三十話 甘えん坊の芹崎さん

 ――そうして俺たちは、芝に腰を下ろす。


「大丈夫? 座り辛かったりしない?」

「はい、ありがとうございます」

「それにしても、どうしてこっちで食べたいなんて言ったの?」


 たこ焼きを食べるだけなら、テーブル席に座ったほうが汚れないし楽だ。

 にも関わらず芹崎さんはこっちを選んだ。


 その理由は、一体何なのだろうか?


「……こっちで食べたほうが、雰囲気が出ると思いまして」

「雰囲気……?」

「ただテーブル席に座って食べるよりも、こっちで隣同士に座って食べたほうが、なんかよくないですか?」

「……確かに、そうかもね」


 俺は口元に笑みを浮かべながら言う。


 テーブル席なんて人工的なものに座って食べるよりも、こうやって芝に腰を下ろして食べたほうが、なんと言うか「青春」をしているような気がする。


「それに、こっちのほうが祐也君との距離が近いですしね」


 芹崎さんはあどけなく笑いながら、そう言って俺との距離を更に詰めてきた。

 俺は彼女のその行動に顔を強張らせてしまう。


「……どうかしましたか?」


 そう言って、俺の顔を覗き込んでくる芹崎さん。


「あ、いや、何でもないよ……」

「? そうですか?」

「うん。それよりも、早く食べよう。じゃないと冷めちゃうよ」

「あっ、そうでした! 早く食べましょう!」


 俺は芹崎さんの反応に破顔一笑しながら、自分の膝にたこ焼きの入ったフードパックを置く。

 そして開くと、たこ焼きにかかったソースのいい匂いが鼻腔を刺激した。


 フードパックの中に入っている爪楊枝を一つとって、芹崎さんに手渡す。


「はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」

「ん? どうかした?」


 見ると、芹崎さんは頬を膨らませていた。

 俺が彼女に訊くと、彼女は……


「……こういうのは、ちょっと違くないですか?」

「違うって、どういうこと?」


 芹崎さんの思考を俺が汲み取れずにいると、彼女はいきなり爪楊枝を俺に押し付けてきた。


「……ん?」

「…………あ」


 俺が戸惑っていると、芹崎さんは目を閉じて口を開いた。


 ……彼女は何をしているんだ?

 俺は爪楊枝を持たされて、芹崎さんが口を開けている。


 ……もしかしてこれは、いやもしかしなくとも!


 あーん……?


「――っ!?」

「……まだですか? 出来れば、その……声もあるとありがたいんですが」

「声!?」


 ひっくり返った声が出てしまう。

 声、ということは俺に「あーん」と言えってことか!?


「……あの、芹崎さん?」


 俺は芹崎さんを伺うように見る。

 するといきなり芹崎さんは口を閉じた。


「……?」


 俺が困惑していると、芹崎さんは瞳を潤ませながら上目遣いで俺のことを見てくる。

 その姿に、俺は思わず息を呑んだ。


「……ダメ、ですか?」


 ノックアウト。


「…………ほら、口開けて」


 俺はたこ焼きに爪楊枝を刺して持ち上げると、芹崎さんにそう促した。


 彼女は俺の言葉を聞くなり顔をぱぁっと明るくさせて「あー……」と言いながら口を開けた。


 ……心臓に悪いから本当にやめてほしい。

 いや、やめてほしいっていうのは嘘なんだけど。

 芹崎さんの可愛い姿が見られるからいいんだけど!

 もうちょっとタイミングってものがあるだろ!


 兎にも角にも、俺は今、芹崎さんにたこ焼きを食べさせてあげないといけない。


 たこ焼きの刺さった爪楊枝を、芹崎さんの口へと近づける。


 芹崎さんの口にたこ焼きを入れる直前で、急に羞恥が俺を支配した。

 固まって、動けなくなってしまう。


 声…………声!?


 いやいや、落ち着け俺。

 芹崎さんがしてほしいってお願いしているんだ。

 それに応えなくてどうする……!


「あ、あーん……」


 言いながら、俺は芹崎さんの口にたこ焼きを入れた。


「んっ! ……むぐ、むぐ……ん〜! 美味しいですっ!」

「そ、そりゃよかった……」


 俺は気の抜けた声で何とか答える。


 いや、いちいち反応が可愛い過ぎるだろ!

 俺をどれだけ悶えさせる気だ!


「次は祐也君の番です!」


 そう言って、芹崎さんは俺から爪楊枝をひったくった。


「へっ? いや、もう一本爪楊枝があるんだからそれで――」

「はい、あーん!」


 俺が全てを言い終わる前に、芹崎さんはたこ焼きを俺に差し出してきた。


 ……芹崎さんは、どれだけ俺を振り回せば気が済むんだ?


 そう思いながら俺が流れに身を任せて口を開くと、芹崎さんはたこ焼きを口の中に入れてくれた。


「あーんって言ってくれない……」


 そんなつぶやきが聞こえるが、俺の知ったことじゃない。

 俺には、もう芹崎さんに振り回される体力が残っていなかった。


 だから俺は芹崎さんに振り回されるのをやめようと思ったのだが……


「……あっちゃ!?」


 たこ焼きの中のタコが異常に熱かった。

 舌がジンジンしている。

 ……絶対火傷した。


 芹崎さんは、俺の反応から俺が火傷したことに気づいたらしく……


「あはははっ! 『あっちゃ』って反応……あはははっ!」


 口に手を当てて爆笑していた。


 ……そんなに俺の反応が面白かったのか?


「全く……あーんって言わない罰ですよ」

「そんなことあるの!?」


 あーんを言わないのって、そんなに重い罪なのか……?

 というかそもそもとして、何で結構時間が経ってるのに俺のたこ焼きだけ異常に熱かったんだよ!


「でもまぁ……」


 俺が心中で思うところをぶち撒けていると芹崎さんはそう置いて、やがて告げた。


「祐也君の面白いところを見られたから、それで良しとします」


 その言葉に俺は眉をひそめる。


 ここで俺がまた反応してしまえば、確実に芹崎さんのペースだ。

 ここはぐっと抑えて、何とかして俺の方にペースを持ってこなければ。


 そうして考えた結果、俺は芹崎さんに思ったことを言うことにした。


「俺も芹崎さんのたくさん笑ってる姿が見られたから、それでいいかな」


 顔に笑みを浮かべながら言うと、その途端芹崎さんが顔をボンッと真っ赤にさせた。


「〜〜〜〜っ!!」


 よし、形勢逆転。


 そんなことを思っていると、芹崎さんがいきなり俺の肩に自分のおでこをコツンと当ててきた。

 それに加え、俺の腕を優しく抱いてくる。


「い……!?」

「……あぅ」


 …………。


 だから本当に心臓に悪いって……。


 それに、そんな可愛らしい声なんか出したらいよいよ俺の理性が保たなくなってしまう。


「は、恥ずかしいので、こっち見ないで下さい」

「わ、分かった……」


 そうして、俺たちは十分ぐらいこの状態のままでいるのだった。

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