第26話
目を開けたら、そこは知らない場所だった。知らないベッド、知らない部屋、あげく寝巻きになってるし?
はいはい、確かに拐われましたよ!そうですね‼︎
お父様の事は心配だけど、城には優秀な回復術士がいる。大丈夫だと信じよう。ポジティブに考えないと思考が鈍り、行動に移せなくなる。いつだって前向きに進む!それが前世の頃からの私の生き様だ!
柔らかなベッドから出て、部屋を見る。
ムカつく、好みの部屋だ。
全体的に濃いめの青を基調としたカーペットやカーテン。濃い焦茶の木材を使用した家具。青は人を冷静にさせる。木材の家具は、心を落ち着かせる。私が前世から好む物だ。
だがこの部屋に窓はない。片開き扉が一つあるだけ。つまり逃げ道はそこだけ。念のためにドアノブに手を掛ける。開かない。鍵を外から掛けるタイプか……。
まさかの監禁ルート。私が⁉︎そこはアダルベルト王太子の役目でしょ‼︎と、突っ込んでも、答えてくれる咲夜はいない。
ため息をつきながらソファに座る。沈み込む様なソファに全身を投げ出し、魔法を展開しようとするができない。
やっぱりね、と独りごちる。
腕にはルビーが輝く青銅色のブレスレット。これで魔法は封じられた。このデザインに覚えがある。ゲームでアダルベルト王太子の魔力を封じた物。まさか私が見ることになるとは……。
扉がノックされたので起き上がる。寝巻きであろうと関係ない。私は堂々としていれば良い!
「おはようございます。エヴァンジェリーナ様」
入ってきたのはメイド服のラウラ。随分と丁寧なお辞儀をする。
「メイド服が良くお似合いね?でも本当に似合うのは、囚人服ではないかしら?」
「お元気そうで何よりでございます。我が主がお持ちです。お着替えを致しましょう」
「寝起きで頭が重いわ。体も怠い。もう少し寝るわ」
「十分に回復しておられるはずです。我が主の回復魔法は、素晴らしいですから」
主人とやらに随分陶酔している様だわ。目がイッてる。どうやら選択肢はないらしい。
「さぁ、お着替えを」
ラウラの言葉に、私はため息で答えた。
◇◇◇
青の様な緑の様な不思議な色のドレスだ。体に張り付く様に作られたドレス。サイズはオーダーメイドで作られた様にちょうど良い。どこで私のサイズを知ったのか……。想像すると気持ち悪くて吐きそうになる。
胸の部分は大きく開いていて、私の大きな胸を更に強調する。脚にも大胆なスリットが入っていて私の美脚を顕にする。随分と男の視線を集めるドレスだ。つまり色っぽい。色っぽすぎる!
ムカツくのはこのデザインを、私が嫌いじゃない事だ。今世の私は抜群にスタイルが良い。それは自分で見ても、惚れ惚れするくらいだ。
だったら見せつけなきゃダメでしょう⁉︎ そう思うからいつも私は大胆なドレスを着ていた。でも流石にここまでのドレスを着ると父が顔を歪める。父の気持ちも分かる。手塩にかけた一人娘が男を誘う様なドレスを着るのだ。それは私が親でも嫌だろうと思うから、わたし的には我慢していた。でも本当はここまで大胆でも良いと思っていた。
だから鏡に写る自分を見てついついニヤけてしまう。この大胆なドレスを着こなせるとは!異世界転生、悪役令嬢大歓迎だ!私はやはり美しい‼︎
鏡に写る私の胸元には血の様に赤い、ピジョン・ブラッドのルビー。
そう言えば、クローゼットの中のドレスは、デザインは違えど、色は全て同じだった。赤と、青銅色。
その理由は、この城の主人に対面した際に分かった。
◇◇◇
主人に対面しろ、と言うからには、私が出向くのだろうと思っていた。ついでに建物の構造を探ろうと思っていたら、主人の方が私の部屋に来た。どうやらこの部屋から出す気はないらしい。
主人とやらを観察する。
私のドレスと同じ髪色。ネックレスと同じ血の様な赤い瞳。息を呑む程に美しい男だ。
長い髪を横に束ね前に落としている。その衣装は黒い騎士服だ。炎のように赤いマントを翻し、その男は美しく笑う。
酷薄さを語る赤い瞳。すっと伸びた鼻の下には、薄い柔らかそうな唇。少し濡れた唇に長い指が添えられ、なんとも言えない感覚に囚われる。
「アダルベルト王太子より、僕の顔の方が好みですか?とても凝視されている」
右手を胸に当て、もう片方の手で私の左頬を触る。
「お求めでしたら、口付けでも、もちろんその先も」
そう言って笑みを浮かべる男の目は、笑っていない!
「不敬ですわよ?わたくしの身も心もアダルベルト王太子様のもの。彼以外に捧げるつもりはありません」
睨みつけながら話す。怯えていると思われてはいけない。下がってはいけない。私は負けない!
「しかし、貴方がわたくしをお求めになるのは勝手。そして純潔を守るために自害するのもわたくしの勝手」
「あの様な男に貴女が純潔を捧げる必要はないですよ。僕に負けた軟弱な男です。敗者は勝者に獲物を捧げなければいけない。貴女は差し出された獲物です」
「わたくしを攫って置いて、素晴らしい言い訳をおっしゃるのね?」
「そう……そうまでしても、貴女が欲しかったから」
私の頬に当てていた男の手が、髪を撫で始めた。手は髪から首に移り、顎へと到着する。
私は目を逸らさず睨みつける。
負けるな!私‼︎ ここで目を逸らしたり、反応したら負けだ!男の告げる情報に惑わされるな!咲夜は生きてる!麗も生きてる!と思い込め!ここが勝負所だ‼︎
「存外にしぶとい。魔法を封じられていても、魅了の魔法にかからないとは意志がお強い」
男が微笑みながら、手を離す。
魅了の魔法⁉︎危ない!通りで変な妄想ばかりすると思った‼︎
「わたくしの心はアダル様の物ですから」
「その惚気は聞きたくないね」
やっと観念したのか、男は私をソファへと誘った。当たり前の様に横に座る男に苛立つが、そのままに座る事にした。逃げたら負けだ。
ラウラが紅茶を運んできて、一礼して去る。待って、二人にしないで。残りなさいよ!本当に役に立たない女ね‼︎
「 改めて名乗ろう。セヴェーロ・ヴェリタ・デルヴェッキだ。今は魔王を名乗っている。ヴェリタ王国へようこそ。エヴァンジェリーナ嬢」
そう言うと私の手にキスをした。魅了の魔法がまだ効いているのかドキッとした。おかしい。前世じゃともかく、今世では何度も受けているのに。
でも魔法ではないかも、とも思った。何故ならこの男の顔はバッチリ好みだ。妖艶な魅力、酷薄そうな笑み。
サラサラしたストレートの髪を横に束ねてるのもポイントが高い。長い指も加点対象だ!足も長い。更にプラスだ!細く見える割に意外と筋肉質な、脱ぐとすごいんです系細マッチョだと更に加点!腹筋が割れてると大幅増‼︎
低く響くエロい声もやばい。なのに一人称は『僕』って!加点が凄すぎて、100点をオーバーしちゃうじゃないか‼︎
「挨拶を受けて頂けないと言う事は、よほど僕の事を嫌いらしい」
そう言って、私の髪を取り、
「とても寂しいね。貴女は僕の心を乱す」
その髪に口付けって‼︎
やめて‼︎ 好みの顔、口調、Sっぽくありながら、私にはMも見せるって‼︎ トキメいちゃうじゃないか‼︎
落ち着け!私!思い出せ‼︎ 前世50歳!今世18歳!併せて68歳、還暦も過ぎた婆がトキメくな‼︎ 雅也さんの顔を思い出せ!私は雅也さん一筋!雅也さん‼︎
うん、落ち着いた!たぶん‼︎
「ヴェリタ王国など聞いた事はありません。そう思っていただけです」
そう言って髪を払う流れで、男の手から髪を奪う。その髪の無くなった手を見る男。ざまぁみろ!そしてその寂しげな表情やめて!私も私だ!トキメクな!還暦過ぎてんだぞ!
「名乗りを受けましたので、改めて返しましょう。エヴァンジェリーナ・サヴィーニでございます。サヴィーニ公爵家の長女で、アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ王太子の婚約者でございます」
立ち上がり、この極端に胸の開いたドレスを抑えるために右手を胸に、左手でドレスの裾を摘もうと思ったけど、大胆なスリットが入ってたので、お辞儀をするだけにした。ヤバい、ヤバい。気をつけないと!
そして顔をあげ、背筋を伸ばし、座る彼を上からわざと見下げる。
「セヴェーロ・ヴェリタ・デルヴェッキ国王様。お初にお目にかかりますわ。王族の誘拐は高く付きますわよ?」
「君はまだ、王族ではないはずだ」
まなじりが歪み、不愉快極まりない表情をする。驚いた。こんな顔もするのね。
「そのつもりですわ。わたくしも皆も。わたくしはアダルベルト王太子様の物ですから」
身も心も、とわざと強調して続ける。
「君は、フォルトゥーナ王国の重鎮達の企みを知っているかな?君の父上が中心だ。王も知らない」
話を変えるかのようにセヴェーロが言った質問に表情が歪む。
なんだろう、知らない。その前に我が国の情報が漏れている事実に驚愕する。いや、この男の嘘かも知れない。
「君の組織も知らない事だ。確か組織名は、エントラッセンだったね。中々に大きい組織だ」
父も知らない事を平気で言う。
彼に手を取られ、そっと引かれながら、ソファにかける。鋭い赤い瞳に射抜かれるようだ。頭がふわふわして答えられない。
「知らない様だね。それはそうだ。君は疑問に思わなかったのかい?アダルベルト王太子は唯一の後継者だ。彼が死んだら、誰がフォルトゥーナ王国を継ぐ?金の瞳を持つ者は他にいないのに。それなのに、君の父上の一派は出征するのを止めない。君の父上の派閥は大きい。その影響力は計り知れない。今やアダルベルト王太子が出征するのを止めるものは、少なくなってきている」
「それは、アダルベルト王太子の意思を尊重してるからですわ。彼が負けるとは思っていないからです」
そう言いつつも、疑問が生じる。なぜならこの世界は現実だから。私はずる賢い大人だから。
「それが君の本心だとは思っていないよ。君はアダルベルトより大人だ。残念ながら」
つまり答えは1つだ。分かっている。
「お父様はわたくしに、アダルベルト様の子を?」
「その通り。妊娠は魔法でできる。君が世間に発表したね?君が組織で売ってる媚薬の効果は抜群だ。世話になってる貴族も多い」
「アダル様は状態異常にならないわ」
「なるさ。ヴィアラッテアがなければ。自ら暴露したアダルベルト王太子は愚かだね」
「――――!」
「時期を見計らい君達が二人きりの時に、薬を盛れば終わりだ。アダルベルト王太子が死んでも後継者は君の腹にいる」
男が指差す先に目をやる。私のお腹。もしかしたら合ったかも知れない未来。
「だが君の父上もそして、王達ですら知らない事実がある。アダルベルトは本能で知っていた。だからラウラを選ぼうとした。エヴァンジェリーナより、魔力量が大きい女を」
「どう言う意味?」
もう何が真実か分からない。咲夜を助けようとしたのに、追い込んでるだけ……。
「アダルベルトの母親は、彼を産む時に赤ん坊の魔力に耐えきれず死ぬ所だった。助かったのは、前王と魔法師団の加護と、奇跡。そして生き残った代わりに次の子は望めなくなった」
「そんな話、知らない」
「クリスタルドームに行ったね?前王がアダルベルトの母親に送った物。あれは完全に守る事ができなかった謝罪を込めた、前王からのプレゼントだ」
「アダルベルト様の出産の祝いって‼︎」
「それにしては大袈裟だ。王太子妃でありながら、子供を一人しか持てないなんて、離婚の原因としては十分だ。あのクリスタルドームは手切金代わりでもあったのだよ。前王から王太子妃にあてた・ね」
「嘘だわ、お二人は離婚していらっしゃらないもの!」
「前王の企みを知った現王が、クリスタルドームを中庭に移したのさ。本当は実家に建る予定だったのだよ。あのクリスタルドームは。大人の汚さを君は知っているんだろう、エヴァンジェリーナ」
確かに心の片隅でおかしいとは思ってた。現王には父を含め、兄弟が4人いる。しかし金眼は現王しかいなかった。今までの歴代王の系譜を見ると、兄弟は最低でも4人だ。フォルトゥーナは出生率は多い方ではない。一組の夫婦に対しての子供の数は多くて2人。何故、王族だけが!
……それは後継者を残すため。金眼の。
「……話が逸れたね。アダルベルトがラウラを選ぼうとした理由を、身をもって知ってもらおう。君は実体験しないと信じない」
「え?…………」
顔を上げたのも束の間。男に強引に口付けされる。侵入して来た舌を思いっきり噛んでやった。男が離れる。口の中に血の味が広がる。気持ち悪い。
「ある意味丁度良いが、苦しむよ?」
血を拭いながら、男が愉悦に満ちた笑を漏らす。
「なにを――――!!」
突然に体から力が抜ける。小刻みに体が震え始める。息ができない‼︎
「アダルベルトを始め、聖剣に選ばれた者の魔力は大きい。そして魔力は体液にも宿る。大きすぎる魔力は相手の体を蝕む。今の君の様に」
心の臓が潰れる様な感覚。胃が逆流する。呼吸が足りなくて肺が酸素を欲する。
「君の魔力は封じているが、それは外だけ。内では回復魔法は発動しているよ?でも足りない」
男の手に魔法陣が展開し私を癒す。酷薄な見た目と違い繊細な優しい魔法に癒される。
「苦し.……喉が、」
ぜいぜいと息をする私に彼は水を差し出した。構わず一気に水を飲み干す。
「分かったかな?相手が相応の魔力を持たねば死んでしまう。君では役不足だ。無意識のうちにアダルベルトは気付いてた。だからより魔力の強いラウラを選んだ。今はコスタンツァか。子孫を残す事に貪欲だね。彼は」
違うとも言い切れなくなってきてる。思い出す。アダルベルトは、良き王になる事のみを目標に生きていた。
でも、今のアダルベルトは咲夜だ。だから違う!
「つまりわたくしの命の恩人と言いたい訳ね。ありがとう、とでも言って欲しいの?セヴェーロ・ヴェリタ・デルヴェッキオ国王様‼︎」
「中々に気が強い。あの苦痛を味わった直後に嫌味を言えるとは」
嫌な男だ!からかう様に笑う!
泣くな!エヴァンジェリーナ‼︎
新たな事実がなんであろうとも、私は咲夜の母!雅也さんの妻だ!
「今日はここまでにしよう。落ち着くには時間が必要だ」
男が部屋を出たのを見て、泣き崩れる。唇をこすりながら…………。
死の恐怖に怯える。体の震えが止まらない。それほどの苦痛だった。少しの唾液と血液。これだけで死にそうになるなんて!なんて世界なの‼︎
冷静になるために思考を巡らす。気持ちを切り替えなければ、耐えられない。
「そうか……ゲームにヒントは落ちていたわね」
ひとりごちる。ヒロインが義弟を選んだとき、エヴァンジェリーナとアダルベルトは結婚する。結婚後夫婦の営みがないと、義弟に相談する…………。
「キスだけでこれでしょ。耐えられないわ。確かにね」
自然と笑いがこぼれる。
「そして、アスが魔法を使えない理由は……」
おそらく、お腹にいる時にもう一人の存在に気付いて自ら魔力を封じたのだろう。妹を守るために。母を守るために。
「皮肉ね。守ろうとした者に殺されそうになるなんて……」
ため息混じりに立ち上がる。
思考を止めてはいけない。ネガティブになると停滞する。だからポジティブな事を考える。
「次の手を考えましょう。きっと迎えに来てくれるわ。咲夜が」
だから寝よう。逃亡に必要なのは体力だから。
また、死ぬのは怖いから……。嫌だから。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「王、首尾は?」
エヴァンジェリーナの部屋を出た僕に、ラウラが駆け寄ってきた
「そうだね。鍵は解いた。だが思ったより良くないな」
「そうですか」
落ち込むラウラを見る。一生懸命頑張ってくれている。僕のために。
「君のせいじゃない。彼女が頑固なんだ」
ふと笑いが漏れる。
彼女は頑張って隠しているようだが、感情が全て顔に出ている。相変わらずだ。
ただ少し驚いた。キスだけであんな事になるとは思わなかった。恐ろしい力だ。
まだまだ時間がかかりそうだ。
「あとは、君次第だよ」
応援しているよ。咲夜。
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