第24話 新王

 俺たちはランスロット王を簀巻きにし、王城前の広場につるし上げた。

「彼の者、悪政で人々を苦しめたスーライク=ランスロット王である!」

 高らかに宣言すると、民衆が集まってくる。

「おい。あっちの広場で王が捕まっているらしいぞ」「マジかよ。見物だな!」「おれたち、もう税金払わなくていいんだ!」

 あちこちから集まってくる野次馬。だがこれでいい。

 広場に一目見ようと集まってくる民衆。

 彼らにその是非を問おうではないか。

「許してくれ……」

 悲しげに呟くランスロット王。

 ランスロット王は全裸にされて十字架に巻かれることになった。

 それは奇しくも俺の受けた屈辱と同じ。

 辱めを受けるがいい。

「ざまぁないぜ」「こうなったら王も形無しか」「終わったな」

 誰かが言う。

 その通りだ。これがラノベで見たことのある「ざまぁ」か。しかし、俺はこの国のトップに躍り出てやる。

 そして差別も、奴隷もない世界を実現してみせる。

 それまでは家には帰れない。異世界で奮闘してみせる。

 ドラゴンはあれからなりを潜めている。

 てっきりランスロット王にほだされ、こちらを攻撃してくると思った。

 どうやらランスロット王はドラゴンと契約をしていたらしいからな。

 まあいい。

 それよりも国政の見直しが必要だろう――そのためにも、

「この王、いかなる処分をくだすか! 民意を問う!」

 俺は声を張り上げて民衆に問う。

「極刑だろ」「いや、やり過ぎだ」「何言ってんだ。おれたちがどれほど苦しめられてきたのか」「それで言うならなぶり殺しにしてやろうぜ」「生きているのが辛いほどにか?」

 様々な意見が出そろうが、民意の声はまとまっていない。

「このままでは暴動が起きるぞ」

 ソフィアが小声で告げてくる。

「ああ。そうだな」

「それなら、こいつを捕らえた次期国王、クラミー=ランスロットに是非を問うても良いか?」

 泥闇の魔女――アイシアが声を上げる。

「まさか。実の父を!?」「そいつはやっちゃいけねーよ」「かわいそうに」

 口々に悲しげな声を上げる。

「じゃあ、ランスロット王は火刑ということでいいか!」

 俺が引き継ぐと、みな顔を伏せる。

「それが姫様の願いなら」「確かに生きていてもな……」「もう終わりにしようぜ」

 民意は決まったらしい。

 広場の真ん中で木材を集めだし、組んでいく。

「やめろ。やめてくれ。俺様はこの国のことを思って奴隷制度を作ったんだ。軍もその一環だった。経済が回っていたのはこの俺様のお陰だ」

「まだ減らず口をたたくか!」

 クラミーが怒りの顔を見せ、ランスロット王の股間を蹴り上げる。

 酒に溺れ、女に溺れ。そんな父を見てきたからこそ、嫌悪感を抱くのだろう。

 クラミーにとっては良い父親ではなかったようだ。

 アイシアが火の魔法を唱えると、木材に火がつく。

 燃え広がっていく炎。怨嗟をち切り、すべてを灰に変える炎。

「やめろ。やめてくれ!」

 ランスロット王――いやもう王ではないか。

 奴は炎にまかれ、火あぶりにされる。数分で全身を包み込み、やがて身体を燃やし尽くす。

 ハンバーグの焦げた匂いが辺りに立ちこめて、俺たちは怪訝な顔をする。

 ったのだ。

 もう失われた魂はもとに戻らない。

 クラミーが静かに泣く中、残った骨を拾い集める。

 いやな匂いが鼻につく。

 この骨はランスロット領の端にある王族の墓の中で眠ることになる。血肉を失ったそれはランスロットだったもの。

 死は人の意識に強烈に与えてしまう。

「これからは、このクラミー=ランスロットが政治を司る!」

 クラミーが高らかに宣言すると、民衆は沸き立つ。

「まずは学校を設立する。そこでは教育を受けてもらう!」

「学校ってなんだ?」「教育?」「なにを教えるんだ?」

 みんな口々に声を上げる。

「本当にこれでいいのか? ジューイチ」

「ああ。大丈夫だ」

 耳打ちをしてくるクラミーに応じる俺。

 俺の知っている知識だけでも彼らに学んでほしい。

 この領地では学校はなかった。知識だけじゃない。ディベートをもうけることも大切だ。

 そのための教育機関が必要だと思った。

「そこでは料理の作り方、建築の工法、文字、魔術、本を読んだりする」

 具体的な内容を言うと、民衆がざわつく。

「それじゃ、おれらが代々受け継いできた技術を見せろ、ってこと?」「そんなの!」「馬鹿にされているのかね」

 反論の声が上がる。

「これは人の可能性を信じて行うものだ。利害関係よりもまずは復興だ!」

 クラミーは勇ましく往々とした態度で宣言する。

「それから病院の設立、漁業権の確立、食糧生産者への補助金、年金機構を作る!」

「なんだ! それは!」「おれらを振り回すな」「もうなにもしないでくれ」

 政治を嫌っている者は多いが、ここまでとは。それもこれも前のランスロット王の影響か。

「そして、上下水道の完備を行う。心してかかれ!」

 クラミーがそう言うと、俺とアイシアに守られながら、城へと戻っていく。

「これで良かったのか?」

 不安そうなクラミーが俺を見て訊ねる。

「ああ。ばっちりだ」

 いきなり日本の秩序を持ってくるあたり、やりすぎかもしれないと思ったが、どれも必要なことだ。

 なにせ、この領地では死体がそのままになっていることもざらじゃない。

 死んだ捨てられた子どもたちがいるのも事実。孤児となった彼らを集める機関も欲しい。

 まあそれは後々だな。

 しかし、王の側近か。俺も成り上がったというもの。

 しばらくの間は食い物や衣服に困ることもないだろう。

 妹の波瑠も、頭がいいからこの街の政治を任せられるし。

 そう言えば、波瑠が言っていたな。奴隷制度はこのまま残す、と。

 なんでだろう。

 じっくり話し合う必要があるな。

「しかし窮屈な格好だな」

 クラミーが自分の着ている服をつまむ。

「仕方在りません。そういう身分ですから」

「ジューイチの反応も冷たく感じるんだが?」

「そうですか?」

「その敬語をやめてほしいのだ」

「なら、そちらも普段の物言いでいいでしょう?」

「まったく。分かったわよ」

 柔和な笑みを浮かべるクラミー。

「それでいいのか? クラミーは」

「いいも悪いもない。これが王家としての務めだもの。あたしはそれに従うのみ」

 馬車に乗り込むとアイシアが御者ぎょしゃとなり、馬の手綱を握る。

 そして馬車を町外れの墓地に向かわせる。

「しかし、ランスロット王は最後に〝あいつに頼まれた〟と言っていたな」

「そう。少し拷問したらそんなことを吐いたの☆」

 言っている内容にそぐわない明るい声。アイラはどこか残酷性を持っている気がする。

「あいつ、か……」

 それにあのワイン。調べてみたら、身体を陰魔物スキアに変える成分がある可能性が示唆された。

 アイシアの研究ではそう言った結果がでたのだ。

 そんなものが世に出回れば、世界は崩壊する。何が何でも止めなくちゃいけない。

 寂れた町外れの墓地。どこから聞きつけたのか、そこにも民衆が集まっており一目見ようと身を乗り出すものがいる。

「やれやれ、小さな街なんだな」

「それに関しては言い返せないかな。この小さな街を守るのがわたしの使命ね」

 クラミーはため息交じりに、肩をすくめ呟く。

「このあと、数日後にパレードもあるんだろ? 軍の維持と国民に見せつけるための」

「ええ。そうよ。それはまだ秘密。でももうギルドや交通局には知らせてあるわ」

 交通局か。実際は馬車のレンタルや有料道路を管理する機関だが。そこも改革していく必要がありそうだ。

 道路を作ってもらう必要があるだろう。

 特に隣町のエースマン領地への移動は必須だ。

 そうでなくてはこのまま枯れた土地で生きることになる。

 ここで育てられる食糧にも限りがある。貿易の重要性を、俺は知っている。なにせ日本にいたからな。食糧自給率は軍の統制にも必要だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る