第18話・天高く

 電気機関車が宙に浮き、フロントガラスが空を映した。昔あった漫画みたいに列車が飛び立つ、わけではなくて、氷の線路は緩やかな上り勾配になっていた。

 森に備えて速度を落としていたから、坂を登りきれないどころか、下手をすれば途中で停まって逆走してしまう。すかさずブレーキ緩解、そして力行。


 ガチャララララララララララ……。


 ああ……コンテナのみんなが減速勾配力行で、悲惨なことになっている。みんな、ごめん。

 氷の線路は森のてっぺんで水平を保ち、広大な緑のうねりを眼下に走る。森に埋もれる城壁が、真正面に現れた。


「あれがヴァルテンハーベンですか? 祈祷師様、この町はどういう形になんでしょう」

「城壁は円形で、町の目抜き通りは城壁に沿っています」


 ははぁ、なるほど。ドーナツみたいな町か。


 そのとき、フロントガラスに犬のような、人のような化け物が張り付いた。運転台の俺たちに気がつくと、いやらしくよだれを垂らして、舌なめずりをしてわらっている。

「うわぁぁぁぁぁ何だこいつはぁぁぁぁぁ!!」

 俺は咄嗟に、コンソールのつまみをひねった。

『ブグゲェェェヘェェェェェ!! ……』

 焦った、ビビった、怖かった、何とか払い落とせてよかった……。

「サガ、今は何をしたのですか?」

「ワイパー・アンド・ウォッシャーです」

「濡れていますが、赤龍の涙でしょうか?」

「まぁ、そんなところです!」


 俺はホッとしていたが、祈祷師様は凍てついたように張り詰めている。

「ヴァルツース……森に魔物を放ったのですね。ヴァルテンハーベンの宝に、何ということを」

「宝って、この森ですか?」

「ええ。良質な木材はヴァルテンハーベンを繁栄させました。かつては我らラトゥルスも交易していたのですが、ヴァルツースの侵略がはじまってからは、それも途絶えてしまったのです」

 ならば、この国を助ければ木材が手に入る、ということだな。


 ところで、この線路はどこまで伸びているのだろう。城壁を飛び越えた先が見えないのだが、まさかあそこで切れてはいないよな……?

 念のためブレーキを軽く当てて……っと。


「祈祷師様、どのように攻め入るおつもりですか?」

「円形目抜き通りに、双頭の赤龍を這わせます」

 なるほど、貨物列車が路面電車状態になるわけだな?


 ……って、また町中じゃねえか!! だから人身事故は勘弁だっての!! 俺はすぐさまブレーキをもう1段、また1段と込めていく。

 しかし、登坂のために力行したのと、森を飛び越えている気持ちよさで思いの外、速度を出してしまっていた。

 その上、城壁の先は町中に向かって下り勾配になっている。町に入ったところで停まりきれそうにないから、ピグミスブルクみたいな事態が想像出来る。

 またかよ……。


 氷の高架で空中を駆け抜け、城壁を軽々と飛び越えて、待っていたのは下り急勾配。

 いや、こんなの待っていない!

「何でこんなに急なんですか!?」

「この高い城壁から、目抜き通りをつないだだけですが……ダメでしたか?」


 祈祷師様は、いつものように首を傾げているに違いない。今の俺に、そんなものを見ている余裕は微塵もない。俺は考える間もなく非常ブレーキを投入した。

 貨物列車が重力にもてあそばれる。コンテナ貨車がドチャッと軋み、ブレーキシューが悲鳴を上げて、ついには加速をしはじめた。

 フロントガラスに映るのは、直下で金切り声を上げながら逃げ惑っている街の人々。これには俺も悲鳴を上げずにはいられない。


「どけよ! どけよ! どけ! どけ───!!」


 そしてたまらず、ホイッスルを吹いた。


 ピィィィィィィィィィィ─────────!!


 次の瞬間、電気機関車の電源が落ちた。無電圧を報せるブザーが運転台に鳴り響く。

 しまった、屋根の上のパンタを忘れていた。今頃、目を回して伸びているに違いない。ごめん、本当にごめん。


 それよりも住民たちに逃げてもらって、列車をいち早く停めるのが先だ。無意味だとはわかっているが、自弁ブレーキを非常より奥へと押し込んでいく。当然、それより先はない。


 この異常事態に、ヴァルツース兵が飛び出してきた。

「バカバカバカバカ! 出てくるんじゃねぇ!!」

 血相変えて電気機関車から逃げ回っているヴァルツース兵たち、青ざめながら自弁ブレーキハンドルを握り締める俺、そして手に汗握り興奮している祈祷師様。


 何だ、この絵面は!


 ヴァルツース兵は、城門を開け放ち飛び出していく。外は魔物が蔓延る森。

 十分に速度が落ちた列車から騎士団長が颯爽と飛び降りた。シャッフルされてフラフラになった兵士たちを引っ張り出すと、ラトゥルス軍の総力を上げて城門を固く閉ざしてしまった。


「武勇に優れたヴァルツースだ、自ら放った魔物を駆逐してくれるだろう」

 いくら何でも、これは酷い。騎士団長に戦争のむごたらしさを見せつけられた。

 いや、多分違う気がする。


 そして、祈祷師様が乗務員扉を開け放つ。

「私はラトゥルスの祈祷師、テレーゼア! サガ男爵が操る双頭の赤龍の力を借りて、貴方たちをヴァルツースの呪縛から解き放ちに参りました」

 家や倉庫に避難していた住民が、恐る恐る首を出した。警戒心が薄れていくのが、手に取るようにわかる。

「我々と同盟を結び、ともにヴァルツースと戦いましょう!」


 ヴァルテンハーベンは、大歓声に沸いた。それに呼応するようにコンテナの扉が開かれて、同盟の証に大量のジャガイモが配られた。


 そしてまた、この世界に伝説が生まれたのだ。

 双頭の赤龍が空から舞い降り、ヴァルテンハーベンの自由を祈祷師テレーゼアが、ジャガイモをドラゴン遣いのサガ男爵がもたらした。

 よって、このジャガイモを男爵イモを名付けたのだ、と。


 爵位、早く上がらないかなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る