運命のバレンタイン

「あの~…………………………」


「え! 僕に!? ってこの神神しくも黒く艶艶と輝いているのはとびきり甘いチョコレート!?

 そっか~そういや今日はラヴァー・メイカー・デー、バレンタインだったね。

 いや~雫子さん、二人きりの放課後の教室でチョコを渡してくれるほど、僕の事を好きでいてくれたんだ!

 雫子さんは同じクラスだけど陰キャで無口で可愛くなくてはっきり言って今までアウト・オブ・眼中、全くのザコだったんだよね。

 でも、雫子さんの事が今じゃ他の誰よりもメチャメチャ可愛くてキラキラ輝いて見える。

 いいよ。恋人としてつきあうよ。二人でつきあおうよ。

 早速でいきなりだけど、明後日の土曜日空いてるかな?

 俺空いてる! 朝から夜まで完全フリー。

 映画観に行こうよ。カーペンター監督の『ゴジラVSウナギ』。俺おごるからさ。

 映画の後はマックで食事しよ。

 カラオケの方がいいかな。それともねこ喫茶?

 勿論俺のおごりだよ。バイトで金はたんまりあるんだ。むしろここで金を使わなかったらいつ使うんだって言うくらい。

 今度いつかディズニーランド行こうよ。マイケルの『キャプテンEO』観に行こう。

 何? 俺って先走りすぎかな? そうだね。一方に喋りすぎかもね。

 でもいいじゃん。俺、雫子さんにチョコもらえた事が本当に心底、神様に感謝したいくらい嬉しいんだよ。実は一七年生きてきて人生で初めてのチョコなんだ。

 俺、実は怪奇物アトラクションに一緒につきあってくれるガールフレンドに昔から憧れててさ。お化け屋敷で二人してキャーキャー言いながら互いに頼り合って、弱みをさらけ出しながらも協力してゴールするって、なんか素敵じゃない?

 ともかく俺、雫子さんの好意に精一杯応えるからさ! 安心してよ。

 雫子さんって大人しいからさ、俺が頑張って一生懸命グイグイ引っ張っていくよ。

 もし俺に至らない事があったら、何でもジャンジャン言ってよ。俺、雫子さんに歩み寄って悪い所は直すからさ! 雫子さん好みの男になるからさ!」


「あの~……………………」 


「あ、明後日の映画、『ターミネーター13 リメイクの逆襲』の方がいいかな!? 友達が言うには玄人好みでなかなか面白いんだってさ!

 勿論、雫子さんの好きに決めて全然構わないよ。雫子さんはどんな映画が好きかな。

 あ、でもやっぱり映画観に行くより遊園地の方がいいかな。

 念願のお化け屋敷に行こう。カップル限定のとっても怖いヤツ。

 俺が雫子さんの事守ってやるよ。これから一生守ってやると誓う」


「………………………………」


「……もう明日は結婚式だね。

 雫子さん、出来ちゃった婚になっちゃってゴメンね。俺が迂闊だったよ。

 披露宴はチョコが縁で二人が結婚したのを記念した、豪勢なチョコ尽くしレセプションにしたよ。

 ホストもゲストもチョコまみれ。俺の両親はなかなか首を縦に振ってくれなかったけど、一生に一度のセレモニーだ。最終的には二人のわがままを聞いてもらえてよかったよ。

 新婚旅行はフランスでよかったよね。プロヴァンスはきっと素敵だよ。気候もとても気持ちいいよ。

 俺達、絶対、幸せな夫婦になるよ。なるさ。本当に。

 子供は一姫二太郎。女の子一人と男の子一人がいいな。

 いや、やっぱり数が多い方がいい! 女の子が三人に男の子が五人って大きく行こう! 雫子さん、どんどん産んでよ。俺も手伝うからさ!」

 

「………………………………」


「……雫子。今までずぅっと俺につきあってくれてありがとう。

 もう俺の命は長くない。自分の寿命は解るんだ。もう今日か明日かの命だ。

 幸せな人生だったよね、俺達。

 子供も九人生まれて、孫は一九人、ひ孫は二人。

 本当に笑顔が絶えない大家族だった。

 最後に俺の頼みを聞いてくれる?

 俺、最期に雫子が渡してくれるチョコを食べながら逝きたいんだ……。

 ……ありがとう。

 ……このチョコ、とっても美味しいよ。

 二人のつきあうきっかけもバレンタインのチョコだったね。

 うん……ありがとう。

 美味しい。

 ……ありがとう。

 ……本当にありがとう。

 ……。

 ……」


「…………………………あの~」雫子は夫が息を引き取ったベッドの前で、六七年前ぶりに高校二年のバレンタインデーを思い出していた。「義理チョコだったのに……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る