第30話 毛蟹

 AnDは機体の一部を変更することで局地戦でも対応可能になっている。

 だが、俺のスワローは他のAnDとは違い、共用のパーツが少ない。互換性がないのだ。

 単純な整備は可能だが、壊れてしまえば、宇宙に着くまでただの鉄くずと化す。

「内藤を追ってきたと考えるのが妥当ではないでしょうか?」

 狭い会議室の中、一人が声を上げる。

上杉かみすぎ大尉。それはいささか曲解では? 実際、あのAnDは町を破壊するのが目的だったのでしょう。これは反乱軍の意思の表れです」

「だから軍を拡張すると?」

 軍関係者と政治家が言い合いを始める。

 その話し合いが行われている一方、内藤たちは。


「ボクの艦に内藤のAnDを乗せる。それで宇宙エレベータで宇宙へ返す」

「上層部からの指令ですか?」

 俺は怪訝な顔で訊ねる。

「そうだ。DNA優先のこの世界では、一人でも多くの軍人を必要としている」

 力なくば、支配できず。と言ったところか。

 争いがなくならないから、力が必要と。

 悲しいな。いつの世の時代も戦いはなくならない。

 一つの主義が生まれると、既存の主義とぶつかる。手を取り合おうとすれば、手を取り合いたくなく者と対立する。

 この世界は欺瞞と争いで満ちている。

 みんな自分が大事なのだ。そのためなら他人の命をもてあそぶ。

 本来同種であるはずの者を見下し、傷つけ合う。

 本当にそれでいいのか?

 俺はスワローを動かし、松平の動かす艦の後部甲板に下ろす。

「よし。降りてこい。内藤」

 艦長の指示に従い、俺はスワローから降りる。

「これから貴殿を宇宙エレベーター【高坂こうさか】に連れて行く。狭い艦内暮らしになるが、容赦して頂きたい」

「はっ」

 敬礼をした松平に、敬礼を返すと俺は艦内のベッドルームに案内される。

 他にもシャワールームや食堂、トレーニングルームがある。


 俺はベッドルームでのんびりと本を読んでいると、同期の荒田あらた久部くべが話しかけてくる。

「よう。ちょっと面貸せよ」

 言い方にとげがあるような気がしてごくりとつばを飲み込む。

「俺に何か用か?」

「いいから来いって」

 苛立ちのまま、荒田が俺の手を引っ張り出す。

 また父のことで言われるのか。勘弁してくれよ。

 甲板に出てくると、久部が俺に視線を投げかける。

 荒田の視線の先にはトビウオの群れが海面ギリギリを飛んでいる。

「ほら。いい光景が見られただろ?」

 荒田はニカッと笑い、そちらに視線を向ける。

「コロニー暮らしじゃ、この光景は見られないからな」

 久部が続いて目線を向ける。

「ああ。本当に綺麗だ」

 俺はそう呟き、トビウオの群れを眺める。

 あんなに長く飛ぶんだな。

 トビウオの群れを見てAnDも同じように飛べないのか? と思案する。

 今のジェットパックに羽でも付けてみるか?

 と甲板の後方で大きな歓声が上がる。

 俺たちはそちらに向かって歩き出す。

「おお! 大物だぞ。かにだ!」

 俺は初めて見る蟹に興奮する。

「これが蟹。初めてみる!」

 足が十本、それにはさみが二本。体つきは三角型の胴体をしており、おおよそ他の生物とは違いすぎる。

 手足を動かし、必至に逃げようとしている。

 ちょっと怖い。

 あのはさみで挟まれたら大けがしそうだ。

 慣れた人がかごに入れて食堂に向かう。

「今日は蟹鍋だな!」

 久部が嬉しそうに声を荒げる。

「……ん? どうした。内藤」

 荒田が不思議そうに見つめてくる。

「いや、俺はどうせ呼ばれないのかな、って思って」

 いつもそうだった。敦の息子という理由だけで遊びに混じるのも、学校行事を知らされることもなく、すべてが終わっていた。

 イベントごとがあるたびに無視され、その間にみんな仲良くなる。

 そんなハブられるだけの人生だった。

「固いこと言うなよ。今日は無礼講だ! お前さんとの親睦会だ!」

 そう言って肩に腕を乗せてくる荒田。その後ろでニタニタと笑いを浮かべる久部。

 なんだか暖かい。

 涙が零れ落ちる。

 嬉しいときも泣くものなんだな。

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