02-03 そうそう妖精には性別がないので彼と呼んでも彼女と呼んでも正解なんですよ

「わしらなんかしたかのう!!?? 妖精じゃよなこれ!? よいのか!? これ迎撃して本当の良いのか!?」

「わかんない!! 手ごたえがないしたまに実物しなんなんだよもーーーー!!」


 畳みかけてくる混乱と殺気の波をどうにかこうにか捌きながら周囲を見る。いやぁ困ったのう! 全方位から弓で狙われとる上に槍とか剣とかぶんぶん振ってくるのう! しかも相手が真っ黒に変質した妖精のように見えるのが猶更怖い! 切っても煙を切ったように消えるものが大多数じゃが、たまに手ごたえがある相手もおる。何がどうなっているのやら!


「やっぱりこれ馬車を……っていうかさっきのあの子を狙ってきてるよな!? それ以外殴られる理由ないよな!」

「賢者ァ!! まだか賢者ァ!!」

『もうちょっと耐えてくださると助かりますね! 下手に動かせないんですよ! ああもう同時並行で先ほどからこちらの風で話しかけているというのに無反応です!! やだ……私とうとう妖精族からもミュートを……!?』

「妖精族からもって既にミュート経験があるのかの!? そろそろ真面目に己の言動鑑みたらどうじゃ!!」

「バカ言ってる場合じゃないみたいだぞ! 次が来る!!」


 がさがさと駆け抜けていく気配が真っ直ぐにこちらに向かってくる。流石にこの数を相手にしながら大物はきついのじゃが!?

 流石に魔法を出すべきかと思案したあたりで、それが杞憂だったことに気づく。この気配、妖精ではないな。 


「────、」


 めちゃくちゃな環境の中でも聞こえる呼吸の音、霧の中から飛び出してきたのは一人の青年じゃった。被り笠の下に雪のように白い髪を風に纏わせながら、旗をはためかせた槍がきらきらと輝いておる。


「っ新手?」

『いえこれは……』


 青年が槍をくるくると回し、ぬかるんだ地面を叩く。エナが渦巻くと共に急激に寒気が襲う。


「《冷気、ないし理性となれ範囲、変調:幻覚・解除》」

 

 ぶわっっと周囲に冷風が駆け抜けた。霧が吹き飛ばされ一気に視界が広がる、そこにはまだ妖精が武器を構えておったが先ほどの一割程度の数に減っておった。冷気によってぬかるんだ地面が固まり周囲の木々も霜が降りている。湿気と熱でおかしくなっていた頭が急に消えて、それと同時に背筋が寒くなった。

 冷気を用いた寒冷魔法、それも戦技と複合させたもの。随分と珍しいものを使うなぁと思ったがもしやお主なのかえ?

 目線がかちあう、向こうは頷いた。


「援護する。森は逃がす気がないらしい、移動できるか」

『処置が終わりました。行き先をマーキングします、突き進んでください』

「あいわかった! クリス!」

「霧がなくなればこっちのものだ! 一気に突破する!」



 眠りの森の大滝前まで駆け抜けたところでようやく鬱陶しい霧が消える、先行して導いてくれた青年が立ち止まり振り返るとどこか安堵したように息を吐いた。


「ここまでこられれば大丈夫だ、瘴気も風で届かない」

「おぉ助かった、いやぁ危ない所だったわい! 救援感謝するのじゃ”ニコラス”!」

「どういたしまして。……ん? なぜ私の名前を……」


 む? 当ては外してはいないようじゃがかみ合わぬの?

 とそこまで行って思い出した、そうじゃわし小さくなっとるんじゃった! 国の中ならまだしも外には浸透しておらぬわ、させるつもりもないがの。


「そうか流石に分からんか。わし、プルガリオのパスカルじゃよ」

「プルガリオの……王様? あの時の? ぎっくり腰病の薬を届けたあの?」 

「そうじゃ! あの時は世話になったのう! 今はわけあってこの姿じゃがれっきとしたパスカル王じゃよ」


 ふふんっと腰に手を当てて胸を張る。何隠すことではないからの!


「……!?????? な、え、なん?????」

「あぁ、普通そうなるよな。だよな、分かるよ」

『やっと至極まっとうな反応をする方に会えましたね』


 あんまりにもわしが美少年になっておったせいか、ニコラスは随分と驚いた様子ですぐには受け入れられないようじゃった。まぁ分かるぞ、わしもわかる、おひげのおじいちゃんがこうなってたらビックリするじゃろうな。


「ま、まぁ、そうか。わかった、深く考えるのはよそう。自己紹介が遅れたな、私はニコラス。流れの冒険者だ」

「うむうむ! よもや国の外で会うことになるとは思わんかったぞ! あぁこっちも紹介するぞ、こちら今代の勇者クリスくんじゃ! そっちのLEDバードは分かるじゃろ?」

「あっはい、クリスです。さっきはありがとうございました」

『どうもLEDバードです、あなたの心にいつでも居座るクソオタクバード賢者さまですよ。お久しぶりですね、ニコラス殿……いえ、』


 あー賢者がまた怪しい賢者ムーブしておる。


『それともこうお呼びすべきでしょうか、雪月の英雄トルメンタ殿』


 雪月の英雄トルメンタ、そう呼ばれた瞬間ニコラスが表情を強張らせた。その様子にクリスくんが不思議そうな顔をしておるがこれは仕方がない、あまり表にはなっていない話じゃからの。


「……っ、昔の話だ。今は関係ない」

『さようですか』

「賢者ァ~あまり若い子をいじめるのはよくないぞい~」

『あぁすいません、私藪を突きたくなる性分でして! お気になさらず!』


 やむにやまれぬ事情があることを察したのか、クリスくんは首を傾げるだけでそれ以上追究してこようとはしなかった。まぁ、ちょっとこれは込み入った話になるから追々になるかの。

 そうこうしておると魔法馬車の方から物音がした、どうやらあの小さな子が目を覚ましたようじゃ。振り返ると馬車から恐る恐るといった風に外に出てきた一人の妖精? が立っておる。中性的な顔立ちでどっちともつかぬ姿、先ほど見つけた時には黒ずんでいた髪も薄緑色に輝き、随分と元気になったようじゃった。

 

「ここは、どこなのだ? そなたたちは……? わたしは、なぜ……」

「おはよう。身体は痛まないか? きみ、泉の傍で倒れてたんだよ」


 怯えてるようにみえる彼/彼女に気を使ってかクリスが優しい声で答える。すると妖精? はクリスの顔を見ると何か納得がいったのか、それともよほど怖かったのかクリスくんに抱きついた! ヒュー!! 愛いのう!!


「あぁお前なのか、お前なんだな! わたしを助けてくれたのは! 名は? 名は何というのだ?」

「うわっちょっ、え、え、? 僕はクリス、だけどちょっと痛だだだ力つよっ!? さっき死にかけてたよなぁきみ!?」

「おぉ、おぉ、クリスというのだね! 起きたばかりで何が何やらだがその名前はきっと良いものなのだ! あぁ出会えてよかった!!」


 勇者と妖精が戯れておる姿にほっこりしとるわしとその隣で心なしか笑っているように見えるニコラスをよそに、賢者がパタパタと飛んでいく。その挙動におや? と珍しさに首を傾げると賢者は鳥の姿から本来の姿であるローブ姿に変化する。

 すると普段は滅多にしないお辞儀をしながらこう言った。


『おはようございます、セルバ=ラ・レクス様。293年ぶりのお目覚めですね』


 それは、眠りの里に語り継がれるエルフの女王の名だった。

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