三十六話 格好つけたがる生き物

 ――ふと、俺は目を覚ます。

 重い身体をゆっくりと起き上がらせると、ベッドの横に座っている芹崎さんと目があった。


「おはようございます。体調はどうですか?」

「……芹崎、さん? どうしてここに?」


 そうつぶやいた俺に、芹崎さんは苦笑する。


「寝ぼけてますか? 今日は私が祐也君の看病をするって話だったじゃないですか」

「ん……あぁ、そうか」


 そういえばそうだったな。

 すっかり忘れてた。


「体調は……まだ身体がだるいし、熱もあるっぽい」


 言いながら、俺は額に手を当てる。


「そうですか……お粥、食べられますか?」

「ん、食べる」

「分かりました。じゃあお口を開けてください」


 芹崎さんは、器に入った湯気の立っているお粥をスプーンすくった。

 そして、それを自分の口に近づけると……息を吹きかけ始めた。


「ふー、ふー」

「おい、そんなことしなくても……というか、自分で食べられるから大丈夫だぞ?」


 芹崎さんにそこまで迷惑かけるわけにはいかない。

 故に俺はそう言ったのだが、芹崎さんはそんな俺を見て唇を尖らせた。


「今は私が祐也君を看病しているんです。これくらいやらせてください」


 その声には圧がかけられているような気がして、俺は安易に断ることが出来なかった。


「……分かった」

「分かればよろしいです。はい、あーん」

「あー……」


 俺が口を開けると、芹崎さんはお粥を俺の口に入れてくれる。


 彼女が冷ましてくれたおかげか、お粥は程よい温かさだった。

 具は特になくお米だけだったが、きっと冷蔵庫に食材がなかったのだろう。

 それでも具がない寂しさを感じさせない程、味付けが丁度いい和風風味だった。

 優しくて、ストレスなく食べられる。


「……上手いな」


 思わず、俺はつぶやいてしまう。


「それはよかったです」

「芹崎さん、料理上手なんだな」

「ありがとうございます。家では、ご飯はいつも私の担当なんです。マスターはカウンターにいて、ご飯を作る時間がないので」

「そうなのか……もう一口くれるか?」

「はい!」


 そうして、俺はまた芹崎さんに食べさせてもらう。


「……なんか」


 咀嚼そしゃくしながらつぶやく。


「赤ん坊みたいだな」

「そうですか? 私は、そうは思わないですけど……まぁ、今日くらいいいんじゃないですか?」

「いいのか……?」


 赤ん坊は、絶対俺のキャラじゃないような気がするんだが……。


「いいんですよ。それよりもほら、冷めないうちに食べちゃってください」

「……分かった」


 少々納得のいかなかった俺だが、芹崎さんに促されるままお粥を食べるのだった。


 そして――。


「――ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 お粥を食べ終えた俺は、再びベッドで横になっていた。

芹崎さんが器を下げて俺の部屋に再び戻ってくると、ふとこんなことを言い出した。


「全く、修学旅行が近いのに熱を出すなんて……なんか無茶でもしたんですか?」


 その言葉に、心当たりがあった。


「……いや、特に何もない。ただ体調を崩しただけだ」

「何で今ちょっと言葉に詰まったんですか?」

「何か原因があったかどうか思い返してたんだよ」

「……そうですか」


 そうして、芹崎さんは口を膨らませる。

 ……やっぱり、彼女には隠せないらしい。

 きっと、俺が何かしたと勘付かれているだろう。

 でも、これに関しては俺から言うことではない。

 ただの痛いやつになってしまうからな。


「――無理だけは、しないでくださいね」


 その時、芹崎さがぽつりと言葉を零した。

 見ると、彼女は切なげな表情をしたまま視線を落としている。


 俺は頭と枕の間で両手を組むと、天井を見つめて言った。


「男ってのは、格好つけたがる生き物なんだよ。たとえそれが無理をしていると分かっていてもな。……でも、もう無理をするのはやめるよ」

「本当ですか?」


 上目遣いで俺のことを見る芹崎さんに、俺は口元に薄っすらと笑みを浮かべた。


「無理をして、芹崎さんに迷惑をかけるわけにはいかないからな」


 自分のプライドを、芹崎さんよりも優先することは出来ない。

 彼女を不安にさせてしまったのなら、これ以上無理をするのは避けよう。


 俺は肝に銘じながらそう言ったのだが……


「っ! そう、ですか……」


 何故か歯切れの悪い芹崎さん。

 それも気になったが、俺はもう一つ気になることがあった。


「芹崎さん……顔が赤いぞ? 大丈夫か?」

「あっ! こ、これは……」


 視線を泳がす芹崎さん。

 彼女も、もしかしたら熱があるのかもしれない。

 俺の風邪をうつしてしまったか?


「ちょっと動くなよ」

「えっ?」


 そんな素っ頓狂な声が聞こえると、俺は自分の顔を芹崎さんの顔に近づける。


「はわっ!? ちょ、ちょっと何を……!?」

「いいから動くな」


 そのまま、俺は自分の額を彼女の額にくっつけた。


「ひっ……!?」


 芹崎さんは俺の額が自分の額にくっつくなり、目を瞑ってしまう。


「……ダメだ。分からない」


 俺の額が熱を帯びているせいか、芹崎さんに熱があるかどうかが分からなかった。

 このままくっつけているわけにもいかないので、俺は芹崎さんから離れる。


「どうだ? どこか具合悪かったりするか?」


 具合が悪かったりでもしたら、看病どころではない。

 すぐに家に帰さないと。


 俺が芹崎さんの覗き込んで聞くと……


「ちょ、ちょっとお手洗いお借りしますっ!!」


 彼女は勢いよく席を立って、そのまま部屋を出ていってしまう。


 その背中を見送ると、急に不安に襲われた。


「……もしかして、お腹が痛いのか?」


 だとしたら、俺は芹崎さんに風邪をうつしたことになってしまう。


 ……やっぱり、芹崎さんに看病をお願いするのは間違いだったか?

 そう思いながら、俺は思わず頭を抱えてしまうのだった。

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