神絵師、絵を続けることになりました。

 可愛い少女に名刺を渡したとたんにこれだ。

 彼女の中で何か騒ぐことがあったらしい。

「は、えっ!? かや。さん!? えっえっ!? 本物なのですか!?」

「えっ、ちょ!? かや。さん!? う、嘘でしょう!? どんなイラストでも一日で完成させるTowitterフォロワー数1000万人超えのあの超絶技巧イラストレーター!?」

 あの…とはどの「あの」なんですかね?

「それだけじゃないのです! 今でこそ一人になっちゃいましたが、「かぎっ子」のサークルメンバーでかぎっ子の触手担当こと「村崎コウ」さんも、今では「ガメツイ刃」の作家ですし! 毎年開催されるコミケに参加していた時は10本以上を必ず新作をもってくるのにそれが10分で同人誌が完売されるのですよ!? そんな伝説のイラストレーターさんなのです!?」

「それに誰も本人の顔をみたことないことで有名だったのに…」

 二人で叫んでからぎょろッとこっちを見てくる。片方の人に至っては表情がいっさい生きてないからすごく怖い。

 というか…なんかすげぇ評価受けてるな…俺自身大したことしてないのに…。

 航たちに絵を褒められて調子に乗ってネットに上げたら「いいねb」とかいろんな人にしてもらえたから、さらに調子に乗って小学生の頃に30分ドローイングとかいう適当にイラストを描いたらめっちゃ大ウケしてくれてフォロワーも増えただけだし…。同人誌なんて暇で描いた4コマとかエロ系のものを商業用に描き直しただけでみんなが楽しんでくれてる。それが嬉しいからもっと描いてるだけだから、過大評価されているみたいでほんと恥ずかしい…。

 というか顔出しについては、当時中学生だからという理由で親と幼馴染に止められただけで、海外の依頼も飛行機乗るのが面倒だから断っていただけで、それ以来顔出しの仕事が来なくなった。

 ほんと、偶然が偶然を重ねているだけなんです…。

 水鳥さんも慌てて名刺を裏面まで読み直している。少女に至ってはTowitterもチェックをしているみたいだ。

 水鳥さんと同じように渡された名刺を裏までみたあと、自分の名刺をみて少しだけ落ち込んだ様子をみせた。しかしそれは一瞬のことで、切り替えたあとは満点の笑みを浮かべながら名刺を取り出すと、差し出してくる。

「し、失礼しましたです! は、初めまして! ボクはらくがきそふと専属原画兼グラフィックチーフの来宮なのです!」

 あら。少女は珍しくボクっ娘だ。そのうえでなのです口調とか。かわいい。

「先日は弊社グラフィック数点を納品いただき、ありがとぅございました!」

 そして若干舌っ足らずだ。

 なんだこの娘。可愛いの化身かよ。

 …って、おいおいおい。

「まさか専属絵師の「きの。」さんにお会いできるなんて、自分も光栄です。いつも頂いているサンプルの塗りは自分も勉強させて頂いてます!」

「そんなそんな!? ボクごときの絵にかや。様にご依頼させていたなんて申し訳なさすぎるのです!! うっうっ…」

 あ、泣いちゃった。でもかわいい。

 俺としては本当に参考にしたい絵師の一人だからなぁ…本音なんだけど。

 そういえば…、ちゃんと謝らないと。

「来宮さん、納品日当日に『お約束』してしまったので、その節はご迷惑をおかけしました」

「あぅ! い、いえいえ!(汗)そんなそんな!(汗) かや。様はとっても多忙でらっしゃいますから、とても致し方ないと思うのです! それにもとはと言えば無理を言ったスケジュールで相談だったので、寧ろご迷惑を掛けたのはボクたちなのです!」

 ……その考えはなかった。

 …いや、納期自体はかなり余裕がある内容だったのだが、割り込みに割り込みが重なったことで遅れてしまったことが原因だ。

 自社の事情は取引先には関係ない。それは取り繕えない事実。

 と、切り捨てられれば話は早いのだが…来宮さんはそうではないらしい。

 …ならば…妥協点か。

「であれば、来宮さん。次からはお互いにフォローし合えるようにしませんか?」

「…! はいなのです! いっぱい助けて助けられてなのです!」

 こっちが正解だったらしい。

「私も絵描きですから…来宮さんの足は引っ張らないように…」

「そんなことはないのです!!」

 急にスイッチが入ってしまう来宮さん。いきなり大声を上げたことで水鳥さんも驚いていた。

「あのタイトなスケジュールで高品質なのですから、一応というレベルは超えているのです! それに…かや…じゃなくてかぎやさんの腕は間違いなくボクよりも上なのですから、ボクが足を引っ張りそうで心配なのです…」

「あはは…そんなことはないですよ。私は来宮さんのイラストも好きですよ」

「ふぁぅ!?」

「ほう…?」

「社内イラスト参考して、デザイン頂いたものを毎回資料として送ってくれたじゃないですか。さっきも言いましたが、あの描きこみや品質だけで言えば私も見習いたいくらいに素晴らしいレベルですよ。私も勉強させて頂きましたし。

 それに本人のこだわりや熱意もちゃんと伝わりましたので、毎度励みにもなっておりましたから、私も感化されて…つい余分に熱が入っちゃいました…」

「あぅ…あぅぅ~~~…/// こ、これ以上褒められると…嬉しくて死んじゃうのでしゅ…」

「そんなに!? まだ全然語り足りないんだけど…」

「ぴぇっ!?」

 心からの言葉を伝えると来宮さんは顔を赤くしてうつむいてしまう。

 そんなに恥ずかしいことだろうか…?

「あらあら。鍵谷さんは愉快な方ですね? ふふふ」

「大したことはしてないと思いますが…」

「どうせなら私のことも褒めてくださっても良いのですよ? ふふふ」

「えっ」

 えっ。

 いや、あの…。

「…冗談ですよ、本気になさらないでください」

 表情が変わらんからやりづらいわ!!!!

「今、表情が変わらないからやりづらい、と思いましたでしょう?」

「……(めそらし)」

「良いんですよ、自覚してますから」

 やりづらっ!

 自爆か! 自爆芸なのか!?

 たぶん楽しそうなんだろうけど顔! 顔が! 変わってないの!

「ふふ…楽しい職場になりそうですね」

 俺のライフはもうゼロよ。

「っと、申し訳ありません。赤月が戻られたので、呼んできます。鍵谷さんはそのままお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「あっ、ハイ」

 表情も声も一切変わることなく、部屋の外に出る水鳥さん。

 間を置かずに赤月さんを連れて戻ってくるが、俺は彼女(あかつきさん)から目が離せなかった。

 クマが酷かった目元はパッチリと開いており、ぼさぼさだった髪も今はさらさらとウェーブがかけられ、肌も口元もすべてに血色が戻ったようで艶がある。

 服装も黒ではなくシンプルに白のブラウスと藍色のフレアスカートで、全体的にカジュアルなラフスタイルファッションだ。もちろん、自分という素材を分かったうえでのセンスだから、似合ってる、の一言につきる。

「ふふっ、お待たせしました鍵谷様」

「い、いえ…」

「くすっ♪ 硬くならずに、今日は楽しい打ち合わせにしましょうね?」

 ちょっとだけ言葉に詰まってしまった。

 だってそうだろ? 誰だって美人に声を掛けられたらこうなるでしょ。

 ……とりあえずクールダウンしないと。

「…はい、こちらこそよろしくお願いします」

「ほら、さくらちゃんも。ここにいるのであれば蹲ってないで椅子に座りましょう?」

「わ、わかったのです…///」

「さくらちゃんはどうしたのですか?」

「鍵谷さんに撃墜されました」

「ちょっ!?」

「エッッッッッッッッ!?」

 言い方! 言い方が悪意の塊!

 水鳥さん! もう少し言い方を変えて!!

「康太君!? さくらちゃんに一体何をしたんですか!?」

「俺は何もしてないよ!?」

 パニックを起こしたななみさんが青い顔に変えながら問い詰めてくる。

「何かしたからああなったんでしょう!? 何をしたんですか! 私じゃだめなんですか!?」

「ちょ、ちょっ! ぐるじ…」

 服を掴まれてシェイクはちょっとむり、あっあっ。

 あっあっあっ。らめぇ。



 その後、何とか落ち着きを取り戻して契約の話に入るまで30分近くかかった。

 そして契約を結んだあとに思い出したけど、ななみさんだけ名刺を交換してなかった。

 まぁまた今度でいいか。


 ☆★☆★☆★


「ほわぁぁ!? なにそれ! めっっっっちゃ条件いいじゃんか!!!」

「だよなぁ!?」

 帰ってすぐ航に相談したらこう返ってきたのだ。

 やはり自分はまちがってない。

「いやでも…どっちかって言えばこーちゃんに有利になるような契約内容だなぁ」

「ん…やっぱりそう思うか…」

「こーちゃんの知名度か…はたまたこーちゃんの実績か。狙いが見えないのも怖いよねぇ」

「ぶっちゃけちゃえばあの会社よりも飛躍的に条件がよすぎるから、あそこよりも良いならなんでもって感じだし」

「それにあれでしょ? 納期直前以外であればTowitterのお題箱も他社との条件付きで契約もOKってことは―――」

 実質席を置いているフリー契約の社員みたいなもの。

「おれの原稿も手伝ってOKなんでしょ? 名前付きで」

 そういうことじゃないよ。

「…まぁ、本当にヤバかったら言ってくれ」

「イィィーーーヤフゥゥ!!! ヤフッフッフッ! ヤフゥゥ!」

「マリオバグするな跳ね上がるな顔が近いんだ気色悪い」

「ヒドゥイ!!」

 でも契約もとれたし…絵も続けられるみたいだからよかった。



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