三十五話 変わる性格?

 ――ピンポーン。


「……誰だ?」


 インターホンの音で目を覚ました俺は、重い身体を起こして玄関の扉を開ける。


「はーい……って、芹崎さん?」


 扉の向こうにいたのは芹崎さんだった。

 こんな朝にどうしたのだろう。

 というか芹崎さんって、俺の家の場所知ってたっけ?


 朦朧もうろうとする頭を何とか働かせていると、目の前にいた芹崎さんが心配そうに言った。


「おはようございます。祐也君が来ないので、思わず家まで迎えに来ちゃいました。……祐也君、なんで制服を着てないんですか? それに心しか、顔も少し赤いですよ?」

「ん……あぁ、そうか」


 ようやく事の状況を理解した俺は、芹崎さんに説明し始める。


「ごめん。俺、熱出しちゃって。今日は学園に行けない」

「えっ!? 大丈夫ですか!?」


 アニメで汗を吹き出す描写が思わず浮かんでくるような心配そうな表情をする芹崎さん。

 そんな彼女に、俺はふっと息をつく。


「これくらい大したことない。心配しなくても大丈夫」

「でも身体がふらついてますし、目がちゃんと開いてないですし、顔が赤いですし……!」


 顔が赤いの、二回目だな。

 今の俺って、そんなに顔が赤いのか?


「とにかく! 早く中に入ってください!」


 言いながら、芹崎さんは俺をくるっと一回転させ、背中を押してくる。


「ちょ、ちょっと! そんな急に押されたら――!」


 言い終わる前、案の定俺は体制を崩しその場に倒れてしまう。

 その様子には、「ズデーンッ!」という効果音がぴったりだった。


「ゆ、祐也君!?」


 俺が身体の痛みを感じていると、芹崎さんの悲痛な叫び声が響き渡る。

 その声を最後に、俺の意識はぷつりと切れてしまうのだった。



         ◆



「――も、申し訳ない」


 あの後俺は芹崎さんに目を覚ましてもらい、更に俺の部屋にまで付き添ってもらっていた。


「こちらこそ、急に押してしまってすみません」

「気にすることない。それよりも、芹崎さんは早く学園に言ったほうがいい」


 今が何時かは分からないが、きっと今から行けば間に合うだろう。

 故に俺はそう言ったのだが。


「もう登校時間を過ぎてます。今更急いだところで遅刻なのは変わりません。それよりも……」


 そうして、芹崎さんは制服のポケットからスマホを取り出した。

 明かりをつけ、人差し指でスマホを操作すると、それを耳に当てた。


「……おはようございます。高等部ニ年の芹崎有香猫です。連絡が遅くなってしまいすみません。実は、体調を崩してしまって……そうなんです。学園を欠席させて頂きたく、電話をしました」

「……ん?」


 なんで芹崎さんが学園を休むなんて言い出してるんだ?

 それに、彼女は体調を崩しているなんて嘘までついている。


 ……ん? ん?


「はい。それでは、失礼致します」


 そう言って、芹崎さんはスマホを耳から離した。


「な、なぁ。芹崎さん」

「はい、どうかしましたか?」


 彼女に、俺は尋ねる。


「なんで、芹崎さんが休むことになるんだ?」


 そんな当たり前な質問を繰り出す俺に、芹崎さんは叫ぶように言った。


「だって! このまま祐也君を放って置くわけにはいかないじゃないですか!」

「……へっ?」

「今日は私が祐也君の看病をしてあげるんです。だから学園に休みの連絡を入れたんです!」


 あー、そういうことか。


 要するに、芹崎さんは俺が熱を出しているから学園を休んで看病をすると言ってくれているのだ。


 芹崎さんに迷惑をかけるのは本意じゃない。

 でも彼女の言うとおり、自分でも今一人でいたらどうなるか分かったものじゃなかった。


「……そういうことなら、今日は頼む」

「あれ? いつもより素直ですね。普段なら『迷惑だから!』って言って断るはずなのに……」

「もし俺が一人でいて何かあったら、それこそ芹崎さんに迷惑かけるだろ。俺はそっちの方が嫌だから、今日はお言葉に甘えようと思ったんだ」

「なるほど……というか、あれ?」

「今度は何だ?」


 今は怠いからあまり口を開きたくないのだが、とそんなことを思っていると……


「祐也君、いつもよりも少しだけですよね?」


 顎に指を当てながら芹崎さんは言った。


?」


 唐突に出てきた聞き慣れない言葉を、俺は思わず反芻させる。


「ぶっきら棒というか何というか……上手く説明出来ないんですけど」

「うん?」

「語尾が『〜よね』だったのが『〜だろ』になってたりとか、『〜だよ』が『〜だ』になってたりとか……蓮君と喋ってた時みたいに!」


 顔を左右に傾けたあと、人差し指をピンと立てる芹崎さん。


「言われてみれば、確かに……」


 そうかもしれない。

 何で変わっているのかは自分でもよく分からないが、俺はたまにアニメや漫画でいる「熱が出ると性格が変わるやつ」なのだろうか?


「……嫌か?」


 俺は少し不安になりながらも芹崎さんに問いかける。


「っ……全然嫌ではないです! むしろ、えと……距離が近く感じるので、今の祐也君のままがいいです!」

「……そうか。でも、多分熱が引いたら元に戻ると思う」

「そうですか……」


 俺の言葉を聞くなり、芹崎さんはとしてしまった。

 だがすぐに、何か思うところがあったらしくはっとすると、俺の顔を見て苦笑した。


「……というか、祐也君は今熱を出しているんでしたよね。ゆっくりとしていてください。朝ご飯は食べましたか?」

「ありがとう。朝ご飯は……食べてないな」

「食べられますか?」

「そうだな、少しお腹がすいた」

「分かりました。じゃあおかゆを作ってくるので、横になって待っていてください」

「了解」


 そうして、芹崎さんは俺の部屋を後にした。


 ……お粥を作るだけの食材、冷蔵庫にあっただろうか。

 でもまぁ、最悪お米だけでもいいしな。

 芹崎さんなら何とかしてくれるだろう。


 それにしても、芹崎さんに看病をして貰えるなんて……。


「熱が出てよかったな」


 そうつぶやいてしまうくらい、俺は嬉しかった。


 ――さっきのインターホンの音で無理矢理起こされたから、身体に負荷がかかっていたのだろう。

 ベッドに身を任せると意識はすぐ睡魔に持っていかれて、俺は眠りにつくのだった。



         ◆



「――格好よかった……」


 台所に行くなり、私は依然として強く鼓動している胸を押さえました。

 物凄くドキドキしています。


 あんなに格好いい祐也君、初めてみました。

 いつもは丸い雰囲気なのですが、今日は少し尖った雰囲気というか……勿論、いつもの祐也君もとても格好いいです。

 でも、今日の祐也君の方が……何というか、私のタイプです。


 特に祐也君が「嫌か?」と聞いてきたときの表情と言ったらもう……


「〜〜〜っ!」


 思い出しただけでも身をよじってしまいます。


 私、ちゃんと隠せていたでしょうか。

 こんなみっともない姿、祐也君に見られたりでもしたら恥ずかしくて死んでしまいます。


 ……と、ここで興奮しているわけにもいきません。

 早くお粥を作って、祐也君のところに持っていかないと。


 私は「失礼します」と言いながら、冷蔵庫を開きました。


「……ありゃ、何もありませんね」


 冷蔵庫の中にはかろうじて飲み物が残っている程度で、他には何もありませんでした。

 見たところお米は台所にあったので、買い物には行かずに済みそうです。


「ですが、後で行ってきたほうがいいですよね……」


 お粥を持っていくとき、祐也君に話してみましょうか。


「…………」


 私、あの状態の祐也君とこれ以上ちゃんと話せますでしょうか。

 あれはあれですごく格好いいのですが、興奮を抑えなくてはいけないのが少し難点ですね。

 祐也君と話すとき、必要以上に体力を使ってしまいます。

 ……でも。


「祐也君には、あのままでいてほしいなぁ……」


 思わずそうつぶやいてしまう私なのでした。

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