三十一話 好きの気持ち

『もうそろそろ花火の時間ですよね!』


 芹崎さんがそう言ったのを皮切りに、俺たちはとある場所へと歩を進めた。

 その場所とはもちろん……


「……花火と言ったら、屋上だよな」


 というわけで、俺たちは屋上へとやってきた。


「なんか、屋上に来るたびに悪いことをしている気分になります」

「実際、悪いことだしね。でも、今日くらいいいんじゃない? こうやって二人だけで見れるんだしさ」


 そう言って、俺は青暗い夜の空に視線を飛ばす。


 その時、突然芹崎さんに腕を抱かれた。

 俺はビックリしながら、思わず彼女に視線を移してしまう。


「芹崎さん!?」

「……そういうところ、本当にずるいですよね」


 見ると、芹崎さんは頬を僅かに赤らめながらジト目で俺のことを見ていた。


「な、何が……?」

「何でもないですっ」


 そう言って、プイッとそっぽを向いてしまう芹崎さん。


 なんだ? 何か芹崎さんの機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか?

 それとも、芹崎さんの頬が赤くなっていたから、これは照れ隠しなのか?


 ……というか、芹崎さん今日よく甘えてくるよな。

 彼女の中で、何が変わってこうなってしまったのだろうか?


 彼女の反応を見れば見るほど、俺の中には疑問が浮かび上がってくるのだった。


「――一つ、聞いてもいいですか?」


 俺が疑問を何とか解決させようとしていると、芹崎さんが口を開く。


「どうしたの?」


 そう問い返すと、芹崎さんは優しい声音で言った。


「祐也君は、私のことを好きでいてくれていますか?」


 瞬間、俺の心臓が一回跳ねる。


「俺は……」


 俺は、芹崎さんのことが好きだ。

 大好きだ。

 その気持ちににごりもいつわりもない。


 でも、今ここで言うのか?


 俺は芹崎さんのことが好きでも、芹崎さんのことを幸せにできる自信がない。

 こんな……人をあやめてしまった俺が、芹崎さんを幸せに出来るわけがない。


 それに、今の俺は芹崎さんを守ることすら危うい。

 俺の手は、人を傷つけるちからしかないから。


 でも……今ここで芹崎さんへの気持ちを言わないわけにもいかない。


 だから俺は、言うことにした。


「俺は……芹崎さんが好きだ」

「……そうですか。ありがとうございます」


 それだけ交わして、沈黙が俺たちを包む。

 その沈黙が、俺はどうにも居心地悪かった。


 それだけ……なのか?

 他には、何もないのか?


 俺が困惑していると、やがて芹崎さんは口を開いた。


「私、ずっと疑問に思ってたんです。私のこの気持ちは、異性として祐也君のことが好きなのかって。この『好き』という気持ちは、飼い主として、あるいは友達として好きなだけなのかって。でも、今の祐也君の答えを聞いて、自分に問いかけてみて、分かりました」


 そう言って、芹崎さんは俺に柔らかな笑みを見せて、告げた。


「私は、祐也君が好きです。……異性として」

「――っ!?」


 突然の告白に、俺は更に困惑してしまう。


「好き、って――」


 言いかけた刹那、屋上の扉が開いた。


 先生か?


 俺と芹崎さんは扉の方へ視線を飛ばす。


 すると、そこから現れたのは――


「……いつぶりだ?」


 前に芹崎さんを引き抜こうとしていた三年生だった。

 名前を……確かとかって言ったか?


「なんで先輩がここに……!?」

「俺はそこの『芹崎有香猫』って女の子に用事があるんだ」


 そう言って、健人先輩は芹崎さんに指を指す。

 指された芹崎さんは、俺の背中に身を隠してしまった。


「なんで、先輩が芹崎さんなんかに用事があるんですか」

「お前にそれを言う理由はない。とにかく、その子をこっちによこしてくれ」


 何を言っているんだこいつは。

 俺は先輩をめ回すように見る。


 芹崎さんと同じ銀色の髪。

 前に会ってから変わっていないところ見るに地毛なんだろうが、それがより一層気に入らない。

 背が高くて、顔もイケメンで、きっとその容姿から色々な女を弄んできたのだろう。


「芹崎さんは嫌がっています。いくら先輩とはいえ、それは出来ません」


 俺がそう言うと、先輩はため息を付きながら言った。


「じゃあ、こうするしかないな。おい! ちょっと来てくれ!」


 いきなり先輩は大声を出す。

 すると、先輩の後ろから同学年と見られる男たちが四人、ぞろぞろと出てきた。

 その中には、健人先輩と一緒に芹崎さんを引き抜こうとしていた男もいた。


「ったく、人使い荒いんだから……んで、こいつをやっちゃえばいいの?」


 そう言って、その男は俺を指指す。


「そうだな、よろしく頼む」

「りょーかい」


 そんな言葉を先輩方は交わし終えると、ジリジリと俺たちとの距離を詰めてきた。


「手荒な真似はしたくないんだけどね。どうしてもその子を渡してくれないんだったら、しょうがないよね」

「っ……」


 昔の俺だったら、すぐにでも殴りかかっていただろう。

 でも、昔の俺と今の俺は違う。


 俺は、どうすればいい?

 俺が手を出せば、また先輩方を傷つけてしまう。

 じゃあ俺はどうすれば……


「祐也君!」


 その時、背後で芹崎さん声が響き渡る。


躊躇ためらう必要なんかありません!」

「けど……!」


俺が一歩を踏み出せずにいると、芹崎さんは叫んだ。


「助けてください!! 祐也君のその手で、私を守ってください!!」


 その声に、俺は目を見開いた。


「ぅおらっ!」


 そう言って俺に殴りかかろうとしてくる男。

 その男の拳を、俺は片手で受け止める。


「んなっ!?」


 男が動揺している隙に、俺は受け止めた拳を払い除けて、自分の拳を叩き込んだ。


「がっ……!?」


 うめき声を上げながら、男はその場にうずくまってしまった。


 ……やっぱり、不慣れな連中だな。


「祐也君……!」


 再び、俺の背後で声が響く。

 その声は、明るかった。


「ありがとう、芹崎さん」


 それだけ言うと、俺は動揺している男たちの中に飛び込むのだった――。

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