妙に動揺してしまった。停めればいいのね。


 コンテナにショックを与えないよう自弁ブレーキハンドルを慎重に操作する。

 兵隊に加えて伝説の料理人ハチクマ、更には皿まで積んでいる。美味い料理を作ってもらえても皿がないから食べられませんじゃあ、お話にならない。少しの衝動も許され……

「サガ!? 何を悠長にしているのですか!? 直ちに止まるのです!!」


 祈祷師様は立ち上がり、俺の背後から単弁ブレーキハンドルに手を伸ばした。俺は即座に祈祷師様の手を払う。


「ダメです! やめてください!!」


 機関車にしかブレーキが効かない単弁ブレーキなんて、滅多に使わないんだぞ。ましてや高速域での使用は禁止されている。

 編成全体均等に掛かっているブレーキが機関車だけ強くなったら……


 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!


 と、20両ものコンテナ貨車が押し寄せて機関車はガツン!! と突き飛ばされる。

 そんな衝撃に、機関車のブレーキが耐えきれるはずがない。


 隣でずっと見ていたから、簡単な操作は覚えてしまったようだ。実際、簡単ではないんだぞ!?


 次の瞬間、俺の膝に祈祷師様が乗っかった。


 ヤバい!

 柔らかい、いい匂い……。

 ヤバいのはそっちじゃない!!


 今度は直通予備ブレーキに手を伸ばす。


「やめろって言ってんだろ!!」

「キャッ!?」


 俺はハンドルから両手を離し、祈祷師様の肩を抱き寄せる。

 密着したのは事故だ、これを見過ごせば本物の事故になっちまう。

 クソッ!! やっぱり直通予備ブレーキは禁断のブレーキだ!!


 そして貨物列車は、一番弱いブレーキを保って停止した。俺も、俺に座る祈祷師様も呆然としたままだ。

 これはいけない。人間椅子状態では、変な気になってしまう。密着しているのがよくないと身体を離す。


 膝に座る祈祷師様が前のめりになりコンソールに両手をついた。

 この格好はマズい! 男子中高生が興奮してしまう!

「祈祷師様、立って頂けませんか」

 さっきまでの威勢はどこへやら、情けない声でお願いをして離れてもらう。


「無茶な真似をして……何があったんですか」

「……そうです! 人が倒れていたのです!!」

「こんな何もないところに!?」

「ご覧なさい! あれです!」


 祈祷師様は乗務員室扉を開け放つと、線路から離れたところを指差した。運行に支障のない範囲だから、俺は見ていなかった場所だ。


 確かに人が行き倒れている。重たそうな荷物が荒らされて散らばっていたから、敗走したヴァルツース兵によるものだろう。酷いことをするものだ。


「サガ! 騎士団長も! 行きましょう!」

「ううむ……息があるとよいのですが……」

「信じるのです! 神のおぼし召しかも知れませんよ!?」


 3人でその人の元へと駆けつける。外傷は見られず、身体を揺すると「ううん……」とうめいたので、気を失っただけのようだ。


「しっかりしろ! ヴァルツースの連中か!?」

「そうだ……貴方がたは……?」

「我らはラトゥルス連合軍、私はラトゥルス騎士団長のグレインテスフェルト・オリビエンランバウトだ」


 そういえば騎士団長の名前をはじめて聞いた。こんなに長い名前だから、誰もが騎士団長と呼んでいるのか。


「私は、フェルンマイトで薬師をしております。仰せのとおり、ヴァルツース兵に金と馬を奪われました」


 フェルンマイトは、俺たちが向かっている街ではないか。情報収集も出来るし、怪我人がいれば治癒してもらえる。

 これは仲間に加えない手はないぞ。

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