ダメサンタと、トナカイのヨタロー2 戦場のメリークリスマス
無声の風景。
銀雪が降り積もる。
赤緑の木製歯車が回る雪原の小さな家。
暖炉の前で腹巻をしたサンタクロースが一升瓶をラッパ飲みしている。
「プハー」
ダメサンタはアルコール臭い呼気を吐いて一息ついた。
毎年NORADのサンタ追跡システムに捕捉され続けてワースト記録を作ったダメサンタは、助成金を打ち切られ、オモチャを調達出来なくなっている。
家内では八頭のトナカイがひづめに色とりどりの布と長い針を持ち、慣れない手つきで布人形を作っている。
「しっかり労働してるか、トナカイ達」ダメサンタは一升瓶に口をつけた後、トナカイに檄を飛ばした。「今年は手製の人形を子供達に配るんだからしっかり働けよ」
「こんな下手くそな人形をもらって喜ぶ子供いるんですかね」
赤い鼻のヨタローが人形にボタン製の眼を取りつけながらぼやく。一番頭が悪そうに見えてその通りのトナカイだ。
「プレゼントっちゅーのは出来や値段じゃない。心意気だ」
「そんなもんですかね」
「下手だってないよりはマシだ。もらったら子供は喜ぶ」
「こんなもんをもらって喜ぶなんてよっぽど底辺の生活を送ってる子ですよ」
トナカイ達が一所懸命作っている人形はどれも下手でいびつだ。
そういう人形の完成品が家内で小山を成している。
「ヨタロー。そんな事言ってないでちゃっちゃと作れ。お前の作ってるのはオモチャとゆーよりはホラークリーチャーだ」
「そんな。ほら頭から花が咲くギミックもあるんですよ」
「そんなの俺だって出来ら。ま、ちょっとした手品だがな」
「努力は認めてくださいよ」
「努力が形になってねえ」
「出来よりも心意気だってゆったじゃないですか」
「うるさい。気をこめろ。熱く燃やせ、奇跡を起こせ」
それから永い時間をかけてようやく沢山の子供に行き渡らせる数の人形が出来上がった。
クリスマスイブの夜。
ダメサンタのソリが無数の赤い鈴の音を追いかけて雪原からさっそうと飛び立った。
★★★
子供を殺す専用の兵器がある。
Xイヴの夜。都市上空をフライパスする航空機は雪が降り積もる街に様様なオモチャをばらまいた。
プラスチックのジャンボジェット。
赤ちゃんを模した真ん丸な人形。
ブリキ製の花束。
様様なオモチャが白一色の街のあちこちに降り散らばっていく。
その一つ一つには拾った子供を殺傷するに十分な爆薬が仕掛けられていた。
敵を絶滅させるのを目的にした民族戦争にはこの様な兵器が登場する。非戦闘員であるあどけない子供を殺戮する爆弾だ。
現実の戦争にルールなどないのを覚悟させる無慈悲な兵器。
白い風景に色彩が移動する。
戦場である雪の街を十歳にも満たない少女が走る。
頬は痩せこけている。
汚れた防寒着で膨らんだ白人の少女は弾痕や爆撃痕で歪んだ石造りの風景を灰色の足跡を残して走る。
その少女の金髪の頭に、遠くから狙撃スコープがずっと照準を合わせていた。
少女が立ち止まった時、照準は頭から青いスカートを履いた腰へと移った。
一撃で殺すよりも、身動きがとれなくなった少女を助けに来る人間を次次と狙撃する方が効率がいい。
望遠。教会の高い屋根の下。単独行動の狙撃兵はライフルの引き金を絞ろうとする。
が、その指が止まった。
スコープの中で少女が道端に転がったゴミ缶の横に落ちていた猫のぬいぐるみを拾おうとしている。
あれは間違いなく味方がばらまいた子供向けのブービートラップ。間抜け罠。爆弾だ。
自分が手を下すまでもなく少女は爆死する。
むしろその前に確実に頭を撃ち抜いた方が少女は苦しみなく死ねるかも死ねない。
狙撃兵は苦笑を漏らした。
お笑いだ。
その少女を自分は苦しませて利用しようとしたのに。
自分のスコープの中でボロきれみたいに少女が死ぬのは見たくない。
それよりも自分の手で。
そんな勝手な気持ちだった。
この市街戦の最前線で命の所有権など軽いものだ。
狙撃兵は照準を少女の頭に合わせ、引き金を絞る。
緊張が張りつめる。
とスコープが真っ暗に塗り潰された。
教会の階上で狙撃兵に立ちはだかる様に男が立っていた。
狭い足場に立っているのはいつどうやって現れたのか解らない一人のサンタクロース。
「俺のオモチャをもらった時のお前は確かにいい子だったのにな」
腹巻を巻いたサンタクロースは狙撃兵を懐かしむ様に立ちはだかる。
狙撃兵はとっさに引き金を絞った。
ライフル弾は問題なくサンタを吹き飛ばす。
そのはずだったが銃口から音もなく咲いたのは七輪の虹色の花だった。
「サンタを殺すのに今や何の抵抗もねえってか」ダメサンタは憐みの声をかけた。「全ては戦争がいけねえんだよなぁ……」
彼に何の面影を見たのか、白いポンチョを羽織っていた狙撃兵はその場に膝をついて泣き始めた。
「僕だって人を殺したくて殺してるわけじゃない!」張った糸が切れた様に子供じみて。「父さん! 母さん! あの日に……帰りたい!」
ダメサンタは男の肩に手を置いた、
遥か望遠の彼方ではトナカイのヨタローが少女に自分が作った人形を手渡していた。
恐怖映画のクリーチャーの様ないびつな人形。
しかし少女はその人形を抱いた感動に身を震わせ、泣いていた。
永い戦争の国で初めて人からもらった贈り物だった。
教会の上でダメサンタが指を鳴らす。
この戦場にばらまかれた爆弾オモチャが全てサンタからの人形に変わった。
★★★
「戦争は終わらねえな」ダメサンタは夜空を駆ける八頭立てのトナカイのソリを飛翔させている。「俺はな、戦争ってのは資源の浪費だって考えてるんだ。人的資源を含めてな。人間の精神までも枯らしちまう」
「かっこいいセリフ言っても腹巻とゴム長靴には似合いませんよ」
ヨタローの言葉にダメサンタはケッ!と息を吐く。
「ヨタロー。人形と入れ替わった爆弾はどうした」
「全部ソリに積んでますけど」
「そこらへんに適当に捨ててこいって言っといたじゃねえか」
ソリが乱気流に揺れた。
ダメサンタXマス大爆発。
「おわ~!」
腐ってもサンタクロースとそのトナカイがこんな大爆発で死ぬ事はない。
だがダメサンタとトナカイは盛大なアフロとなってこの後の仕事場を回らなければならなかった
今年もダメサンタのソリはNORADのサンタ追跡システムに捕捉されている。
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