第2話・双頭の赤龍

 混乱するなというのは無理な話だが、落ち着け俺、運転士として何をすべきか考えるんだ。

「指令、指令」

 列車無線を入れたが、まったく応答がない。

 脱線時に破壊されたか?

 あるいは、この青空だ。俺がいつの間にか気を失って列車が朝まで滑走し続け、電波の届かないこの辺りでようやく停まって……。


 そんな馬鹿なことがあるか!


 余計なことを考えるな、益々混乱するだけだ。まずは運転士として取扱を実施して、考えるのはそれからにしよう。

 列車無線が使えないということは、防護無線を傍受出来ない列車があるはずだ。

 ならば列車防護だ、対向列車に停止手配を取らなければ二次災害が発生してしまう。それに対向列車を介せば、指令に通報出来る。

 俺は乗務員室に備え付けの信号炎管を掴み取り外へと降りた。

 が、どこを見回しても線路がない。どこまでも広がる草原と、踏み固められた道があるだけだ。


 線路がなければ、列車防護のしようがないじゃないか! 


 そうだ、俺のスマホがあるじゃないか、これで指令所に電話を掛ければいい。乗務員室に戻り、鞄からスマホを取り出して、早く電源が入ってくれと画面をじっと睨みつけた。

 ……圏外……。

 どんな山奥に突っ込んだ!? そこに城塞都市風の建物があるっていうのに!!


 列車無線が使えず、線路を見失い、携帯電話も圏外となれば、付近の電話機を頼るしかない。

 列車に沿ってそびえ立つ石積みを見ると、その影に隠れて恐る恐るこちらを見つめる人々が目についた。

 チラリと覗く服装は、ヨーロッパの民族衣装によく似ている。


 脱線した辺りは、那須高原が近い。別荘があるような避暑地だ。それじゃあここは、ヨーロッパを意識したテーマパークか何かだろうか。携帯電話の電波が入らないのは不思議だが、世界観のために僻地を選んだのだ、それだ、そうに違いない。

 それに線路のないところに貨物列車が突っ込んでくれば誰だって怯える。怖がっているのも無理はない。

「あのー、すみません! 電話を貸してくれませんか!?」


 すると城壁の影から、銀色の鎧を身にまとった兵隊が現れて、こちらに向けて矢を放った。

 たまらず乗務員室に逃げ込んで、扉を閉めて身を潜める。こいつら一体、何者なんだ!?

 矢がガツガツと車体に当たり、そのうちの1本が側窓を突き破り、リノリウム張りの床にブスリと刺さった。


 ヤバい……本物だ……。


 いよいよ俺は、自分を騙すのも限界に達した。

 走っていたはずの線路が、どこにもない。人がいるのに、列車無線も携帯電話も通じない。声を掛ければ矢が飛んでくる。何より夜勤のはずが、この青空だ。もうわけがわからない。


「貴様、何者だ! 名を名乗れ!!」

 五月雨のような金属音が鳴り止むと、割れた側窓から怒号が届いた。日本語だ、と安心したが、いや当たり前か。列車が海を渡るはずがない。

 新手のサバゲーだか新興宗教だかテロ組織だか知らないが、奴らが俺の命を狙っているのは間違いない。ここは素直に言うことを聞くのが吉だ。


「JR貨物東北支社仙台総合鉄道部所属運転士、相楽祐介!!」


 所属と氏名を名乗ると、外は水を打ったようにシンとした。聞かれたことに答えただけなのに、外から動揺が伝わってくる。

 しばらくすると、上ずって歪んだ声が乗務員室に届いてきた。

「お、お前は何を言っているんだ!?」


 何をって……所属を氏名を言っただけなのに、伝わらなかったのか? だいたい機関車から制服を着たのが降りてくれば、運転士だってわかるだろうに。その言葉を、そっくり返してやりたい。


「だから、この貨物列車の運転士、相楽祐介!!」

 苛立ちながら噛み砕いて伝えたものの、どうもピンとこないらしい。微かなざわめきが伝わってくる。

 どうしてわからない?

 貨物列車を見たことがないのか?

 線路がなくても機関車を見れば電車の類いだとわかりそうだし、トラックで運ばれるコンテナをひとりくらいは見たことがあるだろう。

 何て言えばわかってくれるんだ……。

 しかし彼らは、斜め上を行く質問を投げかけてきた。


「嘘を言うな! 貴様はどう見てもドラゴン遣いではないか!!」


 ……とうとう妄言を放ちやがった。

 ひとりふたりならまだしも、城壁からこちらを覗いている全員がそう思っているのなら、本当にヤバい。

 それとほぼ同時に、ある想像がぎった。


 この貨物列車をドラゴンだと言っているのか?


 躊躇いつつもまさかと思い、聞いてみることにした。馬鹿なことを尋ねているのが情けなくて、声が上ずり踊ってしまう。

「ド……ドラゴンなんて、どこにいるんだ!?」

「貴様が取り込まれたのは、双頭の赤龍ではないのか!?」

 やっぱりそうだ。悪い予感が的中してしまった。

 俺が乗っているEH500型電気機関車は真っ赤な車体で2車体1組、双頭と言われれば確かにそうだ。後ろに連なるコンテナは100個すべて赤紫。これを赤いドラゴンだと思っているのは間違いない。


 中世ヨーロッパ脳……いいや、ドラゴンなんて本気で信じているのだからナーロッパ脳だ。その世界観に毒された彼らに、ドラゴンではなく貨物列車だと伝えなければ、俺の命が危ない。


「これはドラゴンじゃない、荷物を運ぶ機械だ! 俺はこれでコンテナを運んでいるだけだ!」

 城壁の一同がどよめいた、世界観を破壊されて動揺を隠しきれないのだろう。

 ナーロッパ脳の連中よ、早く目を覚まして現実に帰って来てくれ。


「祈祷師様が謁見をお望みだ! 両手を上げて、こっちに来い!!」

 ダメだったか、こいつらは重症だ。素直に言うことを聞いて、話を合わせた方が良さそうだ。

「行くのはいいが、待ってくれ! ひとつ頼みがある!」

「何だ!」

「機関車の入庫措置をさせてくれ! バッテリーが上がっちまう!」

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