ジャガイモ満載貨物列車が異世界転移し無双する

山口 実徳

第1話・峠越え

 鬱蒼と茂る峠を越えれば、闇夜を斬り裂く長い長い孤独な旅は折り返しを迎える。しかし、この列車の旅はまだ終わらない。


 北海道の各地から札幌貨物ターミナル駅に集められた100個のコンテナは貨車20両に積み込まれ、室蘭本線、函館本線、青函トンネルを擁する津軽海峡線をひた走り、今は運転士2年目である俺、相楽さがら祐介の手によって東北本線を南下している。

 まもなく到着する黒磯駅で、俺から後任運転士に引き継がれ武蔵野線、東海道貨物支線を経由して東京貨物ターミナル駅に到着すれば、列車の旅はようやく終わり。

 いや、更にそこから貨車が切り離され違う貨物列車に組み換えられたり、コンテナが降ろされてトラックに積み替えられたり、そうやって積荷の新しい旅がはじまるんだ。


 前照灯が照らし出す線路を見つめながら、自分の旅を振り返り、後任運転士への引き継ぎを組み立てる。

 運転区間、異常なし。

 前任運転士の引き継ぎも、異常なし。

 ふと、前任運転士の言葉が浮かんだ。


「何だか、色々積んでいるらしいな」

「引っ越し荷物とか、ですか?」

「北海道だぜ、食品ばっかりだよ。定期列車から溢れたコンテナを積み込んだってよ」

 北海道からここに至るまで、そんなことも引き継いでいるのか。まぁ、何が積まれていようと、慎重に運転することには変わらない。

 前任運転士をねぎらって、出発信号機の進行現示げんじを確認し、ブレーキを緩解かんかいさせて力行りっこうハンドルを投入。加速させると、開けた側窓がわまどから連結器が伸び切る音が響き渡った。


 ガチャララララララララララ……。


 加速にグッと手応えが生じる。

 今日の列車は、重いな。

 積荷のメインは季節柄ジャガイモだろう。どのコンテナにもギッシリと詰め込んである重量感、きっと今年は豊作なんだ。


 そこまで思い出すと、第2閉そく信号機の進行現示が宵闇を貫いた。

「第2閉そく進行」

 今は緩やかな下り勾配、自弁ブレーキハンドルを投入して編成全体にブレーキを当てると、列車はゆっくりと減速しはじめた。

 うん、やっぱり重い。

 貨車にもブレーキが掛かっているが、ズッシリとした衝動が電気機関車から伝わってくる。第1閉そく信号機までに速度を落としていかないと、停車時のブレーキで荷物に衝動を与えてしまう。しかも速度を落としづらい下り勾配、早め長めのブレーキが肝となる。


 そう、ブレーキ距離を確保するために、時間を稼ぐ運転をしてきた。

 列車が首都圏に乗り入れる頃には、通勤時間帯になってしまう。異常があれば仕方ないが、遅延は絶対に避けたいところだ。

 第2閉そく区間に進入すると、辺りは再び闇になる。下り坂を転がる列車は、ゆっくりゆっくり少しずつ速度を落とす。この調子なら第1閉そく信号機までに速度を十分落とせるぞ、黒磯駅には衝動なく停車できる。

 この様子であれば……到着定時。


 突然、夜が白くなった。


 非常ブレーキ!

 防護無線発報!

 信号炎管点火!

 パンタグラフ降下!


 矢継ぎ早に異常時の取り扱いを実施した俺は、思考を一瞬で駆け巡らせた。

 架線に電気火花? いや、消えることも明滅もせず、ずっと明るいままじゃないか。

 対向列車? いや、前照灯にしてはハイビームでも明るすぎる。

 まさか隕石? 突拍子もないことだが、状況から判断して可能性は否定できない。


 続いて俺を浮遊感が襲う。

 ハンドルを強く握り締め、身体を丸く屈めて気付かされた。浮いているのは俺だけじゃない、この機関車まるごとだ。

 脱線だ!!

 この状況で出来ることは、すべてやった。この列車を直ちに停める措置、周囲の列車に停まれとしらせる措置、電源を遮断し電気火災を防ぐ措置。


 あとは、着地してからのことを考える。

 ここは人家のない山中だ。線路も架線柱も機関車がメタメタに破壊するだろうが、沿線への人的被害は恐らく出ない。

 列車無線にはバッテリーがあるから、壊れなければ通信出来る。まずは指令所に通報だ。

 防護無線を受報出来なかった列車に、信号炎管に火を点けて停止するよう報さなければ。

 それから列車の状態を確認し、改めて指令所に報告を行い……。


 独りでこれをやるっていうのか!


 着地!


 電気機関車はバウンドすることなく、滑り込むように地を這った。車輪が地面を蹴り上げて、小刻みに振動し続ける。跳ね上げた土や小石がビタビタとフロントガラスに打ちつける。

 俺は握ったハンドルを命綱にし、小さく屈んで舌を噛んでしまわないよう歯をこれでもかと食いしばる。すべては命があったら、だ。


 ……おかしい。


 林に突っ込んだのだから、木に激突してもおかしくない。なぎ倒した木がフロントガラスを突き破ることもない。断続的で小刻みな激動は、少しずつ減速している、ということは平坦なところを滑っているのだ。

 あの辺りは、こんな地形だったのか?

 もう少し起伏があるんじゃないか?

 いや、わからない。いきなり谷底に落っこちるかも知れない。もしそうなっても俺に出来ることは何ひとつない、成るように成るしかない。


 ……停まった、谷底に落ちることもなく。


 シンと静まり返った周囲を、泥だらけになったフロントガラスから覗いてみる。その隙間から雲ひとつない青空がチラリと見えて、妙な安心感を得た。


 馬鹿な! 青空だって!? 俺は夜を走っていたんだぞ!?


 側窓を全開して、皿のようにした目を向ける。

 網膜に焼き付いたのは石積みの壁、乾いた朱色の屋根、白くて高くて華奢な城。ひと言で表すならば、中世ヨーロッパ風の城塞都市だ。

 どこだ? ここは……。

 たったそれだけを口に出来ないほど驚愕した俺は、ただただポカンとするだけだった。

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