第25話 襲撃

 数日後。

 パレードが始まると、俺たちは何台もの馬車を引き連れて、大通りを走る。

 路肩には露店が設営してあり、賑やかな軍事パレードが開催されている。

 二列に並んだ統率のとれた軍隊。その後ろに馬車が二十台つく。

「お兄ちゃん、あれ買って☆」

 アイラが空気を読まずに馬車から降りて、露店に売っている串焼きを買っている。

 そして馬車に戻り、俺に向ける。

「はい。あーん」

「あーん。って恥ずかしいわ!」

 俺はノリツッコミを覚えた。

「じゃあ、わしがもらおうかしら?」

 アイシアは隣で口を開ける。

 アイラは串焼きをまるごと突っ込む。

「ご、ごごごほ」

 そりゃ、無理があるよな。

 俺は困ったように頬を掻く。

「そっちの串をくれよ」

「……いいよ☆」

 ちょっと間があったのは何なんだ。

 俺は串を受け取ると、自分の手で口に運ぶ。

 うん。うまい。

 俺と波瑠は政治補佐という肩書きを得たが、ソフィア、アイラ、そしてアイシアは宙ぶらりんのままだ。

 アイシアには学校の先生になってもらおうと思っているが、ソフィアとアイラはどうすればいいのだろうか。

 困っていると、外の民衆が手を振っている。

 手を振り返すと、嬉しそうに散っていく民衆。

 俺たちはどう見えているのか。

 しかし、クラミーが王か。

 どうなることやら。

 ぱんっと大きな爆発音が鳴り響く。

 魔法だ。

 火球を発した光からアイシアが守る。クラミーの護衛はばっちりだ。

「何事だ!」

 クラミーが声を荒げると、周囲を見渡す。

 アイラがクンクンと匂いを嗅ぎ、魔力痕を見つける。

「あのお兄さんだよ☆」

「分かった」

 ソフィアが床を蹴り、そのまま真っ直ぐに優男を捕まえる。

「な、何をする? 僕は何もしてないぞ!」

「じゃあ、なぜ貴様は龍脈と結合している?」

 ソフィアの言葉にがっくりとうなだれる優男。

 どうやらこっちの世界では証拠になるらしい。

 こっちのことはまだ良く分からないな。

 でも、お陰で助かった。

 暗殺か。こっちではありそうな話だな。

 クラミーは毅然きぜんとしているが、その心内は分からない。

「大丈夫か? クラミー」

「いえ。大丈夫だ。このままパレードを、とはいかないようね」

「ああ。姫殿下にはすぐに王宮へ」

 御者であるアイシアに告げると、クラミーだけは王宮に向かう。

「他の者は通常通りパレードに復帰せよ!」

 万の軍勢が一様に歩き出す。

 パレードに活気が戻ると、周囲の人間を置いてお祭り騒ぎになる。

 俺とソフィア、それにアイラで男を取り押さえ、近くの警察機構に属する建物に入る。

 アイシアがいればクラミーの無事は保証できる。

「お前、なぜクラミー王を狙った? いえ!」

 俺が優男の胸ぐらをつかみ、壁に叩きつける。

「お、おれは、あいつに言われたんだ。この街を納めるにはお前の力がいる、と」

「他には!」

 俺は激高し、再び壁に叩きつける。

「し、知らねー。おれは本当にそれしか知らねーんだよ」

 優男は弱々しく嘆く。

「確か、女王への殺人未遂は極刑だったな」

 波瑠に問うと、

「ええ。そうよ」

 冷笑を浮かべる波瑠。

「や、やまてくれ! 分かった。ボスの名を言う、言うから!」

 ほう、ちゃんと情報を持っているじゃないか。

 俺はその頭をつかみ、目をのぞき込む。

「言え」

「は、はい。……ディメル。それが奴の名です」

 優男が吐いたあと、俺と波瑠、ソフィアは優男を地下牢に幽閉する。

 ディメルか。そいつがあのワインに陰魔者スキアのかけらを放り込んだのか。

「あの泥闇がどうなっても知らないぞ」

 優男は最後にそう告げて、昏倒こんとうする。


 ▽▼▽


 わしは昏い石畳の上を歩いていた。目の前にはクラミーがいる。

 彼女の護衛が今のわしにできること。

 わしはにんまりと顔をほころばせる。

 ようやく手にいれた権力だ。

 わしだってあんなボロ小屋で一生を過ごすのではないか? と不安になっていた。

 すべてジューイチのお陰だ。

 と、陰から何かが飛び出す。

「控え! 姫様の前じゃぞ!」

 わしはとっさに間に入る――。

 胸に何かを押し込まれ、わしは意識が刈り取られた。

 円錐状の黒い石。

 それが何か分からないが、あたしは短剣でちん入者を殺すと、アイシアに寄り添う。

「アイシアさん、アイシアさん!」

 呼吸を確認、脈あり。

 あたしはアイシアを抱えて医務室へ向かう。

 アイシアの胸に何かを埋め込んだように見えたけど……。でも傷口はない。

 どいうこと……?

 あたしの知恵じゃ分からない。

 きっとアイシアなら分かるだろうに。その肝心のアイシアがこれでは。

 足早に廊下を駆け抜けて行く。

 王宮内にある医務室につれていくと、女医者が調べ始める。

 みの魔女。

 年齢非公開の、お姉さんキャラ。

 サラ=イーデル。

「どうやら呪具のようだけど、今すぐどうこうするものではないわね」

 サラはそう言い、再び呪具を見やる。

「どうやら心臓に絡みついているようね。これでは外すことはできないわ」

 首を横に振り、ため息を吐くサラ。

「そ、そんな……。あたしを狙ってきたのよ。それを助けてくれた」

 罪悪感と焦燥感で皮膚が焼けるように痛い。そんな気がする。辛いのだ。

「とにかく、ショック性の気を失っているみたいだから、すぐに回復すると思うけど?」

「待ちます」

「姫様……」

 サラは不憫そうに思いながら、目を細める。

「いいわ。わたくしもここで見張っているわ」

「そんな。サラさんまで巻き込むわけにはいきません」

「あら。何を言っているのかしら。わたくしはこれでもクラミー様の従者よ」

 関係なくない。

 サラはこの城内の医務をすべてになっている。

 先々代から続く王家を守る家臣。

 その医療魔法は優れたもので、イーデル家の秘伝の書があるらしい。

 世襲制を重んじるこの領地が変わりつつある。

 それを見越しての襲撃か。あるいは……。

「ここにいたのか。クラミー」

 聞きなじみのある声に振り返り、スカートを翻すあたし。

「ジュウイチさん!」

「どうした? クラミー」

「アイシアさんが!」

 俺は怪訝に思い、ベッドで寝ているアイシアを見やる。

 黒い瘴気が胸の内に広がっている。

「マズいな……。このままだと、三日、持つか?」

「そうね。わたくしの手にかかれば五日は生きられるわ」

「その後は?」

 首を横に振るサラ。

「分からないわ。陰魔物スキアとして生まれるか。それとも――陰を喰らい尽くすか」

「泥闇の魔女ならなんとでもなるはずだ」

「そうね。なんとかするかもね」

「あ、あのー。アイシアさん、起きているみたいよ?」

 クラミーの声に振り返ると、アイシアが上体を起こしていた。

「なんじゃ。わしに何かついているのかのう?」

「いや、なんでもない」

「呪具が埋まっているわ。いずれ……」

 アイシアは薄い板の胸をさする。

「やっぱりやられたのじゃな。陰魔物スキアに変身する前にわしを殺せ」

 心臓が跳ねるような気がした。

 不愉快な気持ちだ。

 眉根がつり上がり、俺は憤りを覚える。

「なに、簡単に諦めているんだよ! お前ならすぐに消せるだろ?」

「いいや、そんな便利じゃないのよう」

「呪具が発動する前に、俺がなんとかする。それまで死ぬなんて言うな!」

「あらら。以外とお熱なのね」

 サラが横からクスクスと笑いを浮かべている。

「サラさんはこのまま死ぬのは嫌でしょう?」

「あら。君はその呪具を取り除いてみせるのでしょう? 勇者様」

「~~っ!」

 顔をまっ赤にし、俺は握った拳を掲げる。

 が、殴るべき相手じゃない。

 引っ込めると、深呼吸をする。

「じゃあ、俺がやってやるよ。それが勇者なんだろ?」

 俺は強がって見せるが、アイシアが複雑な顔をしている。

「呪具なんて、貴様に治せるわけがないじゃろうて」

「やってみる価値はあるだろう?」

 俺はにやりと口の端を歪める。

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