04-04  分かれ道と蓄音機。

 ──見下ろし空の崖。

 静寂を破った空船が煙を吐いて落ちていく。星が落ちるにしてはゆったりした動きに、あれは事故ではなく致し方なく落とすことを選んだのだろうとホッと安堵の息をつくその人は先立つ面倒に頭を掻いていた。

 暖かな山岳に熱が降りはじめる、座標を示す魔法の光が見えた。白城の王が歩き出したのだろう。あれをかつての王と呼んでやるにはいささか不格好で哀れだが、現状そう呼んでやる他ないので仕方がない。

 ちろりちろりと呼び鈴が鳴る。相変わらずタイミングがいいのか悪いのか、ため息と一緒に蓄音のコインを摘むとしばらく会っていない友人の声が『おぉ、珍しいこともあるもんだな。生きていたか、【テレーズ】』と驚く様子を見せる。


「珍しいも何も結界が破れたからでしょう、お前の差金ですよね? そうですよねニコラスくん?」

『……は? 結界が破れただと? ……まさかもうスノーソルトに侵入したのかあの子たち……』

「おっと、この状況自体は予想外でしたか。つまりあなたがそういうということは、あれですか。噂のご一行ですか」

『破るって、破るって何? やべ頭痛くなってきた…………』

「ちゃんと寝てないからそんな体質になるんですよ、“黄金の法“から外れすぎると戻すのきついんですから」


 大きなため息が蓄音のコインから送られてくる、どうやら中々下界は深刻らしい。

 墜落地点に大きな結晶がバキンッと出現する、噂のご一行もそこそこ苦戦している様子だ。相手が相手だからこればかりは仕方がない、最初のエンカウントで魔王が出てきたようなものだ。そう思うとちょっと可哀想だ、たまには手を貸してやってもいいか、とテレーズは崖を飛び降りる。

 人形師メルクが城での小細工を仕組んでから初めての騒動だ。彼ら……彼のやり方は褒められたものではないが、状況がそうさせるということもある。それに、状況が早く動くということはテレーズにとってもありがたい話だったのだ。 


「それで、ニコラスくんは私に何をして欲しいですか?」

『手伝ってくれるのか?』

「やめましょうか……」

『すまない私が悪かった! ぜひお願いします、主に俺が助かります』

「仕方がないですね、いいですよ。私は優しいので頼まれると断れないのです」

『めんどくせぇ……』

「ニコラスくん」

『なんでもない。ならクリスの方を見てやってくれないか。あの子、どうにも“黄金の法”を忘れていそうだから』

「……クリス? クリスと言いましたか」 

『そう言ったが、なんだ覚えでもあるのか?』


 ほうほうと腕を組み懐かしむ。クリス、クリス、ご一行の名前までは記憶していなかったテレーズはとても驚いた。その名を今の段階で聞くとは思っていなかったからだ。


「あぁ大丈夫です。その子、多分私のお友達ですから」


 ほんの少し、ほんの少しだけ歩く速度を上げる。友達に会うのかもしれないのだから、ちょっとだけ浮き足立つのも悪くはないだろう。


  *


 ──墜落現場。

 意識が浮上し、真っ先にクリスが取ったのは両手両足の無事を確かめることだった。どうやらそういった備えもしてあったのだろう、あの高さから船と落ちた割には怪我らしい怪我をしていない。衝撃を受け流す魔法が解け、ホエールフレームが気絶するかのように沈黙したのを見るにそこそこ気を遣われたようだ。


『おはようございますクリスくん、ご無事でなによりです』

「そっちも無事? でよかったよ賢者さん。王様たちは?」

『ええ、ここから少し離れていますが……向こうの私も動いてるので問題ないですよ! ひとまずあちらを助けてあげてください、クチバシ一つではどうにもならないのであれは』

 

 賢者に促され見つめた先には白い地面に突き刺さってる二本の足、というか魔王のブーツ。もがもがとばたついているから死んではいないのだろうが、どうしてこうもお前はエキセントリックな状態になるのだろうか。やれやれだと足を掴んで引っ張り上げると、「ぷはっ、た、助かったぜ〜……」と消沈気味なグレイスが収穫される。


「どういう落ち方したらそんな刺さり方するわけ?」

「俺が聞きたいんだぜ! とりあえず下ろして欲しいんだぜ! 血が! 脳天に!」

「そんだけ元気があるなら大丈夫だね」

「だああっ急に落とさないで!? なんかお前俺の扱い雑じゃねぇか!?」


 そんなことないよと揶揄って、お前さあとグレイスは立ち上がる。

 

「パスカルとセルバは……賢者せんぱいが動いてるから大丈夫か、ってか便利だなそれ〜俺も覚えようかな」

『ふふふそうでしょう? 教えてあげたい気持ちもありますがこれは企業秘密なんですよ』

「ちぇ〜、自力で編むかぁ〜!」


 なんやかんやでいつも通りだが翼のはためく威圧が遠くの空から迫っている、まだまだ踏ん張らねばと立ち上がり周囲を見た。一面の雪景色ならぬ塩景色、装備の防護がなければ息さえもできないだろう。

 仲間と合流しなけれなばらない、……と声を張り上げるよりも前にパスカルとセルバの大声が聞こえるとクリスは思わず笑った。前々から思っていたが、あの人たちの声はよく響く。

 

「みんな〜〜無事かの〜〜!?」

「クリス! グレイス! 返事をするのだ〜〜!! 迎えにいくのだ〜〜!!」


 向こうも元気だ、「無事だよ! 待ってるね!」と伝えるとまた賑やかな返事が戻ってくる。

 さて、目下……というか目の上の問題といえば。


「そろそろ追撃が追いつきそうだけど、どう? いけると思う?」

「いけるだろ、今の俺はそこそこ使えるぜ〜見てろよ見てろよ〜!」


 あのどでかいハクガンの骸竜が、こっちに向けてガン飛ばしてきてやがることぐらいだ。うーん地上戦になってくれるのはありがたいが、あいにく馬がない。張り切ってるグレイスには悪いがあれちょっときついんじゃないかな。

 強烈な咆哮が迫り来る、気合い入れるかと肺を膨らませたところで。

 

「【瞳を◆キ、刮目◆◆。我ガ庭…天◆◆ハ不要……】」


 水を差すような雑音が骸龍の両翼に穴を開けた。


「はぁ!? 何!?」「なんだ今の!?」

『魔法……!! あれは王の言葉です、やはりあの方が――』

 

 地面から何か、結晶体のようなものが一瞬で生えてきたように見えた。あまりの速度と衝撃に白砂が舞い上がる、防備の魔法が弾き飛ばすその先で増えた方の賢者が羽を広げて悲鳴を上げた。


『逃げてくださいパスカル!!』


 パスカルたちについている賢者の声がそのままこちらに貫通したのだろうそれに、焦るよりも先にぐらりと世界が揺らぐ。

 嫌な予感に咄嗟にクリスはグレイスの右手を掴む。だらりと背に冷や汗が伝う、本能的な危機が叫んでいた。


「走って!! 何かまずい!!」

「うおうおうっ!? ほんと落ち着かねえなってうぎゃー!? いきなり壁が生えてきたー!?」

 

 氷の壁のようなものが地形を喰っていく。走って走って、賢者の先導でパスカルたちの姿が見えるところまでやってきた。


「パスカル! セルバ!」

「っクリス! グレイス! こっちにきてはダメなのだ! 何か強力なものがこっちに――」


 手を伸ばしたそれも一瞬で目の前の壁に邪魔され、勢いのまま殴った。小さな手では弾き返されるだけだった。

 

「分断されちまったか、今セルバがなんか言ってたけど……」


 壁の向こうからセルバの焦る声が聞こえる。まさか負傷かと周囲を見たが、あまりの壁の大きさに迂回路が見当たらない。


「一度離脱するのだ二人とも!! 今しかない!!」

「なっお前らはどうすんだ!? なんかやばいのきてんだろ!?」

「構うな、いけ! 門の前で会おう!」


 パスカルからの応答がない。何か、何か嫌な予感がする。

 けれども、一秒でも早くこの場所を離れるべきだという警鐘が収まらない。どのみちすぐに合流は難しい、致し方ない。

 

「っ……グレイス、行こう!」

「で、でもっ、」

「今ここでまとめて潰されるよりかはましだ! 絶対にあとで合流する、向こうもそれぐらいの覚悟はできてるはずだよ」

「くっ、そ、わかった……! 門の前で集合!! 忘れんなよ!!」

「増えた方の賢者さんっ、先導を!」

『おまかせを……! パスカル、セルバ様どうかご無事で……』


 青く輝く羽を目印に大壁から離れ、白景色の先に見える樹氷目掛けて走る。ただ大壁から離れるその瞬間、一度だけパスカルの声が聞こえた。

 “シーニ”と。

 ……まるで悔いを吐き出すようなため息と一緒に。

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若返った王様くん(10才)と二周目勇者くん(7才)と頭七歳児のエルフちゃん(400才)がなんやかんやで魔王をしばきにいく話。 Namako @Namako

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