03-12 螺旋潰えて、星となれ。
初めて死んだ日のことは、よく覚えている。
僕がまだ本当に幼かった頃、孤児院の外で遊んでいた昼下がりにそれは起こった。夕暮れ、遠くの空が引きちぎれ口を開けたかと思ったらそこから形容し難い虹彩の滝のようなものが落ちてきたのだ。孤児院の仲間たちの悲鳴が聞こえ、次の瞬間にはその虹彩の水は大きな津波のように空をうねらせ空気をひりつかせた。空気が塩辛く、呼吸が苦しくなってあっという間に僕は意識を失った。
“大決壊“と呼ばれることとなったあの事件の真相を、僕は五年後に知ることになる。
次に目を覚ましたのは石棺の中だった。何かとてもひどい匂いがしたのだ、それで叩き起こされた。訳もわからず、何も思い出せないまま重い石の蓋を開けるとそこは何かの遺跡だった。今でもあの場所がなんだったのかはよくわかっていないが、多分あそこは信託の神殿だったのだろう。自分のことも何も分からないまま、僕はとにかく外へ出ようともがいた。剣を持つと、その使い方が頭の中に浮かんだ。今に思えば、あの時点で僕の体は何かしらの処置を施されていたのだろう。
ようやく外に出られそうなところで、僕は大蜘蛛の化け物と接敵する。廃教会に巣を張った女の姿と大蜘蛛を掛け合わせたような化け物、その巣の真ん中に女の子が捕まっているのをみて飛び出した。最初の死因はこれだ。我ながらなんとも言いようがない。
実は女の子は大蜘蛛に作られたただの擬似餌で、引っ張り出された時点で僕は詰んでいたのだ。あっさり死んだ、落ちてきた教会のシャンデリアに押し潰されて。それが最初の死、ただ逆を言えば僕はそこに辿り着くまで一度も死ななかったことになる。だからあの人に声をかけられたのだろう。
最初の死によって灰になった僕が目を覚ますと、そこには白金の髪の美しい騎士が待ち構えていた。
「馬鹿だな、それでいて愚かだ。あのように死ぬ“カイ“(*不死の心臓をもつものの俗称)は久々にみた」
「うるせぇな気がつかなかったんだよ」
「罠だとは思わなかったのか?」
「思った、けど、罠じゃなかったら私は私を一生許せなくなる」
「ほう」
騎士はローレルと名乗った。曰くどこかの国の騎士だったらしいが、その国は膿に呑まれて化け物の国になってしまったらしい。その国の膿をどうにかするために、この大陸のどこかにある太陽の王冠とその王を探しているのだという。太陽の王、つまり大陸の王を復権させることができれば大陸そのものの病とも言えるこのめちゃくちゃな状態もなんとか持ち直すかもしれない、と。
僕は彼の旅に同行することにした、というよりかは連れて行かれることになった。見込みがある、とのことらしい。これまで信託の神殿から出てきたカイを見守ってきたがどれもこれも使い物にならなかったと言っていた、それがどういった意味だったのかは結局よく分からなかったがなんとなくは理解しているつもりだ。
戦うための術はローレルから教わった。文字も、言葉も、記憶が失われたことで忘れてしまったこの国の歴史も。ローレル自身はあまり多くのことは知らないとは言ったが、僕にとってはかけがえのない師匠であり先生だった。彼は特段特異な力があるわけではなかったが、戦いの流れを読むその目だけは今でも越えられないと思っている。あの人には多くのものが見えていた、僕はその目が気に入っていた。絶えない光で道を示す星のような存在だった。
それでも、あの人にとっては見えすぎていたのだろうか。
ローレルは病に倒れた。病、とは少し違うかもしれない。精神の限界だった。肉体に寿命があるように、精神にも寿命がある。普通は肉体が先に滅びるだろうから滅多に起きないことだが、カイとなった今不死を腐食するのは他でもない精神だった。あまりにも長く戦ってきたせいでローレルは壊れてしまっていたのだろう、カイになったせいで死ぬことも叶わなかった。その想像を絶する苦痛を、僕には知る由もない。
きっと満足してしまったのだと思う。ローレルが完全に壊れたのは、模擬戦で僕が初めてローレルを倒した日の翌日だった。
僕にとっては、初めての使徒との戦いだ。
泣きながら戦った、笑いながら戦った。感情がめちゃくちゃだったな、僕は何よりも強い敵と戦うのが好きだったんだ。ローレルは強かった、きっと誰よりも強かった。戦うのが辛くて、楽しかった。
どうにも僕は特別らしい。その世界に死はないも同然だったが、僕が心臓を叩き潰した相手は二度と蘇ることはなかった。だから、“先生”とはここで別れることとなった。
全てに終止符を打つ、螺旋の死を終わらせる勇者。僕はどうやらそういうものらしいとローレルは死に際に告げた、告げて、好きにやりなさいと言った。
笑った顔は初めて見た。
それから野放しにされた僕の旅は、まああまり誉められたものではなかったと思う。心のままに色んな場所を巡って、時折思い出したように太陽の王冠を探し求めては寄り道をし……そんなところだ。
ある時までは、そんなものだった。
――ある使徒を倒したことによって、僕はひとりの女の子と出会う。
まだ自身の中で受け止めきれていない痛みが、記憶となってもなお奔る。
地肉でできた道だとも、僕とて筋金入りの戦闘狂いだ。進むのはやぶさかではなかったが……ひとつだけ、考えてしまうことがある。
全てをやり切ったとしてだ、その時、僕の終わりを告げてくれる人はやって来るのだろうか。
◆
「何はともあれ出発じゃ! みんな、忘れ物はないか?」
「問題ないのだ!」「大丈夫だよ」「おうっ!」
『ここからはスノーソルトの影響下に入ります、船内で塩害対策をするので装備セットいじる予定の方はそのつもりでいてくださいね』
「はい! ……塩害って何?」「私も分からないのだ、なんなのだ?」
「行けばわかるぜ」「見た方が早いぞい」
「ドン引きすると思うぞ〜、おれたちも気合い入れて操縦頑張るわ。応援よろしく〜!」
「「「はーい!」」」
情報整理と戦いの準備を終え、星屑の勇者一行はホエールフレームに乗り込み快晴の空へと飛び立つ。向かうは大陸の中心部に連なる山脈の一角、その一部は何十年も前から死の山として恐れられている。スノーソルト山、巨大な竜の骸が倒れたその場所に突如出現し、その日から途切れることのない塩の雪を降らせ続ける白の魔王が死してなお治らない厄災の地。
塩の風を防ぐため常に防風の結界によって堰き止められたその場所へは、結界を越えるだけの度胸とそれら最悪の環境に耐えうる船と装備が必要となる。それらを構えてようやく辿り着ける山頂には、魔界への門となる境界の灯台が待っている。
本来多くの冒険を越えてようやく手が届くこの場所に、星屑の勇者たちはそれぞれの経験と想いと覚悟によって最短距離で挑む。
「(横槍は入ったが道ゆきは順調じゃ、だが)」
パスカルは一人彼方の地を睨む。
「(このどうしようもないほどの胸騒ぎはなんだ……?)」
輝きの勇者として決して忘れることができない傷のありかを目前に、快晴の空は冷ややかな風を唄っていた。
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