01-02 わしらは勇者なのでやばそうな話でも首を突っ込むのじゃ、だって勇者一行じゃもん

「ど、どうしたというんじゃこれは────ッッッ!?」


 マスコットベルトの最南に近い農村、こひなた村。かつての知り合いのいる村なのじゃが、日も傾いてきたし今日はここの宿で休もうと足を止めてみたらあら大変村が半壊しておるじゃないの。穏やかな農村ではなく、もうだめな空気のでてる農村になってしもうてる、なぜじゃ……なぜこんなことに……!?


「ひどい、ほとんどの家に穴が空いてる。妖魔の仕業か……?」

『収穫期が目前だというのにこれは何という……あぁ最悪ですね村の厩がやられています、これでは救援要請を出そうにも出せないか。……ふむ、生体反応は教会に集中しているようですね』

「すぐに向かうぞい! 村の者たちが心配じゃ!」


 痛ましいまでの穴、穴、穴、まるで家の中のものを引き摺り出すかのように空いた大穴。魔の瘴気が土に残っておる、間違いない。妖魔の仕業じゃろう。あぁにしてもなんてことじゃ、村々が一番栄えるこの時期に家が破壊されるなど。

 教会の扉を叩く、すると恐る恐るといった風に扉が開かれた。扉を開いた老婆はこちらを見るとすぐ正体に気が付いてくれたらしく、「あぁ、助かった……」と崩れ落ちてしもうた。おぬしまだ力尽きちゃいかんぞ、気持ちは分かるがの。

 教会の中には避難してきたのであろう村人たちが身を寄せ合っていた。ここらで頑丈な建物と言えばこの教会ぐらいしかないのじゃろう、狭苦しいだろうに、早く家に戻りたいじゃろうに。


「パスカル様! それに勇者クリス様まで!」

「む、お主はこの村の村長じゃな。随分と酷い襲撃にあったようじゃが村の者たちに怪我はないかの?」

「は、はい、ここにいるものたちに怪我はありません。ただ……」


 ちらり、と村長が村人たちを見る。


「村娘たちが攫われてしまったんです。こひなたの麦を収穫する大切な家族たちが……わたしの娘も、魔物に……うぅ、」

「なんと娘たちが……!? お主も辛かろうに、よくぞ耐えた。よい、よい、落ち着いてから話すがいい」


 肩を震わせ泣き崩れる村長の背を撫でる、こどもの腕ではあまりにも短くこの手では哀しみを包むにはあまりにも小さい。村民たちのすすり泣く声が教会に響いておる。あぁ、我が国の末端でこのようなことが起きようとは。

 考える。こひなた村がこのようなことになるのはそもそも本当に想定外じゃ。ここにはわしの古い友がおったはず、去年のコンテストにも顔を出していったし不在というわけでもなかろう。

 周囲を見る、彼女らしき姿がない。


「パスカル様……」

「もう大丈夫かの?」

「……はい。申し訳ありません、王様にこのようなことを」

「よいよい、娘が心配な気持ちはよく分かるからの。哀しみを受け止めるのも王として当然のことじゃわい。……さて村長よ、この村に何があったかをこのパスカルに聞かせておくれ」

「はい、王様。実は──」



「エピが攫われた、か……」


 教会の裏にある倉庫を借り三人で話し合いをすることにした。村人たちはわしらが来たことによって少しは緊張が解けたようじゃが、それでも不安が滲み出ておった。村娘たちが無事なのかも分からん、仕方のないことじゃろう。あまり時間はかけてはいられないが、先ほど聞いた話が頭の中にひっかかっておった。


『状況を整理しましょう。先日、こひなたの麦収穫中に魔物が飛来。麦の世話に畑に出ていた村娘たちが攫われました。同時刻こひなた村にも同様の魔物が飛来、住居に穴をあけ住人を引きずり出した後に村娘を連れて逃走。東の方角に去っていった……と』

「村の守り手も作業に参加するために畑に出ていたそうだ、その時に捕まった可能性が高いな」

「うむむむむ……よもやあやつが魔物に後れを取るとはの」

「守り手さんとは知り合い、なんだっけ」


 どこか複雑そうな表情のクリスの問いに答える。


「うむ、大昔にな。魔王討伐の旅で色々あっての、旅が終わってからはこの村でずっと守り手をしておった」


 麦の守り手、大地の祝福を受けた娘エピ。かつての魔王討伐の際、信託の勇者の仲間として大地を駆け抜けたそばかす娘。麦色の美しい髪のおさげが似合わぬ戦場に揺らめいておったのをよく覚えている。ライバルのパーティメンバーとはいえ、行く先々でなんやかんやと協力し合ったのじゃ。そんな彼女は現在はこの生まれ村で娘と共に穏やかな生活をしておると聞いておる。というか聞いた、去年のコンテストでも元気そうにしておったからの。

 それが、だ。


「魔王城に挑んで五体満足で帰ってくるような女が、そこらの魔物に易々捕まるとは思えぬ」

『何かが起きていたのは間違いないでしょう、ただの魔物騒ぎではないのは確かですから』

「やっぱり普通じゃない、よな。状況がおかしい、というか被害の出方がおかしいもんな」


 村の外に広がる麦畑を見やる、今年も美しい金色の内海だ。

 しかし魔物が出たとなればこれはおかしなことだ。


「うむ。やつらめ、よりにもよって村娘だけを狙っておる。畑に異常が出ていないのも、その必要がないからじゃろう」


 魔物が人を襲うにも理由はある。縄張りを荒らされたり、追い出されたり、新たな住処を求めたりして結果的に人を襲う。だがそれ以外にもたくさんの要因は存在する。

 食物だ。やつらとて生物、食する方法は違えど大地のエナを多く含む農産物は間違いなくご馳走だろう。このマスコットベルトではそう珍しい話ではないが、それゆえに各村には麦の守り手が存在する。だが今回の襲撃では麦畑には一切目立った傷がついていない、畑自体のエナも減っていないところを見るに本当に村娘を狙ってきているのだ。

 

「人間を判別して襲う理性がある相手か、それとも命令されていたのか……」

『どちらにせよ厄介なことです。謎なのはなぜ村娘を狙って攫っていったのか、でしょうね。理由がなければここまでのことは起きてはいないはずですから』

「ここで考えていても仕方あるまいが、方角だけでは行先の見当がつかぬのう、ここの東にあるものといえば森しかないからの。あそこは迷い森じゃ、無策で突っ込むわけには……うむむ……エピがおればのう、やつならエナを嗅ぎ分けて追跡もできたろうに」


 かといって本人は攫われている。賢者が代用の術式を組んでいるというが様子を見るにあまり安定したものではないのじゃろう、うむむむ……。

 

「うん……? きみ、どうしたの?」


 ふと、クリスが教会の影の方をみてそう声をかけた。よくよく見てみれば服の裾がちらりと覗いておる。声をかけられて驚いたのか、おっかなびっくりといった様子で少女がこちらに姿を現した。帽子を目深にかぶっておるが、声色で女の子だと分かる。ちょうどクリスくんと同年代のようじゃ。


「あっ、えと。ごめんなさいっ、おかあさんのこと話してたから、気になって、あの、」

「そうなんだったんだ。大丈夫、怒ったりしないから落ち着いて。きみ、お名前は?」

「クラム……」

「クラムか、かわいい名前だね。ぼくはクリス、小さな勇者で頼りないかもだけど、よろしくね」


 うむうむ流石同年代、打ち解けるのが早くて微笑ましい。


『おかあさんのこと、と言っていましたがもしかしてお嬢さん、あなたはエピ殿の』

「鳥が喋った……!」

『妖精さんです、どうも』

「ど、どうも。えっと、そうだよ。エピおかあさん、麦の守り手なの。でもいなくなっちゃった……」


 クラムはそういうと服の裾を掴みふるふると震えだす。ぽろぽろと飴玉のような涙が、帽子の下からこぼれていくのが見えた。


「私、おかあさんに酷いこと言っちゃった……っ。そしたらおかあさんが、村の皆も、怖い鳥に連れてかれて、っ、私、あやまりたくて、でもどうしたらいいのか分かんなくて……っ」

「そっか、……僕たちでよければ話してごらん、仲直りの方法を一緒に考えよう」

「う゛ん……っ」


 涙を拭って、クラムが帽子を取った。ぷくぷくの頬が赤くまだ幼いことがよく分かる。こういってはなんじゃがクリスくんよりも遥かに年相応の顔をしておった。しかし目を引いたのは彼女のまるで男の子のように短い麦色の髪、それでもあのエピの名残があるもののこの村の住人としては違和感があった。


「変、でしょ。ずっと髪を伸ばしてたのに、切られちゃったの」

「切られた……って、誰に?」

「おかあさんに」

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