第3話・祈祷師様

 兵士に両脇を掴まれた俺は、民衆の視線を浴びながら城へと連行された。電気機関車を運転していただけなのに、何という恥辱なんだ。どうして俺がこんな目に……。


 しかし、この町並みはよく出来ている。プラスチックやコンクリートはどこにも見当たらない。どの建物も、板や石や煉瓦レンガだけで作られている。塗料もテカテカしたペンキではない、自然な風合いだ。


 町並みだけじゃない、ここにいる人々も手織りの布を草木染めした服を着ているし、兵士の鎧は木槌の叩き出しだ。ただ、みんなやつれて顔色がかんばしくないのが気にかかる。


 城の内外も安っぽさがない。壁はモルタル吹き付けじゃない、燭台はプレス加工じゃない、床の大理石はアンモナイトが埋まっているから本物だ。そしてふかふかの絨毯は、ひと目で手織りの高級品だとわかる。


 これだけ凝れば建設費も馬鹿にならない。完成したところで、テーマパーク運営会社が潰れたのだろう。そこへナーロッパに毒された彼らが乗り込み占拠して、理想郷を作っているのだ。


 そうだ、それに違いない。

 妄想が行き過ぎて不法占拠するような奴らだ、ヤバい連中であることには変わらない。


 奥の間まで連れてこられると、バルコニーでは金銀の刺繍で飾られた白いローブを身にまとった美女が、まばゆい金髪をなびかせていた。その方向から察するに、俺の列車を眺めているのだろう。

「祈祷師様、ドラゴン遣いを連れてきました」

 だからドラゴン遣いじゃないって……。

 祈祷師とやらがこちらを振り向き、輝くような微笑みをたたえた。兵士から尊敬を集めて、この態度。きっと彼女が妄想の権化、教祖、親玉だ。


「貴方の名前は……?」

「相楽祐介です」

「サガ……ユースね?」

 微妙に違うんだけど、指摘すると不敬罪で兵士に殺されかねない。ここは気にしないでおこう。


 突然、兵士が息を呑んで俺から手を離す。バルコニーへと駆け寄って、自らが盾になるよう祈祷師様の肩を抱いた。

「祈祷師様! ヴァルツースの使者です!」

 祈祷師様は兵士の影から外に目をやると、額に手をかざし「ああっ!」と絶望して見せた。

 不法占拠で行政代執行がなされるのか、ついに警察が乗り込んできたか、そんな予想はあっさりと裏切られた。


 馬鹿デカい鳥が、空を羽ばたいていたのだ。


 マジかよ、俺は異世界転移しちまったのか?


 デカい鳥は次第にこちらへ近づいて、祈祷師様のローブを激しくはためかせている。

 吹き飛ばされてしまわないよう踏ん張っていると、羽音の隙間から高笑いが聞こえてきた。


 俺も風にあらがいバルコニーへ向かったが、眼下の列車が気になって、そちらを凝視してしまった。

 レールのない地面を滑ったのに1両も横転していない、台車も明後日な方を向いていない。

 よかった。

 ブレーキ直通管は無事だろうか、ATS車上子は破損していないだろうか……。

 ちゃんと点検したいなぁ……。


 そうじゃない、デカい鳥だ。慌てて視線を空に向ける。

「祈祷師テレーゼア、ごきげんよう」

 女だ。祈祷師様とは対称的な、黒いローブを身にまとった女が鳥の背中に立っている。

 そんな馬鹿な、どうして立っていられるんだ。

「魔術師ゼルビアス! 貴方、悪魔に魂を売ったわね!?」

「貴方たちこそ、双頭の赤龍なんかを召喚して。そんなことで、私たちが諦めると思って?」


 この世界の住民は、俺の列車をドラゴンとしか思えないらしい。赤いし、長いし、デカいから、そう思っても仕方ない……のか?


「日照り続きで、お生憎あいにく様。もうじき食糧も尽きるでしょう、素直に同盟を結べば助かるものを」

「ラトゥルスの民を奴隷にするつもりでしょう!? 誰が貴方たちなんかと!! ……」

 祈祷師様は口惜しそうに唇を噛むと、重苦しい空気が漂った。

「今日は赤龍を見に来ただけよ、安心なさい」


 要するに、配下に置きたい国が魔物を召喚したようだから、偵察に来たらしい。魔物とは、もちろん貨物列車のことだ。

 早いな、どうやって知ったんだ。水晶玉か? プロジェクションマッピングみたいなやつか? どうでもいいが、ちょっと見てみたい。


「近々、精鋭部隊とお邪魔するわ。テレーゼア、それまで息災で」

 魔術師とやらは高らかに笑いながら、鳥の背中に乗ったまま去っていった。

 しかしまぁ、何とわかりやすい悪役なんだ。


「サガ、魔術師ゼルビアスの話を聞いておわかりでしょう。食糧難に加えてヴァルツースの侵略、この国は存亡の危機にひんしているのです」

 それは理解した、とてもわかりやすいやり取りだった。

 でも、それが俺と何の関係があるのだろう……と、そこまで考えたその瞬間、サーッと血の気が引いて震えるほどに青ざめた。


「そこで私は、この国難に打ち勝つ勇者が現れるよう神に祈りを捧げました。召喚されたのが双頭の赤龍に乗ったサガ・ユース、貴方こそがラトゥルスを飢饉と侵略から守って下さる、救世主なのです」


 お前らの狙いは、やっぱりそれか。

 貨物列車運転士としてのプライドが、俺の体温をカッと急上昇させた。

「苦しいのはわかった、だがコンテナの食料品は顧客から預かった大事な荷物だぞ!?」

「サガ! 貴方は食糧をお持ちなのですか!?」

 しまった、墓穴を掘ってしまった。

 俺が預かったコンテナ100個は今、存亡の危機に瀕している。

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