第32話・ハチクマ

 ひとつのコンテナにフレッツァフレアご自慢の煉瓦を積み、竈門かまどを作ってシンクも作って鉄板コンロも作った。


 木工に優れたヴァルテンハーベン、土に慣れたロックフィア、煉瓦の扱いはお任せのフレッツァフレア、小さい村だから何でもこなせるピグミスブルクの合作だ。


 そうやってコンテナに作られた厨房の出来栄えに伝説の料理人ハチクマはご満悦だが、食堂車と言うよりはキッチンカーみたいだな。


「ハチクマさん。料理をするのは列車が停まって扉を開けてからにしてください。いくら通風コンテナと言っても、火をくべべれば酸欠になってしまいます」

「わかっている。しかし未来の貨車は凄い、荷室を外せるなんて」

「フォークリフトっていう重機が必要なんです」

「フォーク……そうだ、什器じゅうきを積まなければならないね。ヴァルツースの連中が置いていったのがあるだろう、それも積もう」


 どうやらハチクマさんは、料理のことしか頭にないらしい。転移してすぐにナーロッパークだのナーロッパ脳だの行政代執行だのと、この状況を受け入れなかった俺とは違う。こういう人こそ、ライトノベルの主人公に相応しい。


 ジャガイモを同盟の証としてフレッツァフレアに提供し、空いたコンテナに食器を積み込んだ。

 大量のジャガイモを受け取った首長以下、住民たちはコロッケが食えると大喜びだ。きっとこの街の名物料理になるだろう。


「サガ、出立の準備が整いました。次の街へ向かいましょう」

 おっと……時代は違えど同じ日本からの転移者であるハチクマに掛かりきりで、麗しの祈祷師様を忘れていた。

 しかも準備が整ったって……ちょっと待てよ、何度も直面している課題があるじゃないか。


「祈祷師様。前に進むには、また街を破壊しないといけないんですが」

 サラッととんでもないことを言ってしまった。だが事実なのだから、しょうがない。電気機関車が突っ込んだ食堂を抜け、その奥に広がる街並みをぶち抜かなければ進めない。


 すると、そこへハチクマが

「推進運転は出来ないのだろうか」

と提案してきた、要するに後退だ。あっちは慣性任せの下り勾配だったが、ロックフィアで使った手法だ。


 正直、怖いんだよなぁ……進路が見えないし、街は谷に囲まれているし……せめて車掌の合図があればなぁ。

 むき出しの吹きさらしで手すりしかない簡素なものだが、最後尾にはデッキがある。

 でも鉄道を知らない異世界の住人に、前方監視を任せられない。最後尾から機関車までの425メートルを、どう連絡し合えばいいかも思いつかない。


 またもや、そこへハチクマが

「前方監視は私がやる」

「危ないですよ!? 隙間みたいなデッキしかないんですから!」

「一度だけだが、炭水車を乗り越えて機関車まで行ったことがある。異常を認めれば手ブレーキを回して停めればよいのであろう?」

「あの……列車食堂のコックさんですよね?」

「そのとおりだ」


 誰ひとり欠かせない大切な仲間であるが、ハチクマはラトゥルスを旅立って以降では、誰よりも心強い仲間かも知れない。

 それは料理が出来るだけでなく、鉄道を知っているからだ。何をするにも話が早そうで助かる、コックなのに。本当にコックだよな?

 ヤバい、無個性な電気機関車運転士の俺なんかは、あっという間に食われてしまう。何がヤバいのかわからないが、とにかくヤバい。


 気にするな、嫉妬するな、仲間じゃないか。俺は、俺の仕事を果たすまでだ。

 騎士団長から乗車完了の報を得て、祈祷師様にお祈りをしてもらう。見えないけれど氷の線路が石橋を通って、その先まで敷かれているはずだ。


「……線路があるか見に行っていいですか?」

「サガ! 神を信じないのですか!?」


 しまった、祈祷師様を怒らせてしまった。さんざんお世話になった神様に、無礼を働いたのだ。そりゃあ怒るに決まっている。

 こういうときは会社員の必殺技、平謝りだ。


「いえ、信じないわけじゃないんです。神様には大変お世話になっていますから。運転士には進路を確認する義務があるんで、つい。すみません」


 ペコペコしたのが効いたのか、祈祷師様は腑に落ちない顔ではあったが一応、納得してくれた。ツンと澄ました顔もまた……いやいや、今は謝罪に徹するのみだ。


「これだけ多くの街を解放に導いたのです。悠長にしていては、この先々の守りを固められ、ヴァルツース軍の報復を受けるでしょう」

「わかりました、ハチクマさんを信じて先を急ぎます。のんびりしてたら、ジャガイモが芽を出してしまいますからね」


 緩解かんかい力行りっこう、起動、惰行だこう

 貨物列車は、歩くような速さで後退する。

 前方との連絡手段は貨車1両分の手ブレーキ。

 頼むぜ神様、頼むぜハチクマさん。

 俺たちの生命と異世界の平和が、かかっているんだ。


 そのとき、フレッツァフレアの住民が貨物列車のそばを走った。

「ハチクマさん! ありがとう!」

「いつか帰ってきてね! ハチクマさん!」

「コロッケ、美味かったよ! ハチクマさん!」


 ヴァルツースの侵略以来、フレッツァフレアに愛されたハチクマを連れて行ってしまうことに、俺の胸がチクリと痛んだ。

 すまないな、ハチクマは奥さんや娘さんがいる元の世界に帰らなければならないんだ。


 ……俺も帰れるのかなぁ。

 あああああ、ジャガイモはもりもり減っているし、矢を食らって車両はベコベコだし、帰ったら会社に何とお詫びすればいいんだ……。

 蓋した思考が沸騰し、俺は心身ともにズッシリと重くなってしまった。

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