二十九話 惹かれゆく二人

「――す、すみませんでした。取り乱してしまって……」

「もう大丈夫だから、そんなに謝らなくてもいいよ」


 俺は苦笑しながら言う。

 芹崎さんは、かれこれもう三回も謝ってきていた。


 今俺たちは学園の昇降口を出たところにいるのだが、校庭には沢山の屋台が並んでいた。


「……この屋台って、全部地域の方々が運営してくれているんですよね?」


 俺が目の前の光景を見渡していると、隣で芹崎さんが言った。


「そうだよ。この学園の後夜祭はちょっと特殊でね。こうやって屋台があったり、大取りには屋上で花火が見られたり、本当に『祭り』なんだよ」

「服装も、特に指定はないんですね」

「そうだね。元々この学園はあんまり校則がキツくないから、これくらい大きな行事なら芹崎さんみたく浴衣も許可されているんだよね」

「……聞けば聞くほど、本当に『ザ・お祭り』って感じなんですね」

「学園生徒の親戚なら、その人達も参加可能だしね」


 ここまで後夜祭に力を入れている学園もそうそうないだろう。


「というか、早く行きましょうよ! 元々私たち出遅れているんですから、時間なくなっちゃいますよ!」

「……そうだね」


 瞳をキラキラと輝かせている芹崎さんに、俺は思わず頬を緩めてしまう。


 有紗のことも少々脳裏をよぎってしまうが……楽しむことに専念するとしよう。


 そうして、俺たちは屋台の並ぶ方へと足を運ぶのだった。






「――祐也君! 私、たこ焼きってやつを食べたいです!」


 歩いていると、芹崎さんが俺の服の裾を引っ張ってきた。

 彼女の指差す方向に視線を上げると、そこには「たこ焼き」の文字が書かれている布を下げた屋台があった。


「おっ、じゃあ買うか。すみません、たこ焼き一つ下さい」


 俺の声に屋台のおじさんは「はいよ〜」と答えてくれる。


「私、たこ焼き食べたことないんですよね!」

「あっ、やっぱりそうなんだ。マスターに買ってもらったことも?」

「それがないんですよね。そもそも『たこ焼き』という食べ物も屋台の看板を見て初めて知ったんですよ」


 そうこうしている内に、屋台のおじさんがたこ焼きをフードパックに入れて渡してくれる。


「あっ、お金……」


 そう言って自分の財布を出そうとする芹崎さんに俺は右手で静止をかけた。


「いいよ。大したお金じゃないし俺が出すよ」

「でも……」

「じゃあ、この前買って貰った飲み物のお返しってことで」


 そう言って、俺はおじさんに300円を手渡してたこ焼きを受け取るのだった。


「――釣り合いませんよ」


 たこ焼きが食べられる場所を探していると、隣で唇を尖らせている芹崎さんがいた。


 ……いや、その顔効くからやめてくれ。


 俺は頬が緩みそうになるのを何とか抑えて言う。


「いいんだよ。これくらいなんてことないし」

「……なんか、申し訳ないです」


 そこまで気負わなくてもいいのになとも思ったけど、そうなっているってことは俺のことを大事に思ってくれている証拠なんだろうな。


「俺がしたいことだから……って言っても、もう芹崎さんには通じないしなぁ。まぁでも、この気持ちは本当だから」

「……祐也君がそう言うんだったら、分かりましたと言うしかないです」

「ありがとう。とりあえず! 冷めないうちに早くたこ焼き食べよう!」


 俺は芹崎さんの落ちたテンションを上げるために声を張り上げる。


「……それもそうですね!」


 たこ焼きの存在が頭に再び入り込んだことで、芹崎さんの顔は再び明るくなった。


 さすが、たこ焼き。

 お前の存在は偉大だよ。


 そうして俺たちは、たこ焼きを食べられるような場所を探しに歩く速度を早めるのだった。



         ◆



「あっ、ここら辺がいいんじゃないですか!」


 そう言いながら芹崎さんが指を指したのは、河川敷にあるような芝の敷かれた傾斜だった。

 その下にはグラウンドがあって、一応傾斜の横に階段もあるのだが、基本的にどこからでも上り下り出来るようになっている。


 ここならいい具合に座って食べられそうだな。


「そうだね、じゃあ座ろうか……って」


 俺はつぶやきながら、芹崎さんの浴衣へ視線を移す。


「それじゃああんなところに座れないよね」

「大丈夫ですよ、これくらい。どうってことないです!」


 芹崎さんは自分の胸に拳を当ててそう言った。


 ……でも。


「さすがにそんな綺麗な浴衣を汚すわけにはいかないよ。そこのテーブル席空いたし、あそこにしよう」



 俺は設置されているテーブル席を指差しながら、その方に歩み寄る。

 が、その瞬間に後ろから手を掴まれてしまった。


 俺はドキッとしながらゆっくりと振り返る。

 するとそこには、頬を赤らめている芹崎さんの姿があった。


「浴衣……汚れてもいいです。また、洗えばいいんです。だから、私はあっちがいいです」

「っ!」


 恥じらいながらも視線を下げてぎゅっと手を掴んで言う芹崎さんを前に、俺は断れるはずがなかった。


「テーブル席の方が汚れないし、そこに座るよりもずっと楽だよ? それでもいいの?」


 最後に俺はもう一度だけ彼女に問いかけた。

 彼女は俺の声にコクっと頷く。


 なぜ彼女がそこまでしてあそこでたこ焼きを食べたいのかは分からないが、彼女がいいと言うのだったらいいのだろう。


「分かった、じゃああっちにしようか」


 俺がそう言うと、芹崎さんは頬に若干赤を残しながらも、


「はい!!」


 と、満面の笑みで返事をした。


 ……やばかった。

 芹崎さんの恥じらう姿は破壊力がやばすぎる。

 静かに駄々をこねる芹崎さんもあどけなくて、その姿は確実に世の男たち全てを魅了してしまうだろう。


 そんな芹崎さんの姿を見てしまうと、俺はもっと彼女を好きになってしまうのだった。



         ◆



 ――やっぱり、祐也君は優しすぎます。


 前に怖い人達から守ってくれた祐也君の強い優しさも勿論ですが、さっきのたこ焼きといい、今の浴衣といい、さり気ない優しさが私をどんどん魅入らせます。


 ……でも、この優しさもきっと昔起きた出来事がきっかけなんですよね。


 祐也君はきっと、人を殺したことによって改めて人を傷つけることがどれだけ罪なことかを知ったはずです。

 だから祐也君は、もう同じ過ちを繰り返さないために優しくなったし、他人を傷つけるにが怖くなってしまったから暴力を振るうこともやめた。


 けど、祐也君の優しさはその過ちが理由なだけではない気がします。


 だって、祐也君は至るところで私にさり気ない優しさを見せてくれます。

 それはきっと普通の人なら気づかないことでしょうし、そこまで気を配っていたら体力が持たないはずです。


 それだけ、さり気ない優しさを見せることは大変なことです。

 少なくとも、私には出来ません。


 だから祐也君のさり気ない優しさは、本当の祐也君なんだと思います。

 そして、私はそんな祐也君が大切で、好きで……。


 ……この好きは、友達としてなのでしょうか。

 それとも飼い主としてなのか、はたまた……恋愛的になのか。


 私は猫ですから、この好きがどういうものなのかが分かりません。

 でも、私が人間になってから好きというものが私の中で変化してきているのは確かです。


 ……私は、祐也君が好きです。

 大好きです。


 もし私がこのまま人間の姿で祐也君といられることが出来たら、私は……。

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