第17話・駅

 もうメチャクチャ謝った。報告書だって反省文だって書くつもりだ。何せ、運転士になってからはじめての事故なのだ。

 ピグミスブルクの住民たちは電気機関車に押し潰された鴨居を仰ぎ、ポカンと口を丸く開いて

「あっちゃあ……」

とだけ言っている。壊した俺に言えた義理はないが、どういうわけだか残念そうに見えない。


 救世主だと思っていたドラゴンが、町にとって大事な館を破壊したのだ。祈祷師様だって黙っているわけにはいかない。

「サガ、赤龍に何が起きたのですか?」

「連結器の隙間が詰まっちゃって、後ろに下がれなくなっていたんです。ちょっとだけでも隙間を作りたくて前に出したんですが……すみません」

「レンケツキ?」

 祈祷師様は眉をひそめて首を傾げる。この瞬間だけ子供っぽく見えて、クソッ可愛いなぁ。


 祈祷師様に現物を見せて説明した。各車両間の「僕と握手!」している連結器は、ガッチリ固定すると機関車への負担が大き過ぎるから、若干の遊びを作っている。ラトゥルスを出発したとき、連結器をガシャガシャ鳴らたのは、遊間を伸ばしていたのだ。発車のときは詰まっているか、遊んでいる方がいい。

 逆に押すときは、遊んでいるか伸び切っている方がいい。でも今は、遊びがなかった。だから前に出して、こんな事態を起こしてしまった……。


 祈祷師様は、何となくわかった様子で

「背骨が詰まっていたのですね?」

 椎間板ヘルニアみたいに言われてしまい、返事に困ってスルーした。

「しかし、どうするかな……これ以上、前に出せないし」

「ぶっ壊しちまいなよ!」

 過激な発言で俺と祈祷師様を絶句させたのは、ピグミスブルクの住民である。この町の中心で、一番大きな建物を破壊していいのだろうか。


「今のままじゃあ、ここから動けなくて他の町を助けに行けないだろう? 俺たちと同じように、ヴァルツースの侵略を受けた国を救ってくれ! それと、一緒に戦いたい奴らもいるんだ。小さい町だから大人数は加われないが、俺たちをヴァルツースまで連れて行ってくれよ!」


 次の瞬間、館の中から雄叫びが上がり解体工事がはじまった。とりあえず列車が通過出来るようにしなければと、床から屋根まで車体幅の分だけを切り取りはじめた。

 左右ふたつに分かれた館は、見覚えのある形になっていった。


 これは駅だ!

 地べたから浮いた床は、コンテナの下辺と同じくらいの高さだった。これはプラットホームじゃないか。

 残された壁と屋根は、線路側にガランと開いている。雨風を避けるホームの上屋うわやにそっくりだ。


「明日までには更地にするぜ!」

「ちょっと待った! こいつが通れれば十分だ。それに、残してくれた方が乗り降りしやすい」

 ピグミスブルクの住民もラトゥルスの軍勢も、声を揃えて感嘆した。プラットホームという発想は、やはり鉄道ならではだ。

「なるほど! これなら足が悪くても馬車に乗りやすい。これは、このまま残しておこう」


 力自慢の軍人が乗り込むのだ、プラットホームなど本当は、なくても構わない。

 馬車への乗車に便利だと言っているから、世界に平和がもたらされたら、都市間交通を整備する際に役立つのかも知れない。

 何より、駅の姿が見えてしまって、俺が残したくなったのだ。

「サガ、嬉しそうですね?」

「俺、本当はブルートレインを運転したかったんですよ。機関車を運転するなら、貨物列車運転士しか選択肢がなくって……」

「ブルー!? あなたがいた世界には、青龍もいるのですか!?」


 しまった……。俺の興奮が、祈祷師様に変な形で伝播してしまった。

「青いのは絶滅しました、今はバラバラになって眠りについています。残念でなりません」

「他には、どのような龍がいるのですか!?」

 参ったな、これは答えなきゃダメか。

 子供の頃から憧れていた列車の話で、嘘はつきたくない。わかってもらえるように、噛み砕いて話そう。


「海沿いを走っていた緑色のは、生まれ変わって西のあちこちを走っています。あとは銀色のが、気まぐれで東のあちこちを走っています」

「銀の龍の背に乗って、運んでいくのですね!? ジャガイモを!」

「背中に乗ったら死にます、乗るのはドラゴンの腹の中です。あと、運ぶのは金持ちだけです」


 兵士たちはコンテナで、俺は運転台で、祈祷師様は「駅舎」でそれぞれ夜を明かし、次の町だか国だかを救済する旅に出た。

 貨物列車を歩くよりもずっと遅く、ゆっくりと転がして、プラットホームからラトゥルスの兵士が、ピグミスブルクの有志がコンテナに乗り込んでいく。

 何だか、観覧車みたいだな。そんな楽しいものではないけど。


 側窓から後方を覗く祈祷師様が、コンテナへの乗車終了を告げた。

「サガ、総員が赤龍に乗りました。さぁ、行きましょう! 走るのです、双頭の赤龍!」

 力行ハンドルを押し下げて、貨物列車は氷の線路を加速する。景色はみるみる後ろに流れ、静止している風景は、どんどん小さくなっていく。


「それで、祈祷師様。次の国とは……」

「見えました、あの深い森がヴァルテンハーベンです」

 って、近ッ!!

 祈祷師様の言うとおり、鬱蒼とした深い森しか見えなかった。問題は、森のどこに国が埋まっているのか、わからないことだ。


 これはヤバい、停止位置がまるでわからない。

 こうなったら、芋虫のような速度で森を進んでいくしかない。まずは、自弁ブレーキハンドルを1段投入だ。

「……森の中に道が見えないんですが、どこから入るんですか?」

「さぁ、私にもわかりません。一体、どこにあるのでしょう?」

 氷の線路は脇目も振らず、果樹草木に飲み込まれている。今度こそ、貨物列車が森に突っ込んでしまう!

 俺はすぐさま自弁ブレーキを2段、3段と込めていった。

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