02-04 つまり現状どうかってヤバイってことじゃよ!!

「……で、えー、セルバさまがざっと300年ぐらい前に眠りについたエルフの女王ということはまぁ把握したんだけど」

「うむ」

「その女王さまが僕の背中に張り付いて取れないってのはどういう?」

「それはな、賢者のせいじゃよ」


 正直こればかりは弁解しようがないというべきか、大体賢者が悪いというべきか。あの助けた妖精?がセルバ=ラ・レクス……森の戦乙女ことエルフの女王だということには中々驚いたのじゃが、それよりも困ったのが賢者とセルバの関係じゃった。

 賢者がニコニコしながらお辞儀までして挨拶した相手、セルバはなんと賢者の正体に即座に気が付いてクリスくんの背中に隠れてしまったのじゃ。まぁ事情知ってる身からすると”あぁ……”となるもんじゃが、やっぱりこうなると色々面倒になるのも事実でな。


「だってっ、だってだってだって!! そやつはわたしをいじめた怖いやつなのだぞっ!! なんでそんなやつがここにいるのだ!?」

『これには色々訳がありまして~、大丈夫ですよあの時のようなことはもうしませんから~』

「いやぁーーーーーーッッッ!! こっちに来るなーーーーッッッ!!」

「僕を中心にぐるぐる回らないでくれないかなっ!? わーっせめて手を放して目が回るー!!」


 見ての通りセルバが軽くパニックになっておるのう! マントを掴まれたクリスくんも一緒にくるくる、そして音のなる玩具を見つけたようなテンションで賢者もくるくる、クリスくんやセルバはともかく賢者は年考えたほうがよいぞ!!

 慣れてるわしはともかく隣で目の前の光景を見ているニコラスが困った顔をしておる、分かる、分かるぞい。


「そんな気はしていたが、やっぱり賢者さまには前科があったんだな。何をやったんだ」

『話せば長くなりますがざっくり説明するとですねー! セルバ様が293年眠ることになった原因の半分は私ですね!』

「うわ思ったよりも最低だ」

『これでも元魔王ですので』

「えっっっ元魔王っていったっ!? 賢者さんが!? そうなんですかパスカル王!?」

「そうじゃよ~! まぁわしの全盛期の頃から数えても三、四回はボコっとるからの! ええっと……なんじゃったか、わしの頃は”悪知恵の魔王”じゃったかな! 毎度毎度しょうもないことを起こして迷惑をかけまくっておったんじゃ」


 そう今でこそわしの傍でプルガリオ王国の為に働いてくれている賢者じゃが、元々はとんでもない問題児……悪知恵の魔王じゃったのだ。一夜にして国中のお菓子をかっぱらったり、国の大切な湖を荒らしたり、夢の中から出られなくしたり……あぁ、本を通じて異世界のものを勝手に取り寄せてもっと悪いヤツを呼び出したりもしてたのう! ほんとろくなことしとらんの!!


『えへへそれほどでも』

「最後の大星厄一歩手前になりかけた話じゃなかったか? なぜそんな人を雇用して……?」

「いやぁ……わしが飼っておかないと次何するか全然わからんから……、まぁ今はわしがきちんと契約を交わしておるからの! 悪いことはできぬはずじゃよ!」

『もちろんです、悪いことはしてませんよ。なので今回は仲間ですよ、セルバ様。なかよくしましょう』

 

 う~~~~むやっぱり心なしか不安になるが賢者だしのう。


「うぅう~~っ、い、今は仲間なのだな? 変なことしないのだな? 信じていいのだな?」

「大丈夫じゃ! 何かあったら殴ってよいぞ」

「うぐぐ……わ、わかったのだ。おぬしたちを信じるのだ」


 落ち着きを取り戻したセルバに自己紹介を交わす。

 わしたちを信じてくれた様子のセルバは、改めて自身の現状を打ち明けはじめた。


「わたしはセルバ=ラ・レクス、翡翠の森を統べるエルフの女王……だったものだ。……このような状態で歓迎もままならぬ上に異変に巻き込んでしまったことを許してほしいのだ」

「こまいことは気にせずともよい、今は肩書は関係なく旅の友として話そうぞ。のう、セルバ」

「うぅ、助かるのだ。……実はわたし自身もよく分かっていないことの方が多いのだ」


 セルバは話すにもどこから話せばいいのか分からない様子じゃった。現状わしらが遭遇したものだけでも霧に腐った森に様子のおかしい妖精と、どうにも森全体が混乱しておるように感じる。セルバはそれを鋭敏に感じ取っているのか、頭がパンクしそうになっておるのじゃろう。

 

「なら質問形式にしよう、構わないかセルバ様」

「うん、その方がわたしも答えられそうなのだ。それと……様はつけなくともよい、今のわたしに女王を名乗る資格はない……」

「……そうか」

「ニコラス……だったの、どんとこいなのだ!」


 対戦するわけではないからな? と苦笑するニコラスが「じゃあ最初に」質問を投げかける。


「エルフの女王だと聞いたが、その姿は妖精に見える。どういうことだ?」

「この小さき身体は仮のもの、不具合があって妖精の身体に心を写しているのだ」

『心写しですね。エルフの女王にとって統べる森は身体そのもの、そこらの樹木を妖精に変化させて自身の心のコピーを造る。貴女にしかできない芸当でしょう』

「なるほど……つまり今目の前にいるのは本人ではなく分身だと。そして不具合というのは何だ?」

「……本当は300年の予定だったのだ、……うぅ」

「セルバ?」


 セルバの表情が曇ってゆく。声色が震え、セルバはクリスの腕をぎゅっと掴む。クリスくんは戸惑ったようじゃが、それでもすぐに何かを察したのかセルバの好きなようにさせていた。


「わたしの体は再生中で、万全な状態に戻るにはあと七年の眠りが必要だったのだ。だのに強引に起こされて、……襲われて……何が何だか分からないままずっと閉じ込めらていたのだ。……まっくらやみで、寒くて、……思い出すだけで萎れそうになるのだ」


 セルバの本体は幽閉されたまま今も身動きが出来ない状態になっているという。

 森が腐り始めた原因が何となくじゃが理解できた、今ここにいるセルバはあくまでも本人の分身。そして分身であるセルバと本体のセルバは連動しておるわけではないようじゃ、つまり本当のセルバは現在進行形で”寒くてまっくらやみの部屋”に閉じ込められているということになる。


『気が付いておられますね、パスカル』

「うむ。……急いだほうが良いの、最悪フローラインが液状化して消えるやもしれぬ」


 よじの国との境界線が消えるのは正直めちゃくちゃヤバイのう!


「必死になって隙間をやっと見つけて、わたしはわたしを造って外に放り出したのだ。そしてなんとか奴らの追っ手から逃げ回り続けて、……」

「力尽きたところを僕たちが見つけた、ってことか」

「そうなるのだ。……不甲斐ない」

「寝起きを襲われたんだろ、仕方ないよ」

「うん……」


 寝起きで万全ではないこともそうじゃが、セルバはかなり精神的に参っているようじゃ。ところどころで幼子のような口調になってしまっておるし、ずっとクリスから手を離せないようじゃ。大丈夫かのと目線を送れば、クリスは大丈夫だと頷く。うむしばらくクリスくんに任せた方が良さそうじゃ。


『セルバ様、一つ確認を。寝起きでいきなり閉じ込められた、と言っていましたね。周囲の妖精たちはどうしていたのですか、目覚めるまで世話をし続けるのが里の妖精たちの役割でしょう?』


 賢者が質問を投げかける。それは確かにそうじゃ、眠りの里の妖精たちは古の約束からずっと眠り続けているセルバを世話し続けておった。女王が眠っていると言われておる王の寝台へは他の存在が入れるような場所ではなかったし、そこに出入りできるのも里長の許可を得たものや妖精騎士と呼ばれる女王の守り手ぐらいじゃろう。

 里の妖精たちならまだしも、妖精騎士が持ち場を離れるとは思えぬ。


「分からぬ……セルバには何も分からぬのだ。目が覚めて、周りにいたのは黒く薄汚れた妖精たちの姿で。あんなものは見たことがないのだ……っ」


 それはもう応答というよりも悲鳴に近かった。


「濁った眼をしていた、真っ赤な眼をしていた、何も答えてはくれなかったっ。……き、きっとセルバが眠っている間に妖精たちは愛想をつかしてしまったのだ……っ、」


 泣くこともままならないのか、セルバはクリスにしがみついたまま俯いてしまう。しかし、そこにすぐさまフォローに入ったのは意外にもニコラスじゃった。


「それは違う。妖精たちはあなたの帰りをずっと心待ちにしていた、フォスキスもずっとあなたのことばかり話していたぞ」


 フォスキス。その名を聞いたことでセルバが顔を上げる、彼女にとってとても大事な名なのであろう。

 しかしその細かな事情を知らないクリスは首を傾げた。


「ふぉすきす?」

「眠りの里の妖精騎士長じゃ、わしが知るかぎりずっと代替わりせず騎士の長を務めておる」

『妖精にしては生真面目な方なんですよね、翡翠祭りの実行委員長でもあるんですよ。つまりとっても偉い人』

「そう、なんだ」


 クリスがふと顔色を変える。おや?


「彼女はあなたの世話をずっと続けていた。今回の異変も知らせてくれたのは彼女だ。彼らより早く森に入ったというのに、すぐに見つけられずにすまなかった」

「フォスが……そう、だったのか。見つけに来てくれてありがとう、ニコラス」

「まだ本体を助けていない、その言葉はまだ受け取れないな。……そうだろう、勇者クリス。言いたいことがあるように見えるぞ」


 まるで氷の破片が突き刺さるような鋭さでニコラスがクリスを見る。クリスは名指しで呼ばれたことにびっくりしたようじゃが、それ以前にその顔色の悪さが引っかかった。


「どうしたんじゃ?」

「あー、……うん、その、急いだほうがいいよとしか……。多分今僕に話しかけてきてるの、そのフォスキスさんだと思うんだけど」

「なに!? フォスがそこにいるのだなっ、どうしているのだ? 無事なのか?」

「……無事ではあるよ」

「そうか! あぁ、よかった……」

『……、』

「セルバの本体がある場所まで導いてくれるって言ってるんだ、声がいつまで聞こえるか分からないか出来ることなら急ぎたい」

「うむ、そういうことか。なら残りの情報共有は移動しながらにするかの! セルバは大丈夫か?」


 これはどっちともいえぬが、時間がないことは確かなようじゃ。

 

「怯えている場合ではないのだな」


 セルバが深く息を吸う、頑張って恐れを克服しようとしておるのじゃろう。ぱんっとセルバが自分の頬を叩く、だいぶ無理をしておるようじゃがそれをどうこう言う気にはなれんかった。


「この森が腐り始めているのは、森と直結しているわたしの本体が弱っているのが原因に違いないのだ。森さえ戻ればきっと妖精たちも戻ってくれる……。森の異変を正すために、王の寝台で眠っているわたしの本体を助けてほしい。……頼む」

「王がそんなしおらしい顔をするものではないぞ、セルバよ」

「パスカル王……しかし、今回はわたしの、」

「よいよい、王とてすべてを未然に防げるものではないからの! こういう時こそピシッとするのが王の役目よ、ほれしゃんとせい。大丈夫じゃ、わしらがついておる!」

『では私も頑張るとしましょうかね! エルフの女王に恩を売るいいチャンスです、張り切りましょう』

「そなたたち……! ありがとう、本当にありがとう! この出会いに感謝するのだ!」


 すこし元気になったセルバの背を支えながら森を見やる、今回はただの人助けでは収まらぬじゃろうな。

 とにかく目指すはハッカの森の中心部、眠りの里じゃ!





『クリスくん、あまりにも大変なようなら私もお手伝いしますからね』

「……大丈夫だよ、こういうの慣れてるから」

『……、そうでしょうね』

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