第34話・薬師

「我々もフェルンマイトに向かっている、ヴァルツースを撃退するためにな。連合軍に薬師が加われば心強い、仲間に加わってくれないか?」


 騎士団長が誘ったものの、薬師はポカンと口を開けてしまった。こういう役目は見目麗しい祈祷師様がピッタリじゃないか?

 すると薬師は祈祷師様には目もくれず……お前それでも男か、そうじゃなくて、遠くにたたずむ貨物列車をじっと見つめた。


「……あれが……双頭の赤龍……」


 もう噂が広まっているのか。この異世界を何よりも速く駆け抜けていたが、とうとう情報に追い越されてしまったようだ。

 貨物列車で街に突っ込み、コンテナから兵士が出てくるトロイの木馬みたいな作戦は通用しないと思ったほうがよさそうだ。これから先は厳しい戦いになるだろう。


 ……コンテナでシャッフルされて、ヘロヘロになった兵隊で勝っていたんだから、今までの運が良すぎたとも言えるか。

 すべては、神のご加護!!

 ……ということにしておこう。


「薬師よ、恐れることはない。双頭の赤龍を操るのは、このサガ・ユース男爵なのだから」

「あなたが……双頭の赤龍を?」


 うわっ。この薬師、畏敬の念をたっぷり込めて見上げているよ。日本に帰ればたまに子供が手を振って、ハイビームにするんじゃねぇとマニアにキレられる、ただの電気機関車運転士が。

 引きつった愛想笑いをしていると、騎士団長が勧誘を続けた。お前じゃダメだ、早く祈祷師様と交代しろ。


「薬師殿、どうかラトゥルスにお力を……」

「私でよければ」


 ほらな、祈祷師様が出てくれば話が早い。


「サガ、騎士団長、薬師殿はどこへ?」

「ハチクマの厨房くらいしか空いていませんね。汗臭い軍人にまみれるのは、嫌でしょう?」

「それがいい。貴重な薬師殿を戦闘させるわけにはいかぬ」


 ということで、ハチクマが乗るコンテナに薬師を乗せた。移動式のキッチンに、薬師は絶句して固まっている。

「これがラトゥルスの国力ですか……」

「いいえ、連合軍のすいを集めた技術の賜物たまものです」

 祈祷師様の言葉には、訪れた町や加わった志願兵への感謝を込められている。


 一方ハチクマはというと、厨房をあちこち触りひとりで納得しているようだ。俺たちのことなど気にしていない。

 何をする気なんだ、ハチクマ。


「ハチクマ殿、彼は薬師だ。ここに乗せてはくれぬだろうか?」

 騎士団長が偉そうに頼むと、ハチクマは嫌な顔ひとつせず薬師を招き入れていた。

 コンテナが閉まるその瞬間、ハチクマが視線を上にし鼻をヒクヒクさせていたのが気にかかる。

 何かやる気だな、頼むから火を使うなよ、列車火災は怖いんだから。


 さて、フェルンマイトへの旅路の再開だ。後部運転台に騎士団長、前部運転台には俺と祈祷師様が乗車する。大事なことだから、もう一度言う。後部運転台に騎士団長、前部運転台には──。

「サガ、フェルンマイトが見えました」

「案外、近いんですね。……どこですか?」

「あれです、あれあれ」

「どこです? えっ? どこ?」


 進路を見ても、その周辺を見渡しても街らしいものは見えやしない。祈祷師様は指を差し、フェルンマイトを示しているが……どこなんだ?

 前方に見えるのは、山の連なり。って、もしかして……。


「祈祷師様、フェルンマイトって」

「あの山の上です」


 マジかよ、鉄道の大敵、永遠のライバル、またしても現れた勾配だ。ロックフィア以来じゃないか、しかし今度はそんな生やさしい坂じゃない。

 だって、明らかに切り立っている、薄っすら崖さえ見える、急峻なんてものじゃない。


 理由があるにせよ、よくもまぁあんなところに街を作ったものだなぁ。それを攻め落としたヴァルツース、恐るべし。

「ヴァルツースは、どうやって攻めたんですか? ていうか、普段どうやって街に行っているんですか……」

「山を大回りするか、崖を這うような道があるのです。サガ、崖の道が見えますか?」


 目を凝らすと、確かに崖には細い道がジグザグと刻まれていた。つまりこれは、スイッチバックだ。

 どうする? 貨物列車をスイッチバックさせて登るか? 前進して登り、全長425メートルの列車を退避させ、ハチクマの協力を得て後退して登り、退避して前進して退避して後退して……。

 いや、似たようなところを行ったり来たりするのだから、上から岩を落とされたら一巻の終わりだ。


 ならば大回りして登るか? フェルンマイトの特産品は重量物だそうだから、輸送には緩やかな迂回路を使っているはず。カーブの曲率はわからないが、大回りルートは鉄道車両が走るのに適していそうだ。


 いや、薬師が知っていたとおり、ヴァルツースには『双頭の赤龍』の情報が伝わっている。のんびり登れば返り討ちに遭ってしまわないか。

 しかも、ここは重要拠点。ヴァルツースの防衛も強固だろう。


 考えろ、考えろ、俺。急峻な地形を克服し、隅から隅まで鉄道網を張り巡らせた日本の鉄道に、鉄道に懸けた先人の偉業に教示を得るのだ。

 鉄道開業というロマンに懸けたおとこたちに思いを馳せて──。


 そう、漢のロマン!


 上手くいくかは、わからない。

 俺たちをここまで導いた祈祷師様のお祈りと、叶えてくれた神様の力。

 今は、それを信じるしかない。


「祈祷師様、今から難しいお願いをします。神様は叶えてくれるでしょうか?」

「サガ、我らを守護する神を信じるのです」


 俺と祈祷師様は、力強い眼差しを交わした。

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