神絵師、耳キーンなりました。

 時間は夕刻。

 住宅街の真っただ中にある、セキュリティ付きの高級マンション。その目の前の入り口に俺は立っていた。

 最初住所を聞いた時は「まじかー」くらいにしか思ってなかったのだが、実際に来てしまうと存在感にまず圧倒されてしまう。

 気がした。

 そのほかにも、ここにいるのは場違いなんじゃないかという、そこはかとない高級感のある場所に紛れ込んでしまった一般人にも思えてくる。

 …そんな気がする。

 それにさっきからチラチラと管理人? の人がこっちを見てくるので正直居心地もよろしくはない。

 …だと思うような気が。

(ここで言い訳を述べていても仕方ないか…)

 一つ深呼吸をいれて俺は部屋番号を入力してからインターフォンを押す。

 間を置かずにさっき聞いた声質の主から応答があった。

「はい、らくがきそふとでございます」

「お世話になっております、鍵谷です」

「……鍵谷様ですね。どうぞお進みください」

 試練の間か何かかなここは。

 赤月さんとは別の女性が応答し、そして内扉が開いて中へ促されたので、堂々と部屋まで歩いていく。

 …その間、管理人さんはずっと俺のことを監視していた。

 俺何もしないですってば。信じてください…。

 ほんとですってば。

 ほんとに何事もなく最上階の部屋までたどり着いたので、身だしなみを軽く整えてから前のチャイムを鳴らす。

 玄関の扉が開き、中に通された。


 ☆★☆★☆★



「遠いところようこそお越しくださいました」

「それほどでもありませんよ。私の家も離れてないですから」

 無表情のクール系美女に迎えられ、定型なあいさつもそこそこに玄関のすぐそばにある部屋へ案内される。

 通されたのはホワイトボードと4人用の机といすという、打ち合わせ用の簡素な部屋だった。

 椅子が一つしか配置されていない下座へ、案内した女性が上座の椅子の奥側へ座ったことを確認して、俺も腰を掛ける。

「代表はただいま席を外しておりますから、もう少々お待ちくださいませ」

「かしこまりました」

「後でまた紹介させて頂きますが、私はらくがきそふと取締役の水鳥と申します」

「よろしくお願いします水鳥様。私は鍵谷と申します」

 そして名刺を交換する。

 白のシンプルな名刺、そこに書かれた「水鳥聖(みずとり ひじり)」という文字。

 もちろんやり取りはしたことないので初めて見る名前だ。

 なんでお前が名刺をもってるんだって?

 ははは。そういうこともあるさ。

「ふふ、そんなに硬くならなくても結構ですよ鍵谷さん。今回は面接ということでもないですし」

「そういっていただけるのはありがたいですが、美人を目の前にしてしまうとどうしても緊張が解けないですので、慣れるまでは許してください」

「あら、お口が上手ですね」

「いえいえ、私の本心ですよ」

 真顔での応対。これにはちょっとびっくりだわさ。

 「セールストークの基本、初対面の女性には本心から褒めておけ」と、この間ディスカバリーチャンネルで観たので、印象は悪くならないように努めないと今後の仕事やりづらくなってしまうのだから、心証をあげておくに越したことはない。

 とは思うが、ほとんどが本心だ。

 ななみさんはおそらく可愛い系なのだろう、美少女と称した方が似合うのだが、しかし水鳥さんは可愛いではなくカッコいい系。

 纏っている黒系統でまとめた衣装や気品まで醸し出している雰囲気からも『できる女性』を体現している。

 スレンダー体型ではあるが、どっちかというと身が締まっていて無駄がないというか…モデルと殴り合えるスタイルと断言できるだろう。

 それに顔のパーツも整っていて、特に目元なんかはやや釣り目っぽいが、視線などは優しさそのものだった。美人ではあっても相手を余計に気遣わせない雰囲気ももっている、まるで社長秘書、という立場にふさわしい方だ。

 と思う。

 ただし表情は一切動いていないが。

「昨日赤月から話しは聞いておりましたが、鍵谷さんはこちらにいらっしゃるということで?」

「えぇ、そうですね。御社の赤月代表に声を掛けて頂いたのがきっかけで」

「なるほど、彼女らしいと言えば彼女らしいですね」

「…?」

 気になる言い回しをする水鳥さんだが、答えはわからない。

「気にしないでください、ふふ」

「は、はぁ…」

 いまいち要領を得ないやり取りだったが、一つだけわかった。

 水鳥さん、一切笑わないのな。

 口はちゃんと動いているにも関わらず、目を閉じる以外で口から上が一切動いていないのだ。

 …デフォ、なのだろう。おそらく。

 そんな表情が一切変化しない女性もそうだが、この間で入り口からこちらをずーーーーーーっと覗いている少女…幼女? にも視線を向ける。

「……ほら来宮(きのみや)さんも、そちらではなくこちらへどうぞ」

 俺の視線に気づいたのだろう、水鳥さんも苦笑して来宮さんを室内に召喚した。

「あぁ、服装はいつも通りなので気にしないでください。彼女にとっての作業着…のようなものですから」

 なるほど、そういうタイプだったのか。

 俺もたまにやったりするし、自宅で絵を描いてるときは大体が部屋着だからね。

 衣装によっては気合が入る人もいるらしい。ある意味一つの宗教だろうか。

 ぽてぽて、という雰囲気が合う幼女こと来宮さん…だが、服装は常識を超えている。

 一言で説明するのなら…『部屋着』というのが正しいだろうか。

 垂れ耳付きフードを深めにかぶり、フラットな胸元にはデフォルメされた宇宙人のイラスト、そしてお腹の部分には「いか」と手書きデザインが施されたパーカー。

 丈が長い分、ショーパンは普通に隠れてしまうのであざとく「履いていない」を演出できるデザインだが、来宮さんはそのうえで子猫モチーフなカラフルのニーソを履いていた。イカ腹なの?

 一言で言えば、「あざとい幼女」である。

 もっと言えば「可愛い」だ。

「初めまして、鍵谷と申します」

「あ、ありがとうございまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」

 耳キーンやで耳キーン。

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