二十八話 波乱の後夜祭!?

「――祐也君!」


 俺は声をかけられるとスマホから視線を上げる。

 そこには浴衣姿の芹崎さんがいた。

 その瞬間、俺は言葉を失ってしまう。


「おまたせしてすみません。着付けに時間がかかってしまって」

「芹崎さん……それは……」

「あっ、これですか?」


 そう言って、芹崎さんはくるっと一回転して見せる。


「マスターに、この日のために買ってもらったんです。どうですか? 似合ってますか?」


 似合ってるとか似合ってないとか、そういう次元じゃなかった。

 浴衣は芹崎さんのために作られたんじゃないかっていうくらい彼女にぴったりだった。


 可愛過ぎるし、このまま直視していたら悶え死んでしまいそうだ。


 いや、本当に直視できない……。


「ん? どうしちゃったんですか? なんで目を逸らすんですか?」


 芹崎さんは俺の視界に上目遣いで入ってくる。


「っ――!?」


 俺はそんな芹崎さんに腕を突き出した。


「いや! ちょっと待って! 死んじゃう! 本当に死んじゃうから!」

「な、なんでですか!? もしかして……そんなに似合ってませんか!?」

「そういうわけじゃない! そういうわけじゃないから、本当にちょっと待って!」


 芹崎さんが視界から消えて、俺は何とか落ち着きを取り戻す。

 そして視線を上げると、頬をぷくっと膨らませた芹崎さんが目に入り、再び視線を下げてしまう。


 いや、どれだけ俺を悶えさせるつもりだよ……!


「あっ……やっぱり、私に浴衣は似合ってないんですね」


 弱々しい声に俺は再び視線を上げると、そこには瞳を潤ませている芹崎さんの姿があった。


「いや! 本当に違うんだ!」

「何が違うんですか! 祐也君は、私の浴衣姿が似合わないからそうやって視線を逸しているんでしょう!」

「違うよ! 似合ってる! 似合ってるから!」

「じゃあなんで目を逸らすんですか!」


 その時、ふと俺は周りに異様な雰囲気を感じる。

 辺りを見回すと、大声で叫んでいたからか俺たちは結構な数の視線を集めていた。


 せっかく時間を無駄にしないようにって校門で待ち合わせしたというのに……。


 俺は芹崎さんの手を掴んで言った。


「ここじゃ人目を引くから……!」

「あっ、ちょっと! 待ってください!」


 そうして、俺は芹崎さんを連れてその場を離れる。


 その中で思うのだった。


 芹崎さんと浴衣は、ある意味『混ぜるな危険』かもな、と……。



         ◆



「――で、なんで目を逸したんですか?」


 俺は中庭にて問い詰められていた。

 腰に手を当て、顔をこちらに突き出してくる。

 そんな芹崎さんに、俺は気圧されながら言った。


「まず、芹崎さんの浴衣姿は似合ってるよ」

「それは聞きました。でも私が聞きたいのは、『どうしてそれに関わらず私から視線を逸したか』です!」


 芹崎さんは言葉を発すごとにジリジリと俺との差を詰めていく。


「ちょっと待って! そんなに近寄られたら上手く喋れないから!」


 俺がそう言うと、芹崎さんは納得いかない顔をしながらも後ろに引き下がってくれた。


「ありがとう。えっと……俺が芹崎さんから視線を逸したのは、芹崎さんに浴衣姿が似合い過ぎてるからだよ。とても可愛かったから」

「…………」


 その瞬間、芹崎さんが固まってしまった。


 そして……


「ふぇ……ぇ……?」


 顔を真っ赤にしながら、その頬に手を当てて一歩後ずさった。

 そして石ころに突っかかってしまったのか、そのまま後ろに大きく体制を崩しそうになってしまう。


「あっ……」

「芹崎さん!!」


 危ない……!


 俺は咄嗟に身体を動かす。


 そして、芹崎さんの身体を受け止めることに何とか成功していた。


「だ、大丈夫?」


 俺は右足を支えにしながら芹崎さんを抱き抱える。


 視線を下げると、芹崎さんの手が震えていた。


「……芹崎さん?」


 俺が気にかけると、芹崎さんは……


「えと、あの……その……あ、あわわわ……」


 変になってしまった。


「せ、芹崎さん!?」


 い、いきなりどうしてしまったのだろう。


 芹崎さんがここまで取り乱すことなんて今までなかったから、俺はどう対処すればいいのか分からずにいた。


 そして、こうして俺が叫んでいる間にも芹崎さんは取り乱し続けて……。


 落ち着く頃にはもう、後夜祭は始まっているのだった……。

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