第29話 珈琲

 敵機を倒したあと、俺らは一箇所に集められていた。

 大した軍事拠点でもないここを攻撃してきた意味。それを探るための話し合いだ。

 だが話を聞いていると俺と接触するのが目的じゃないか? との噂が流れてきた。

 つまりは俺がスパイなんじゃないか、って話だ。

 むろん心当たりのない言いがかりだが、俺の父のことがある。話は大いに盛り上がってしまった。

 まるで俺が罪人かのように決めつける。

 遺伝的に裏切る可能性がある――と。

 不愉快極まりない。

 俺と父は関係ない。そう叫んでもなしの礫。なんの意味も持たない。

 端の方でぐったりしていると松平が心配そうに駆け寄ってくる。

「おう。気にすんな」

「……」

「おめーさんは立派に戦った。なら信じるのはお前さんだろ? 違うか?」

 松平は二カッと笑いを浮かべると、白い歯が見えていた。

「そうだ。俺は戦ったんだ。スパイじゃない」

「はっ。誰よテメーは」

 白い肌、金髪の長い髪。気だるそうな顔つきに、やる気のない態度。

 俺の眼の前で会話していたそいつは目をギラギラとさせて俺を睨めつけてくる。

「シローさん、まずいって。そいつは内藤。内藤敦の息子でっせ!」

 取り巻きのデブがそう言うとシローはますます下卑た笑みを浮かべる。

「ほう貴様があの。へぇ〜。オレっちと勝負といこうじゃないか」

 ギラつく目を向けてシミュレートに誘うシロー。

「仲間同士なのに……」

 松平が嘆息まじりのため息を吐くと、俺は操縦桿を握る。

 画面が起動すると、俺は真っ先に軽量化されたAnDを選択、すぐさま交戦待機になる。

 相手も同じく決まっていたのか、画面はすぐに対戦モードとなり、開けた土地に現れる。

 着陸した二機のAnDが走り出す。

 俺の機体が右から追い立てると距離を取ろうとする敵機。

 こっちの行動が読まれている。

 なら――

 俺はハンドガンで撃ちながら左へ右へと誘導していく。

『ちっ。なんだよ、この動きは!』

 怒りで滲んだ顔は、やがて絶望へと変わる。

 左右に振られ、振動するコクピット。

 本来よりも制限された動きといえど、その衝撃は凄まじい。

 照準をあわせられない速度で振り切る。そして敵機を揺さぶる。そのあとに一気に畳み込む。

 肉薄され自由を奪われた敵機にハンドガンを撃ち込む。

 与えれた衝撃は凄まじく敵機はすぐに降参した。

「嘘だろ。あのシローが負けるなんて……」

 そこに待っていたのは称賛の嵐ではない。陰鬱とした嫉妬と欺瞞に満ちた陰口である。

「よお! やっているか?」

 そんな中、松平が爽やかな笑みを浮かべて、近寄ってくる。

 俺はどうしていいのか分からずに走り出していた。

 倉庫を出てすぐに見える海で立ち止まる。

 松平が後ろから追いかけてくる。

「聴いたぞ。お前、あの敦の息子なんだってな」

 また白い目で言われる。

 そう恐怖していると、肩を組まれる。

「なんだ。そんなことで悩んでいたのか。お前はお前だ。親のことは関係ねーよ」

 彼の笑みが、キラキラと光って見えた。

 そう。俺は俺だ。誰の子どもであろうが、関係ない。

「分かってくれる奴もいる。そう悲観するな」

 松平の言葉に涙が流れる。

「おうおう。泣きたければ泣け」

 松平は俺をハグし、泣き終わるまでそうしてくれた。

 熱。

 暖かな体温が、伝わってくる。

 松平の熱。暖かくて優しい。

 そうか。これが人の温かさなんだ。

 泣き止むと、松平がコーヒーを買ってきてくれる。

 近くにあるベンチに腰をかけると、柔和な笑みでコーヒーを渡してくる。

「ボクのブレンドほどじゃないが、このコーヒーはなかなかだよ」

「そうですか」

 さほど興味のない話に、塩対応になってしまう俺。

 この態度が嫌われる理由だって、最近になって分かってきた。

「つれないなー。まあ、コーヒーをたしなむ年齢でもないか」

 松平がコーヒーを口にし、笑いを浮かべる。

 太い腕に、鍛え上げられた胸筋。

 松平は良い人だ。

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