二十六話 決着の日

「祐也〜! 行ったぞ〜!」


 俺はその声を耳にするとともに、胸トラップでボールを受け取る。


 さぁ、どう行こうか。


 とりあえず、俺は詰めることにした。

 迫りくる相手チームの選手をボールをコントロールして交わしながら、ゴールへと向かう。


 前には相手の選手が二人。

 奥に仲間がいるが、ここでパスを出しても止められてしまうだろう。

 それに、その仲間が必ずゴールを決められるかどうかも分からない。


 考えた結果、俺は加速して二人の脇を何とかすり抜ける。

 そうして俺は、軸足をゴールの右側に向けて、ゴールの左側にシュートを打った。


 俺の予測通りゴールキーパーは軸足に気を取られ、ゴールの空いた左側にシュートが決まる。

 そのタイミングで、試合終了を知らせる笛の音がグラウンドに響き渡るのだった――。



         ◆



「――祐也君、サッカーやってたんですか?」


 バレーの試合を床に座って見ていると、隣にいた芹崎さんが俺にそう問いかけてきた。


「いや? 特に何かをやってたわけじゃないよ。授業で少しやった程度かな」

「……なんか、経験者みたいな動きしてましたよ」

「本当? だとしたら嬉しいな」


 俺は芹崎さんの言葉に思わず口角を上げてしまう。


 今日は体育祭で、先程俺は決勝戦の試合を終わらせてきていた。

 結果は四対一でこちらの勝利。


 優勝だ。


 だからと言って何かがあるわけではないが、まぁ、いい結果で終わることが出来てよかったと思う。


「本当に祐也君は運動神経がいいんですね……羨ましいです」


 テンションの低い声が聞こえてきたので振り向くと、そこには口を尖らせている芹崎さんの姿があった。


 拗ねている姿を見るのは初めてだな。

 そして、相変わらず可愛い。


「芹崎さんだって運動神経はいい方だよ。経験が他よりないだけで、ちょっとやったらすぐ上手くなるし」

「……そうですか?」

「実際バドだって、まだやり始めて一ヶ月も経ってないのにもう他よりも全然上手いじゃん。そう卑屈になることはないよ」

「ありがとうございます。……いよいよですね」


 そう言って、芹崎さんは表情をガラッと変えた。


 顔を強張らせて、如何いかにも緊張している表情を見せる芹崎さん。

 そんな彼女を見た俺は、不意に顔を綻ばせる。


「ほら、そんな表情してたら勝てる勝負も勝てなくなっちゃうよ」

「……本当に、勝てるのでしょうか」


 芹崎さんは、不安そうにつぶやいた。


 そうなってしまうのも、当然と言えるだろう。

 何せ相手は白銀有紗。

 バドミントンの実力に関して言えば、この学園で彼女の右に出る者はいない。

 そんな強敵に挑もうとしているのだ。

 芹崎さんの気持ちも、すごくよく分かる。


 ……でも。


「勝てるよ」


 俺は、確信していた。

 芹崎さんが勝つことを。

 理由は特にない。

 でも、今の俺はそう言い切れた。


「芹崎さんなら、きっとやれる。県大会トップの俺が言うんだから、絶対そうだよ」


 俺が自信満々にそう言うと、それを見た芹崎さんはくすっと笑った。


「それ、根拠になってませんよ」

「確かにそうだね」


 そしてまた、俺たちは笑い合った。

 くすくすと、今二人でいられる幸せを噛み締めるように。


「……私、そろそろ時間なので行きますね」


 そう言うと芹崎さんは立ち上がって歩き出す。


「行ってらっしゃい。頑張ってね」


 その背中に、俺は声をかけた。

 俺の声を芹崎さんは耳にすると、勢いよく振り返って……


「はい!」


 満面の笑みで、そう返すのだった。



         ◆



「――始め!!」


 その声とともに、試合開始の笛が鳴り響く。

 続いて、観衆の歓声が沸き起こった。


 女子ダブルスの試合は白銀・芹崎ペアの圧勝。

 今鳴り響いた笛の音は、エキシビションマッチの開始を知らせるものだ。


 この試合は、言わば「決闘」。

 両者の雌雄を決し、どちらが俺と後夜祭を共にするかという「果し合い」。

 そして、今後を決める大事な試合でもあった。


 この試合で勝った人は、俺と後夜祭を歩く。

 それはつまり、どちらが「俺と付き合うか」ということと同義であった。

 芹崎さんは分からないが、少なくとも白銀はそれを感じているはず。

 故に、白銀には絶対負けられない戦いだ。


「……どっちも、頑張れ」


 俺は、絞り出すように言った。



「――はぁ!」


 私はスマッシュを叩き込みます。

 が、難なく拾われてしまいました。

 結構拾いにくい場所に打ったつもりなのですが……やはり一筋縄ではいかない相手ですね。


 ……白銀有紗。

 全国大会準優勝実力は、やはり伊達ではありませんでした。

 10分経過したところでスコアは白銀さんが十六点、私が十点。

 白銀さん相手ならよくやれている方なのかもしれませんが、私が掴みたいのは勝利です。

 このままでは、確実に私は負けてしまいます。


 こうやって考えている間にも、白銀さんは攻撃手を緩めることはありません。

 拾うのが絶望的な場所に鮮やかなスマッシュを決められて、私はまた追加点を許してしまいました。

 これで点差は八。


 ここからどうすれば、巻き返すことが出来るのでしょうか。

 一体、どうすれば……。











 異変を感じたのは、白銀が二十点目をとった後だった。

 途端に、白銀なら確実に拾えるシャトルも拾えなくなっていた。

 明らかに白銀の動きが悪くなっている。


「なんだ……?」


 俺は思わず立ち上がった。


 白銀がどこかに怪我をしている様子はない。

 外からは、白銀の動きが悪くなったもっともらしい理由が見つからなかった。


 ただひとつ違和感を感じるのは……白銀の表情。

 どこか、迷いがある……?


 芹崎さんや観衆も、白銀の異変に気づいているようだ。

 体育館にはどよめきが溢れ、芹崎さんもどこか戸惑っている。


 だが、芹崎さんが気を抜くことはなかった。


 何故白銀の動きが急に悪くなってしまったのか。

 俺の、観衆の、そして芹崎さんの疑問の答えは出ないまま、試合の結果は芹崎さんの逆転勝利となった。


 実に呆気ない勝負の付き方だった――。

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