04-03 突入、迎撃、そして墜落。

『いよいよ突入ですね、ではこれより結界に通行申請を行います。パスカルは防護魔法の舵取りを、セルバ様とグレイス後輩は緊急のため警戒態勢に入ってください。クリスくん、あなたには一行の代表者として申請の宣言をお願いします。やり方はわかりますね? 試練を要求されると思いますが全部蹴倒してください』

「さっきベンタバールさんに教わったから大丈夫、だけど代表が僕って……あっピリカ様の救助は一応僕の管轄だからか!! わかったこじ開けてくるね!!」

「なんか若干嫌な予感するがまぁよい! 始めるぞい!」


 白く染まる霊峰とも取れるような光景を目のために、操舵室の中心に敷かれている円陣にエナを注ぐ。大空は元々結界によって切り分けられており、その境界を飛び越えるにはこうして結果そのものに進行の許可を求める必要があるのだという。申請を行える結界の場所も本来は限られている、だが今回は向かう場所が例外中の例外だ。できる限り最短で向かうために勇者の特権を使い、本来あるはずのない関門を開けさせなければならない。

 今、クリスの中にある勇者としての特権は非常に複雑だ。ピリカ姫救出のために選ばれた導きの勇者ではなく、その枠に押し込まれた螺旋の勇者でありその螺旋の力の大半を骨なるものの試練で廃棄した。だが、その骨なるものはクリスに新たな“異形の勇者”と言うなんともナンセンスな称号と承認を最後に残していた。勇者の剣をもてずとも、クリス自身の力は今便宜上勇者のカテゴリーとして認識されている。そこが突破口だ。

 円陣が光を放ち、魔法が組み上がる。目の前に浮かび上がった紋章に触れ、結界が言葉を口にする。


『ここは死の山、如何なるもの見ることを許さず。如何なるもの触れることを許さず。如何なるもの語ることを許さず。引き返せ』

「“私は三度の許しを経てここに立つ” “私が見る”“私が触れる”“私が語る”“門を開け、阻むことをお前は許されていない”」


 教えられたキーコードを告げる、結界は沈黙する。ばちり、と紋章に触れていた手に電撃のような痛みが走った。異音にセルバが大丈夫かと心配そうにみやる、大丈夫だと頷いて返す。


『去れ、お前は神に認められた勇者にあらず。去れ、メルクリスの意志を捨てた勇者など認められぬ』

「勇者ではあるよ、神ではなくて“獣“に認められた側だけどな」

『何?』

「表層にへばりついた藪枯らし風情が邪魔をするなと言っているんだ」


 ばきり、触れていた紋章に大きくヒビが割れる。“獣”という単語に結界側が怖気付いたのが手を通じて理解できた。今まで未来での単語や知識は何が起きるかわからないからこそ必要なもの以外はできる限り触れないようにしてきたのだが、骨なるものの未来予告とその試練で踏ん切りがついた。

 紋章から手を離し拳を握る、グレイスのおかげで質量を取り戻した右手だ。いきなりこんな使い方をするのは気が引けるけれど、ただでさえこっちは急いでいるんだから仕方がない。後ろから「おいマジかよ」とグレイスの頭を抱えるような声が聞こえた、すまんマジなんだ。


『ま、待て勇者よ! 通行を許可できないとは言っていない、試練を受けるなら検討を』

「“いいから“ “さっさと“ “そこを通しやがれぇ────ッッッ“!!!!!!!」

『あああーーーーーーーーーーーー!!!!!???』


 右ストレートで紋章、つまるところ通行を妨害する門を叩き割る。窓から見える景色が一気に塗り変わる、結界に穴が空いたのだろう塩の暴風が景観を吹き飛ばす。これで通行は問題ない、帰り道もこれだけ脅せば何も言えないだろう。


「よし!! こじ開けたよ、あとはよろしく!!」

「あーあ!! やっぱりこうなるのじゃな!! まぁ通れればなんでも良いわい、賢者! 組み立て頼むぞい!」

『はい! 賢者さん頑張りますよ!』

「え、え、いやいやいや何がよしなのだ? 今結界の精霊が粉々に砕け散ったのだよ!? いいのか!? 何をどうやったらそんなことになるのだ!?」

「いいんだよどうせどうやっても不正通行になるからさ!!」「ええっ!?」

「お、俺が作ってあげた右腕そんな乱暴に扱わないで……流石にビビる……ビビるから……」


 口々に感想を放り投げながら、一行は結界に土足で踏み込む。神経が逆立つ、大荒れのエナに体中が警告を鳴らしているのがわかる。気合を入れろと頬を叩く、どくどくと心臓が鳴るのが聞こえてきた。あぁ、どうしようもないけどやっぱりこういう時ってワクワクするもんだ。

  

「ちょっと荒々しかったけど問題ない問題ない! 大嵐を越えるぞ! 何が起こるか分からないからな、しっかり捕まってろよぉ!」

 

 ホエールフレームが唸りを上げ、白船をエナが覆い鎧となって薄緑の翼となる。風が吹き荒れ船の窓を叩く、瞬きの合間に世界は煌々と白く輝き青空をかき消していく。スノーソルトはその名の通り塩が降り続ける魔の土地だ、一粒喉に入り込めば痛みを伴うそれが暴風となって全ての命を襲う。魔界へ繋がる最も確実な勝手口への試練というべきか、轟々と凄まじい音を立てて船を捻り潰そうとするのが聞こえてくる。


「なんかすげえメキョメキョ言ってるぜ!? えっなにっ何の音!? 聞いたことない音してんぜ!?」

「すごい勢いで割れてるのが聞こえるのだっ! 大丈夫なのか!? これ大丈夫なのか!?」

「大丈夫じゃ!! それはこの船を覆っている防護魔法が今めちゃくちゃ頑張ってる音じゃのう!! 賢者ぁ!無事かぁ!?」『無事ですぅ!!!!!嘘です頑張りますぅ!!』


 ははっ、とベンタバールが笑うのが聞こえた。大嵐そのものに突っ込むその中でスカイライダーが上機嫌に笑う、その表情にクリスは本能的にこのチャレンジが本職にとっても凄まじい苦難であろうことを悟る。あぁ、本当に自分達は普通じゃ考えられないようなとんでもないことをしているのだ。

 

「6……5……4……3……、よしっ抜けた!! シルキーズっフェーズ3!! 持ち直すぞ!!」

「「「アイ・アイ・サー!! 僕らにおまかせ!!」」」


 吹き荒れていた風が急に冷えて静かになる。ヒュオオと氷が鳴るかのような風の音に視界が晴れた。今の一瞬で大空の彼方にでも転移したような感覚、窓の外に広がっていたのは白と青の静かな山脈の世界だった。

 美しい、とセルバが呟いた。死の山と呼ばれるには、そこはあまりにも荘厳な空気に満ちていたのだ。

 

『何とか、通り抜けられましたね……、活性化状態の結界をこれだけの被害で越えるとは流石ですよ』

「これでもそこそこやってるんでねっ! とりあえず近場に降りるぞ、準備しておいてく「待て」

「パスカル?」


 ふと山頂を見たパスカルがらしくなく顔をこわばらせる。いつも通りのどこか浮き足立っているような明るい声ではなく何かを警戒するような音に、クリスは冷ややかなものを感じた。今までも時折そういった気配を出すことはあった、彼も彼で熟練者だ。当たり前だろう。だがそれでも今回ばかりは違っていた。


「おかしい」


 “畏れ“だ。

 

「なぜあの城が……」


 怯え、恐怖、そういったものとはまた違った声になぜと問う前に視界が異物を写す。目的地である境界の灯台があるべきの場所には、見慣れない白い城壁の大きな城が磔られたかのように存在していたのだ。

 

「な、何だあれ、真っ白な城? こんなところに国があるって聞いたことねえぞ」

『いえ、あれは!』

「っ!? 何か来るのだ!! 真下!!」

「何だってっ!?」


 セルバの警告に覆いかぶさるようにゴンッと船底が揺れる。


「「うわぁっ!?」」

『下からの襲撃です! まずいな物理か、このままでは防護が持ちませんよ!』 

「時間が欲しい、悪いが甲板に出て対処を頼む!」

「わかったのじゃ! みんないくぞ!」


 パスカルの指示で甲板に飛び出すと、風に舞い上がってチロチロと羽ばたく小さな鳥の群れと相対する。大人一人はありそうなぐらい大きな白い鳥、羽毛のようなそれが羽ばたくとそれが一気に剥がれ落ちて光沢のある鱗と翼が露出する。どうやら向こうは随分と歓迎ムードらしい。

 

「“ハクガン“じゃ! 侵蝕の呪いに気をつけよ、武具を壊されるぞい!」

『緊急なので増えます!』『回復はおまかせを』

「侵蝕はこちらで面倒を見るのだっ! 私はパスカルにつく、クリスはグレイスを!」

「っ、わかった!!」

 

 ハクガンと呼ばれたそれがキィィと鳴き声をあげて襲いかかってくる。一体一体はそう強いものではないらしく、一撃ひっぱたけば形が崩れてサラサラとした白い砂……塩となって霧散する。

 数に対抗するべくすぐさまクリスは右腕の骨を使い大鎌を握る。一振り、二振り、舞うようにハクガンの群れを薙ぎ払う。だがしかし、大振りの武器を扱うパスカルもいると言うのにそれを上回っていくハクガンの群れが凄まじい。一つの迷いが場を崩しかねない緊張感に今度はクリスが笑う番だった。


「みんな気張れ! 少しでもいい時間を稼ぐのじゃ!」


 パスカルの鼓舞を耳に足を踏ん張らせる。一呼吸、ようやく肺に入れられたところで船がさらに揺れた。

 

 ──咆哮。


「何か来る」

 

 空気が震える、鼓膜が震える、心臓が震える。大きな存在がこちらに牙を向けている。真上に噴き上がる旋風が甲板に形を持って姿を表す。

 首をもたげる大きな顎、黒い眼がこちらを見下ろす。パキリパキリと羽ばたき返すたびに聞こえるのは、硬質な鱗が擦れ合う音に他ならない。飛竜、大空の頂点に座する肉を持つ災害の化身がもう終わりだと言わんばかりに翼を広げた。

 

「ハクガンの骸竜……!!」


 翼に見覚えのあるどろどろとした魔力が宿る、どうやらあの人形使いが先着しているのは本当らしい!

 

「魔王の魔力!! やっぱり仕込まれてたかっ、まずいぞ一撃で落とす気らしいぜ!?」

「“甲板聞こえてるな? 多分あれは無理だ、不時着するつもりで衝撃に備えてくれ!”」

「「了解!!」」「「承知したのじゃ/のだ」」


 ホエールフレームが船自身の魔力で防護壁を再形成するが先か、ハクガンの骸竜が竜巻のような暴風を吹き鳴らすが先か。轟音が響く、ゆらりと船が傾き大空から滑り落ちる景色にふと何かが光ったのが見えた。だが、それが何かを認識する前に意識の方が途絶えたのだった。

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