謎のもやもや

ギルとミルが互いに交じりあっている間。

アラルナはギルの家を去ると、久しぶりに一人で冒険に出ていた。

一人で冒険に出掛けたのは、ギルの家で生まれたもやもやとした感情が原因だった。


ギルの素顔は今まで見たこと無かったけど、めっちゃ格好良かったな。


浮かんでは消え、浮かんでは消えるギルの整った顔。普段は仮面を被っているので素顔は見たことが無かったが、家で仮面の外れた素顔は中性的にも、男らしくも見える可愛げのあり端正な顔は神秘的で魅入らせる物があった。まるで何か呪いを掛けられたかのように、ギルの顔が頭から離れない。……ったく私らしくないな。




草むらから飛び出すように出てきたゴブリンが現れた。アラルナは剣を一度引くと、そのまま遠心力と柔軟のある筋肉を使って力強く振り抜く。剣は滑らかな軌道を描くとそのままゴブリンの首の皮膚を食い破り、骨を両断する。その直後、ゴブリンの頭と胴がわかれて地面に落ちた。



ギルがここに居れば、今の私を見て励ましの言葉を掛けてくれるんだろうな。あいつかなり優しいし、戦闘が終わると気持ちの入った言葉を良く掛けてくれるんだよな。……あいつがあの獣人じゃなくて私のとこに居てくれれば。


仮面を被っていたので表情はよく分からないが、あいつはとても優しげな声をしている。私がキングゴブリンに襲われて繁殖の為の道具にされかけてた時も、すっと現れてキングゴブリンを倒すと優しく私を抱き締めて、泣き止むまで安心感のある言葉を私に何度も掛けてくれた。


そんな私は彼奴のことを意識していたのかもしれない。

他の男の冒険者に誘われて一緒に冒険に行くこともあるが、あいつ程頼り甲斐や安心感のある男は居なかったし、戦闘中私の胸や尻に嫌らしい視線を向けてくる奴も多くいて、あまり一緒に居たいと思う奴は居なかった。

この国を出てないか真っ先に気になったのも、ギルだった。



とてつもない物寂しさが私を襲う。

本当に私らしくない。

何でこんなに悲しいんだろう。

私もあの獣人のようにギルのことを近くで感じ、愛し愛されたかった。


私はあの獣人に嫉妬しているのか。

乗ったことのないさぞかし乗り心地のようさそうなギルの膝の上に乗って、ギルに顔中キスされたあの女に。いつものあいつからは程遠いまるで猛獣のように襲うギルに、心底幸せそうな表情をしてキスされる度に嬉しそうに体を震わせていた奴に。私が居ない今、あいつは更に激しいことをギルにされているかもしれない。そう思うと、余計に腹が立った。



他のゴブリンは居ないか居ないかと周りを一度見渡す。

すると、突如後ろから聞いたことのある声が聞こえた。


「アラルナさーん!! 珍しいですね一人で冒険なんて。もしよかったら私も一緒していいですか?」

「……ああ。いいぞ。一緒に冒険するかムーネ。」


声を掛けてきたのは年下のムーネだった。猫に似た獣人族の少女で、名前の通りと言ったら彼女は怒るだろうが服の上からでも分かるボリューミーな胸をしている。私もギルのように彼女を救ったことがあり、以来何かと私を慕っていてくれる。私より年下だがもう結婚している筈だ。


……ん? 結婚?

私は、ムーネにちょっと尋ねてみることにした。


「ところで、ムーネは結婚していたよな?」

「はい。去年の末に結婚式を部族内で行いました。本当はアラルナさんも誘いたかったんですけど、部族のしきたりで誘えなくて悲しかったです。そういえば結婚式といえば、アラルナさんから貰った奴めっちゃ美味しかったです!! 私あんなに甘くてふわふわしたの食べたことありませんでした。何処かで売っているんですかね?」

「ああ、ショートケーキのことか。実はあれ私の友達が作った奴でな。私の後輩が結婚すると言ったらわざわざ作ってくれた物なんだ。」


ふわふわした生地に紅い果実と白いクリームが乗ったそれを、ギルはショートケーキと呼んでいた。それを知ったのはギルに「試作で作ってみたのが成功したから食べて欲しい。」と言われて一切れ試しに食べたからだった。


ショートケーキはこの世の物とは思えない程完成しきった物で、その時私は果物以外の食べ物が美味しいことを知った。あまりの美味しさにギルにショートケーキをねだったら、手持ちの三切れを箱ごとくれた。やはりギルはとても優しい。


それ以来ギルにはショートケーキを何回か作って貰ったのだが、ムーネが結婚する話をすると私のついでにムーネの分も作ってくれて、ムーネに私がギルに作った奴を渡したかんじだ。


「あ、あの滅茶苦茶美味しい奴を作れる友達がアラルナさんには居るんですか!? その人って何処かで店とか開いてませんか?」

「たしかあいつは店を持っていなかった筈だ。たしか、独学で作ったらしい。」

「ええ!? 店開いてたら絶対行こうと思ってたのに。その人ってアラルナさんと友達なんですよね? もしよかったら、その人のことを紹介して貰えませんか? 仲良くなりたくて。」


仲良くなりたい? 私のギルと?

ムーネの言葉に私は底知れない怒りを感じた。

いやいや待て。ムーネには夫が居る。ムーネはたまに惚気話をするくらいには、その夫と仲睦まじい筈だ。ギルを盗むなんてことはしないか。


……いやいや、他の女に紹介するよりはマシだがあのギルだ。一日足らずでムーネを新しい恋に落としてしまう可能性もある。うーん。困ったな。


「あいつは結構人見知りでな。家だと仮面を外しているが、外だと仮面をつけるくらいには人見知りなんだ。今度ムーネと会って貰えるかあいつに聞いてみるから、また後日ででいいか?」

「その人って、人見知りなんですね。勝手に押し掛けても迷惑そうですし、その人が許可してくれたらその時はお願いします。」


ムーネは人見知りなことを聞くと、あっさりとギルから引いた。本当はショートケーキ食べたい筈だろうに、すっと引けるのは流石ムーネだ。性格も、器量も、スタイルもいい。ムーネを妻に選んだ夫はかなりいい目をしていると思う。


勝手にギルのことを人見知りにしてしまったが大丈夫だよな? ギルは仮面を常に外でしているし、私以外とコミュニケーションを取っているのは見たこともないし、聞いたこともない。最悪、誠心誠意謝ろう。ギルなら謝れば大抵のことは許してくれる気がする。




「話が代わってすまない。夫の居るムーネに聞きたいんだが、ムーネは夫とどうやって恋仲になったんだ?」

「私の場合彼とは幼馴染みで、彼に告白されて付き合い始めて、デートとか行事を通して恋や愛を深めました。……って、そんなこと聞いてくるってことは、もしかしてアラルナさん気になる人が居るんですか!?」

「ああ。実はな。今話してたムーネにショートケーキを作った男をちょっと気になっていてな? ……今思えば、ゴブリンキングから助けられたり、大体週に一度は一緒に冒険したりするしな。」

「そんな物語のような経験をアラルナさんが!? ちょっと詳しく聞かせて下さい。協力出来そうなら協力しますから!!」


興奮したムーネが私の肩を下から見上げる形で掴む。私より大きなそれは上下に大きく揺れ、服の生地が膨れたり凹んだりする。ここまで驚いている様子は、恋人が居ることを知られた時以外見たことがない。そんなに気になることだったのだろうか。


ギルのことを誰かに話したことはないので、丁度ムーネに話をしてみたいと思った。ムーネなら他の女より安全だと思うし、協力してくれると言ってくれるあたりちゃんと話を聞いてくれそうだったからだ。


ぽつぽつ、思い浮かんだギルとの思い出を話していく。話していく度にムーネは更に興奮していき、途中から顔を紅くしながら恥ずかしいのか目を抑えていた。私も何だか顔が熱くなってる気がした。


「そんな男性の方なら、気になっても仕方ないですね。むしろ、気にならない方がおかしいです。聞くばかり超優良物件じゃないですか。人見知りなんですし、他に相手が居ない内に狙っちゃいましょう。」

「……それなんだが、実はあいつが買って一緒に住んでる獣人族の少女奴隷とあいつが何度もキスをしているところをさっき見かけてな。それを見て私は自分が彼奴のことを気になっていることに気付けたんだが、どうすればいいのか迷っていてな。」

「え?」


呆けたような抜けた声を出すムーネ。

私は地面に膝をつき、頭も地面につくようにして言った。


「お願いだ。どうか彼奴が私のことを気に掛けてくれるように協力してくれ。アプローチの仕方とか何をすればいいのか全く分からない。頼む。この通りだ。」

「ちょっと土下座なんてしないで下さいよ。分かりました。アラルナ先輩の恋の為です。全身全霊協力しますよ。」



その日アラルナとムーネは冒険を中断し、ギルに意識させる為の作戦会議をすることにした。


ーーーーーーーーー

作戦会議中。


アラルナ「うーん。とりあえず薄着で抱きつけばいいのか?」

ムーネ「薄着で抱きつくんですか!? でも、絶対に意識させられますね。」

アラルナ「それか、その……言いずらいんだが、エッチなことに誘えばいいのか?」

ムーネ「………既成事実を狙うんですか。でも、それもありだと思います。聞いた限り責任取ってくれそうですしね。」

アラルナ「いや、どちらかといえば私がしたいだけだ。」

ムーネ「え?」



※『一』に関する情報の内容を一部改変させて頂きました。改変した内容は、世界観についてです。

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