第11話 手紙(4)


「――遅くまで引き止めちまって、悪かったね」

 帰りがけ、ロザンナさんがそう言って、戸口で見送ってくれる。

「いいえ、全然」

 また明日! わたしは答え、ロザンナさんの家を出た。

 外は暗かった。それもそのはず、そろそろ星も出ようという時間だ。

 夜の道を、わたしは急ぎ足で歩いた。薄雪の落ちた放牧地に、葉の落ちた松林。しんと冷たい空気。暗い空。暗がりを怖がる方ではないけれど、こんな時間に外にいるのは、あまりいいことじゃない。

 夜の道を一人、急いで歩きながら、思い出す。ロザンナさんに聞いたこと。アルベルトさんの昔の話。子供のときにお母さんを亡くしたこと。お父さんが借金を作ってしまったこと。お父さんを亡くしてからは、残った借金のせいで一人で生きてきたこと。

 アルベルトさんは何も言わない。でも、きっと、わたしのような者をひろって親切にしてくれたのは、自分自身が大変な目にあってきたからだ。

 早く帰ろう。そう思う。

 早く帰って、アルベルトさんと話そう。

 なのに、お屋敷の裏手に続くまがり道で、さすがに足が止まってしまった。林の奥へと続く小道は、放牧地よりも、もっと暗かった。ほとんど物の形も見えないぐらいに。

 けれど――。

 その闇の中を、こちらに歩いてくる人影があった。ゆっくりとした足取り。背の高い、見慣れた姿。

 明かりも持たずに歩く、アルベルトさんだった。

 わたしを見つけると、アルベルトさんは足を早めた。こちらに近づいてくる。わたしは思わず駆け寄った。胸の中が暖かくなる。

「もしかして、心配して来てくれたんですか」

 アルベルトさんの前まで行き、聞いてみる。

 すると、少し考えるような間をおいてから、アルベルトさんが首を横に振った。

「……いや、心配したってほどじゃないが」

 つまり、心配したわけではないけれど、帰りが遅いから迎えに来てくれたのだ。

 ……あるいは、怒鳴られたわたしが落ち込んでいたから、そのお詫びも兼ねているのかも。

 暗がりの中、わたしはアルベルトさんを見上げた。不思議なほど心が軽くなっていた。

「遅くなってすみません。仕立て物が立て込んじゃって」

「……いや、いい」

「でもそのかわり、ロザンナさんがパンを持たせてくれたんです。帰ったら一緒に食べましょう」

「……ああ」

 サクサクと雪を踏んで進む。

 となりをアルベルトさんがゆっくりと歩く。

 頭上には星が輝いていても、それでも、あたりは暗かった。闇に沈む木々の幹。足元の雪だけが、ぼんやりと白い道となって続いている。

 ここを、一人で歩いたとしたら怖かっただろう。だから、アルベルトさんは来てくれたのだ。

 わたしは嬉しかった。ロザンナさんの言ったとおりだったから――。


『嫌ってる人間を、誰がわざわざ心配するかね』。

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