01-03 能力値がDEXとSTRに偏ると稀によくこうなる

「……クラムちゃんや、もしやきみはこひなた村の守り手を目指しておったんじゃないか?」

「──うん、そうだよ。おかあさんとおんなじ守り手になりたかったの、だからずっと、伸ばしてたのに……」

 

 あまりにもショックが大きいのだろう、クラムは俯いてしまう。じゃが守り手になりたかったという話を聞くに、その反応は至極まっとうなものじゃった。


「どういうこと?」

『この村、というかマスコットベルト一帯の風習ですね。生まれてから七年の間、髪を切らずに結い続けることで大地の加護を授かる。こどもたちの成長を祈るという意味でもこの一帯ではとても大切にされている伝統なんですよ』


 なるほどなぁとクリスが相槌を打つと、『実はですねぇ』と賢者がさらに続けた。あぁこれ長い奴じゃの。


『面白いことが分かっていましてね、マスコットベルトの麦を育てる娘たちの髪の毛には大地のエナが蓄積しているという報告があるんです。大地のエナの影響下に最も長く滞在するためでしょうね、日々を生きる中で徐々にしかも体に馴染んでいく形でエナが文字通り結われていく。大地の加護を強く得た麦の守り手たちは皆自身の髪の毛に絶対の自信を持っていることからこれは実に効率的な儀式形態だと』

「あぁうん分かった、つまりこの村の人たちは髪の毛にいろんな祈りを託してるんだね。だから、クラムはものすごく悲しんでるし、クラムの髪を切ってしまったエピさんの行動は不可解と」

『そういうことです。いやぁ助かりました、纏めるの苦手なんですよね私』

 

 パスカルは俯くクラムに向き直る、膝をついて目線を合わせる。10才と7才手前の少年少女、その差はささやかでそれでも大きなものじゃろう。


「それでクラムは怒ったんじゃな、確かに急にそんなことをされたら嫌じゃったろう」

「……いやだったし、かなしかった。どうしてそんなことするのって……」


 ショックで閉ざした想いを少しずつ紐解いていく。

 どれだけ今先に進みたくとも放ってはおけない、今はただこの哀しみをどうにか拭ってやりたかった。


「おかあさんね、言ってたの。これはクラムのためなんだよ、ごめんねって。でもいってること全然わかんなくて、それで、私、おかあさんのこと大嫌いって、いっちゃって……そしたら、次の日いなくなっちゃった……」

「後悔してるんじゃな、ひどいことをいってしまったの」

「うん……私、なんであんなひどいこといっちゃんだろうって、ずっと、あやまりたくて。わかんないけど、おかあさんが私のためにっていったのは、嘘じゃないと思うから」


 少女が顔を上げる、大きな瞳は涙で濡れている。けれどもその奥にはまだ星が瞬いていた。

 あぁ、大丈夫だ。この子は自力で立ち上がれる。


「クラムちゃん、一ついいか? ……切られてしまった髪は今どこに?」


 クリスが何かに気が付いたように質問を投げかける。クラムは不思議そうな顔をしたがそれでも必要なことと分かったのじゃろう、先ほどよりもはっきりとした声で質問に答えた。


「お家の小箱の中……、おかあさん大事なものはあの箱に入れてたから」

「そうか……」

「クリスよ、どういうことじゃ?」

「さっきの賢者の話を聞いて思ったんだ、魔物たちは村娘ではなくて髪の長い人間を攫ったんじゃないかなって」

『あぁなるほど、村娘の髪に蓄積された大地のエナを目的にしていた可能性ですか。魔物たちはもとより人間の姿を細かく判別できるほど知能は高くありません、ですが相手の司令塔によって予め髪の長い存在を攫うように命令されていたならこの被害状況にも説明が付きますね』

「だから、先んじてエピはクラムの髪を切ったんじゃないかなって思ったんだけど」

『そうなるとエピ殿は魔物の襲撃を予見していた、ということになりますね』

「うーむ、どのみち不可解じゃが……マスコットベルトの娘が髪を切るなんて一大事、相応の覚悟がなければできぬことじゃよ。戦士が片腕を切り落とすレベルのことじゃよこれ。じゃが、事前に知っておったのなら……」


 やりかねない、とパスカルは思った。


『クラムさん、その小箱の場所は分かりますか? 攫われた村の皆を見つけるためにお借りしたいのです』

「うん、教会に逃げる時に持ってきてるよ。……私の切られた髪、役に立つの?」

『もちろん』

「……分かった! 待ってて、持ってくる!」

「念のため僕もついてくよ、何があるか分からないから」

「よしっ任せたのじゃ! こちらは準備を進めておくでな」


 駆け出していったクラムちゃんを追いかけていくクリスくんを見送り、さてと賢者の方を見る。


「賢者よ、気づいておるか」

『えぇ。クリスくん、中々の勉強家ですね。私が確認するよりも先に触媒の行き先を見たということは、考えていることは同じでしょう』

「クラムちゃんの髪の毛を触媒にしてエピの痕跡を追いかける。少し踏み込んだ死霊術だがあの年ごろの子が知っているものではないな」

『果ての国の関係者か、あるいは……探り、入れておきましょうか?』

「今はいい。いい子だからな、よほどの動きをしない限りは目をつぶろう」

『仰せのままに。ところでパスカル、エンジンかかってきましたね。口調、戻ってますよ』

「おっといけない。ほほ、王様はもっと緩くなくてはな。さてそれはそれとして準備をしようかの、こちらで用意するものは?」

『どうせですし土地の力をお借りしましょう、材料は──……』



 クラムちゃんが持ってきた小箱には、やはり魔力探知を邪魔する魔法がかかっておった。外からは何も変哲もない小箱に見えて、中身は開けるまで分からない。珍しい魔法ではないの。さて、箱を開けてもらうと中には綺麗な麦色の髪の束が丁寧に纏められて保管されておった。そして予想通り、大地のエナが十二分に練り上げられた強力な触媒でもあることが分かったのじゃ。


「村長にお願いして村の広場をお借りしたぞい! 準備はもうしてあるからいつでも大丈夫じゃぞ!」


 そういうわけで教会前広場、地面にがりがりして書いた円陣に賢者の先導で色々仕込みをしておる。村人たちも応援に駆けつけてくれたのか広場の周囲、円陣の外側からそわそわと見守っておる。まぁあまり魔法は発達しとらん国じゃからの我が国、物珍しさでいえばトップクラスじゃろう。


『準備はよろしいですか? クラムさん、クリスくん、パスカル王』

「は、はいっ、だいじょぶですっ」

「いつでも大丈夫だよ。……にしても、大掛かりだね」

「勇者とはいえわしらは内在魔力はそうでもないからの。本来本職がすることをわしらが行うのじゃ、致し方なかろうて」


 やることは単純とはいえ、単純だからこそ準備がかかる。生きてる人間からさらに血縁の気配を追いかけてきちんとした座標を割り出す術式じゃ、細かいことを説明するとそれでこそ大変じゃから割愛するが本職じゃない人間が行うには結構無茶を通すことになるのじゃよ。


『では簡単に手順の説明を、クラムさんには麦の守り手としてのお祈りを行ってもらいます。パスカル王にはその補佐を、そしてクリスくんには導きの輝きを見出すことに集中してもらいます。何か質問はありますか?』

「はいっ質問ですっ、お祈りの内容はどうしたらいいんでしょうか?」

『いい質問ですクラムさん。普段のお祈りとは違った目的になりますから勝手が違うとは思いますが、ここは単純に貴方が見つけに行く人たちのことを想ってください』

「おかあさんと、連れてかれた村の皆のこと……わかった、がんばりますっ」

『ほかに質問は?』

「はーい、わし補佐ってことじゃが具体的にはどんな?」

『一緒に祝詞をのせていただければ結構です、そこにいてください』

「えっわし単なるリソースってコト……!?」

『クリスくんは……問題ないようですね。ではこれから私が言う言葉をそのまま同じように宣言してください、細かな調整はこちらで行いますからご安心を』


 円陣の中心で賢者の青い鳥が羽ばたく。ぐるり、とエナが風のように渦巻いた。

 地面に描かれた文様に光が流し込まれる。どくん、と心臓が脈を打つ。ざわざわと麦畑を撫でる天の手がこちらの頬に触れる。エナが巡る、エナが巡る。目に見えぬ力がこちら側の世界に浮き彫りになる。


『「それは美しい金色の海と黄昏の空に満ちた一夜の一節」』


 唄をなぞる。祝詞を重ねる。

 死者を追いかける魔法を、生きた誰かを見つけ出す魔法に変質する。


『「大地と、風と、水に溶けた祈りの子リィンは爪弾くように言葉を紡いだ」』

『「必ずあなたを見つけだす。だから、どうかあなたが同じ空の下無事でありますように」』

『「リィンの声は彼方まで透き通り、そして、かのものの元へと辿り着いた」』


 エナの渦が凝縮する、風が嘶く。

 その只中でクラムが叫んだ。


「──大地の女神様、お願いします! もう一度村のみんなと、おかあさんに会わせて……!」


 一筋の光が空に弾ける。

 きらきらと光り瞬く魔力と加護の雨の中、クリスが瞳の中に何かを捉えた。


「……東、違う……東南の方角……コカゲの森の古い関門砦! 周りからは見えないように魔法で弄られてるけど……でもそんなに遠くないよ! これならすぐに行ける!」

「よくやった! 探知は成功じゃ!!」

「ほ、ほんと? やった~~~~!」

『素晴らしい成果です! 三人ともよく頑張りました!』


 さぁあとは乗り込んで助けるだけじゃ~~~~!!

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