第23話 王

 振動が収まると、俺は目の前のランスロット王に目線を映す。

 彼はワインを口にした時からおかしくなった。血を持たぬ陰魔物スキアになってしまったのだ。

 赤い燐光をほとばしり、悪意ある目をしている。

「ふはははは! 俺様はやはり世界の覇者となるべく生まれた男! すべての王を従える帝国の神童!」

「神童って年でもないだろ……」

 俺はあきれ返るが、ランスロット王の右手が伸びて俺の身体にまとわりつく。

 その瘴気に当てられてたのか、力が抜けていく。

「何をした。ランスロット!」

「お父様、もうやめて!」

「貴様にそんなことを教えた覚えはないぞ!」

 ランスロットは妖刀ムラマサをクラミーに向ける。

「親が子どもに刃を向けるのかっ!」

 俺の能力で使えるものは――【不運Lv.99】【能力を増やす能力Lv.5】【幻惑魔法Lv.5】【反転】【神頼みLv.3】【無尽蔵】

 そういえば使ったことがないのが一つ。

 【反転】

 内容は【反転する】としか書かれていないもの。もしこの場でランスロット王と、俺の位置が変わるなら、クラミーを助けることができる。

 反転と聞くと、俺が闇落ちする可能性もあるが――。

 やってみせるよ、アイシア。

「【反転】!」

 ぐにゃりと視界が歪み、ガラスが割れるようにひびが入り砕ける。

「…………」

 しばしの沈黙。

 ランスロット王は未だにクラミーの前に肉迫する。そしてムラマサを振り下ろそうとするが――。

 つるっとこけてランスロット王の攻撃は失敗する。

「なんだ? バナナの皮、だと……!」

 先ほど、三銃士の一人が食べていたものか。

 苛立ちを露わにするランスロット王。

「なにもおきないじゃないか! くそ」

 俺は慌てて瘴気を振り払おうとする。

「貴様。俺様を嗤ったな!」

 ランスロット王はこちらに向き直り、その妖刀を向ける。

 振りかぶった剣筋がうまく瘴気だけを切り裂いた。

 かわした俺は拳を突き上げ、顔面を殴りつける。

 痛みで妖刀ムラマサを落としたランスロット王。

 その妖刀を拾い上げ、構える波瑠。

「これで、形勢逆転ね! お兄ちゃん!」

「え。で、でもそれは……」

 妖刀ムラマサは持ち手の魔力を無尽蔵に奪い尽くす呪具。呪いの一種だ。それを軽く持てる。もしかして波瑠も勇者なのか?

「く。バカにして!」

 怒気をはらんだ声音を上げるランスロット王。

 俺は肉弾戦にもつれ込み、蹴りや殴り合いをする。

 そのうち、力尽きたのか、ランスロット王は疲弊していった。

 瘴気に触れても俺はなんともない。聞いていた話だと、薬傷やくしょうのようにただれるそうだ。

 俺が神たる支援者――勇者だから可能なのかもしれない。

 光のエレメンツと、闇のエレメンツ。強いのは光の方だったらしい。

 それもこれも信仰心があるからこそ――とも聞いた。

 俺たちはいつの間にかとんでもない力を得たのかもしれない。

 殴りつけて、壁にぶつかるランスロット王。そこに向けて短剣を放つ。

 力を失いつつあるランスロット王。

 だが、その顔は醜悪に歪む。

「ジューイチ!」「ジュウイチ☆」「アイザワ!」

 アイシアとアイラ、それにソフィアがやってくる。

 反転で【不運Lv.99】が【幸運Lv.99】へと変わっているのだ。みんなの運も良くなるという……。

 ただし【神頼みLv.3】が【魔神頼みLv.3】、【無尽蔵】が【魔力枯渇】となっている。つまりこの状態では魔力を使うことはできない。

 ただ運が良くなる。それもとんでもないほどの。

 さらにアイシアが加わって幸運はマックスを超えている。

 しかし、アイシアはどこだ?

 俺は疑問に思う。

 代わりに絶世の美女がそこにはいた。

「ジューイチ。わしも手伝おう」

「いや待て、君は誰だ?」

「そんなの魔力質で分かるじゃない」

「鼻で分かるよ☆」

 俺の質問にソフィアとアイラが口々に答える。

「「「アイシア(じゃぞ)(なのだ☆)(です)」」」

 みんなが答えると、俺は青ざめた。

 あの老人がここまで絶世の美女になるとは。

 確かにアイシアは呪いで姿が老婆になってしまったとは聞いていた。しかも俺が真実の手鏡トゥルー・エンドをわざと差し向けた。

 それでも、こんな美女になるとは思っていなかった。

 金髪碧眼。はりつやのある染み一つない白い肌。端正な顔立ち。まるでモデルやグラビアアイドルみたいだ。

 見ていて飽きの来ない顔でもある。

「やるぞ。ジューイチ」

「あ、ああ……」

 調子の狂わされたが、まだランスロット王は立ち向かおうとしてくる。

 その身体から溢れる瘴気が彼を突き動かす。

「して、どうやって倒すのかのう?」

 そのしゃべりに安心を覚えつつも、俺も熟考する。

 あの瘴気、普通の攻撃じゃ者ともしない。

「ふむ。わしの力を使えば、あるいは……じゃが、一日一発しか使えぬ大技、すでに……」

 四神の魔咆哮エレメンタル・オーラは一日に一度しか使えない特異魔法。異能の力。神々から与えられた対決戦兵器。

 人の心の光グッドウィル・フラグメントで包み込む。人類史上、最大の、最高の、最強の魔法。それが四神の魔咆哮エレメンタル・オーラだ。

 アイラとソフィアが攻撃態勢に入る。

 ソフィアが裁定の錫杖ジャッチメント・ワールドを掲げ、アイラが地を蹴る。

 火球が飛びつき、アイラがその横合いから殴りつける。

「きゃ☆」

 アイラがさっと離れる。

 手には薬傷ができていた。

「アイラ。下がれ、こいつはどうもおかしい」

「そう、みたいなのだ☆」

 アイラが距離を置くと、今度はアイシアも魔法で応戦する。

 俺は今、何もできることがない。

 あるとすれば妖刀ムラマサだろうが、魔法の集中砲火を浴びせている中、突っ切るバカはいない。

 でも、

「波瑠、その刀をくれ」

「え。ダメよ。そんなに傷ついているじゃない。お兄ちゃんはよくやったわ」

「いいや、あとちょっとなんだ。俺はみんなを、波瑠を守りたい」

「そういうのずるいと思うんだ」

 小声で呟く波瑠。

「え。なんだって?」

 うまく聞き取れなかった俺は聞き返す。

「あー。もう! 分かったわよ、はい」

 俺は妖刀ムラマサを受け取ると、礼を言う。

「ありがと」

「~~っ!」

 なんだか顔を赤くする波瑠。

 我が妹ながらよく分からない子だ。

 俺は妖刀を構え、悪を滅する力を求めている。

 ソフィアが裁定の錫杖ジャッチメント・ワールドを掲げる。

 アイラが漆黒の勾玉アズ・ナイトメアを掲げる。

 アイシアが魔法の手鏡トゥルー・エンドを掲げる。

 裁定の錫杖ジャッチメント・ワールドがランスロット王の蛮行に是非を問い、漆黒の勾玉アズ・ナイトメアがその魔力を奪い、魔法の手鏡トゥルー・エンドが真実の彼を映す。

 元の柔な男としての。

「ぐ、ぐわあぁぁぁあああぁぁぁっぁぁぁぁぁあぁっ!」

 汚らしい断末魔を上げ、闇の彼方へと消えていきそうなランスロット王。

「やめてくれ。俺様はまだ死にたくない。いやだ。死んでやるものか……!」

 最後の声を上げて、闇の彼方・ブラックホールに飲まれていく。

 ランスロット王の瘴気だけが闇の彼方へと消えていく。

 剥離したアストラル体が常闇の彼岸とともに消える。

 力を失ったランスロット王はその場でへたり込む。

「おれ、さまは……?」

 生きているのが不思議そうに呟く。

「これまでの悪行を反省し、一生牢屋で暮らせ。王の引き継ぎならクラミーが適任だ」

 俺がアイシアやソフィアに目配せをして告げる。

「……この俺様を、生かすのか?」

「ああ。国民の前で土下座だ。その醜い姿を民衆に届けるがいい」

 豚のような顔立ちに、丸々と太った腹。ギシギシとした髪。全体的にオークのような身体をしている。

「ふ。甘いな。ドラゴンがお前らを役尽くす。覚えていろ!」

「そんなことを言える立場か?」

 呆れた。これでもまだ生きていけると思っている。

 ため息交じりに俺は呟く。

「言ったはずだ。国民の前に晒す、と」

「そ、そんな……」

 力尽きたのか、その場で昏倒こんとうするランスロット王――いやランスロット。

 もう玉座は明け渡す。

 クラミーこそがこの国の王なのだ。

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