四十七話 誓い

「――有香猫!」

「……祐也、君」


 俺は息を切らしながら、背中を向けている彼女の名を呼ぶ。


「……ここだと思ったんだ。有香猫が俺たちに関係ない場所に来るはずがない」


 だから……有香猫は俺たちが出会った海へと逃げてきた。

 助けてほしいから。

 孤独から……救ってほしいから。


 俺の言葉に、有香猫は無言を返した。


「マスターから聞いたよ。有香猫のこと全部」


 俺は有香猫に歩み寄っていく。


「こっちに来ないでください!」


 有香猫の悲痛な叫びが、俺の心を貫いた。

 でも、俺はこの足を止めるわけにはいかなかった。


「聞いたなら分かるはずです! 私とこのまま一緒にいたら、確実に祐也君に未練を残してしまいます!」


 必死に俺を説得しようとする有香猫。

 だが俺は聞く耳を持たず、一心不乱に彼女へと歩いていく。


「だから! 私達は離れなくちゃいけないんです! 祐也君が、悲しまないように……するために」


 俺が彼女に近づいていくと同時に、彼女からどんどん覇気がなくなっていく。

 そうしてすぐ後ろにつく頃には、彼女は言葉を発せなくなっていた。


一拍を置いて、俺は有香猫を後ろから優しく抱き締める。


「……ごめん。独りにさせた。俺のせいだ。……本当にごめん」

「そんな……私が独りを望んだんです。祐也君のせいじゃありません」


言いながら、有香猫は俺の腕に手を添えた。


「独りを望んだのか? じゃあ、あの時言っていたことは嘘だったのか?」

「それは……祐也君、ずるいです」

「俺のせいにしておけばいいんだよ。有香猫は一人で抱え込みすぎだ」


 そうだ。

 有香猫は、全部一人で抱え込もうとしているんだ。

 俺の、有香猫に対する未練を残さないように、全てを一人で背負おうとしている。


「全部、一人で抱え込む必要なんてないんだ。俺がいるんだから」

「でも、ダメです。このまま一緒にいたら、祐也君に未練が……」


 そんなことを言い出す有香猫に、俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「未練? 今更だろ。俺は有香猫を好きになっちまった。一緒にいたほうが楽しいって、安心するって、知っちまった。一緒にいたいって……思っちまった。俺たちが離れたって、結局俺は有香猫に未練を残すんだよ」

「でも……」

「有香猫は、俺と一緒にいたくないのか? 俺のこと、嫌いになったのか?」


 自分でも意地悪な質問をしていると分かっていた。

 でも有香猫に全てを吐き出してもらうには、こう質問するしかなかった。


「……そんなの」


 俺の腕を振り払い、こちらに振り返って有香猫は叫ぶ。


「一緒にいたいに決まってるじゃないですか! 私は祐也君のことが好きなんです! 大好きなんです! 愛しているんです! でも、だからこそ離れなくちゃいけないんですよ!」

「……まだ言うか。往生際の悪い奴だな」

「何を言って――」


 有香猫が言い終わる前に、俺は彼女の口を自分の口で塞いだ。


「んっ――!?」


 驚きの声をあげる有香猫。

 俺はその反応を見計らって一度口を離すと、彼女の頬に手を添えて、改めて唇を奪う。


最初こそ困惑していた有香猫だったが、すぐに目を閉じて俺とのキスに集中した。


 ファーストキスはレモンの味とよく聞くが、どうやら違うらしい。

 甘かった。

 果実や菓子なんか比にならないくらい、とても甘ったるかった。

 唇を重ねているだけでも意識が飛びそうになってしまう。


 でも、ここで浮ついているわけにはいかない。


 俺は、ゆっくりと有香猫の唇から離れる。

 有香猫はそんな俺に物欲しそうな瞳を向けたが、すぐにそれを伏せてしまった。


「……ダメ、ですよぅ。こんなことしちゃったら――」

「もっと欲しくなるか?」


 俺の問いかけに、有香猫はコクっと頷く。


「……じゃあ、俺と一緒にいればいい」

「でも――」

「最後を案じて離れ離れになるより、それまでを二人でいたほうが、絶対に幸せになれる。今更一人は……絶対無理だ」

「祐也、君……」

「一緒にいた方がよかったって、あのとき離れ離れにならないでよかったって、最後にそう思えるように、俺が有香猫を絶対幸せにするから。だから……!」


 俺は有香猫の肩に手を置く。

 大きく深呼吸をして……言った。


「有香猫に残された六ヶ月を……俺に分けてくれ」

「っ――!?」

「好きだ。大好きだ。愛しているんだ。だから――俺と付き合ってくれ」


 これは、宣言。

 有香猫をもう独りにしないと……必ず幸せにしてみせるという、誓い。

 そんな告白だ。


「……ゆー、くん!」


 そうして、有香猫は俺に抱き着いてくる。

 俺はそれをしっかりと受け止めた。


「……ようやく、その呼び方で呼んでくれたな」

「だって……この呼び方だったら……ゆーくんから……離れられない……!」


 嗚咽混じりに有香猫はこぼしていく。

 そんな彼女の涙に、俺は彼女の頭を撫でながら言った。


「今までよく我慢してきたな。でも、もういいんだ。たくさん泣いていい。俺が全部受け止めるから」

「ゆーくん……!」


 そうして、有香猫は柄にもなく大号泣した。

 今まで胸の内にこびりついていた不安や悲しみを全て洗い流していくように。


「……大好き、です」

「あぁ。俺も大好きだよ」


 有香猫の言葉に、俺は彼女を強く抱き締めながら応える。


 そうして俺は有香猫が泣き止むまで、彼女の頭を優しく撫で続けるのだった。



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これにて第三章完結です!

そこでお知らせなのですが、この作品の執筆状態を「完結済」に致しました。


理由としては、この作品を1から改稿、推敲したいと考えているからです。


・エピソードの大幅追加

・表現の見直し、描写の追加

・前半と後半で起こっている矛盾の修正


上記したことを主に書き直そうと思っています。


この作品を更新することはないので、こうやって「完結済」とさせて頂きました。


勿論、まだこの作品は終わったわけではないです!

ですが、新たに出す作品にしかないエピソードもたくさんあるので、是非話の流れを思い返すような形で最初から見てもらえると嬉しいです。


それでは! れーずんでした!


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俺が毎日愛でている猫は、俺が一目惚れした転校生らしい!? れーずん @Aruto2022

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