第25話
「燈子さん!!」
ゆっくり倒れる燈子さんを見る。大切な人を失ってしまうかも知れない恐怖に体が震える。
崩れ落ちる燈子さんを受け止め、女が笑う。許さない‼︎
体の奥深くにある何かを感じる。
私は愛する者の為なら、家族を守る為なら、なんでもできる。可能にする。その力を持っている!
そう、知っていた。知っていたのに使っていなかった。
魔法は知ってる。習った。使えないだけ。使わなかっただけ!
剣への魔力の込め方も、体へ魔力を行き渡らせる方法も私は本能で知っている!
それが分かれば、ペンダントになっているウルティモを剣にすることなど簡単だ!
身体の奥の奥にあるモノ。それは私が自分で閉じたモノ。今使わなくていつ使うのか!
おへそが熱くなる。お腹にある力が体を巡る。なんて簡単なこと……。こんな簡単なことがなぜできなかったのか!こんな万能な力が、私にあることになぜ気づかなかったのか‼︎
「ウルティモ‼︎」
力の限り叫ぶ。今のウルティモはペンダントだ。だけど本体は剣だ。私は知っている、分かってる!
ペンダントヘッドのウルティモを手のひらで包み、魔力を送る。すると私にちょうど良いサイズになる。その柄を握ると更に効率の良い使い方が分かる。自分に何ができるか、自分が何をすべきか!
[コス様!ダメです‼︎]
ウルティモの声は、聞こえない。聞かない!
「ふざけてるわ……。なんなのあんた‼︎」
女の叫ぶ声も、聞こえない。私は目の前の敵を倒すだけ。
魔法は想像する力。私はできる。この力は素晴らしい!
想像すると、眼前に広がる無数の数の水の鞭。TVで見た。鋭い水は鉄をも切れる……ちぎれてしまえ!
女の張る結界を突き破る。そんなシャボン玉の様な弱い結界で何が守れるというのか!頭を貫いてやる!避けられた。では代わりに腕をいただく!
「きゃあ――――――!!!」
うるさい悲鳴だ、次は息の根を止めてやる。この力がある私にできないことはない!
(女の近くに倒れいているモノ達が邪魔だ。一緒に殺そう)
(でも、さっき助けようとしていた。だから敵じゃないヨ)
(エヴァのために、助ケなきゃいケないヨ……)
「……タ・スケル?」
そこで気付いた。巨大な力に翻弄される自分がいる。私の意識が呑まれそうなる。呑まれていく。人など簡単に殺せると、殺してしまえと、獣の様な意志が私を飲み込む。
それではダメだと首を振る。
そう…あれはエヴァのお父さん!助けなきゃ、いけない!助けるには、回復させなければいけない。回復魔法で回復させ、そのまま力を送り廊下に送り出す。
これでラウラと私とエヴァだけ!ラウラの片手は切ったけど、そこから血は出てない。回復魔法を使っているみたい。
しかも悔しい事に、こんな状態でもエヴァを離そうとしない。
「エヴァを返して!返してくれれば見逃してあげる」
私の方が絶対に強い。だからエヴァを返して逃げて!頭の中の凶悪な意識に飲み込まれそう!血が見たくて心が疼く!
「あんたみたいなのと相手をしてる暇はないわ」
ラウラが魔法陣を展開する。空間に切れ目が入る。逃がさない‼︎
「付いて来てんじゃないわよ‼︎」
[無茶です!おやめください]
もうウルティモの声も届かない。私はラウラが作った空間の切れ目に飛び込む。
せっかく逃してあげようと思ったのニ。そんなに死にタいのか……。だったら逃がサない。……コロシテヤル。
ワタシのエモのダ‼︎
◇◇◇
剣と剣が重なり合う音が上空に響き渡る。
「いい反応だ。謝罪しよう。思ったより経験はあるようだ。井の中の蛙であることは、撤回しないけどね」
「それは、ありがとうと言うべきかな?」
腕に力を入れて、上から重圧を与える剣を振り払う。セヴェーロはその勢いのまま後ろへ飛ぶ。
王都に追加で張った結界は氷柱を防ぎ切ったようだ。
あとはこの男を排除するだけ。
「セヴェーロ、貴方は随分と卑劣な戦い方を好むのだな。貴方は私を井の中の蛙というが、人質ばかり攻撃して私と一騎打ちできない貴様は、腑抜けのようだな」
「安い挑発だ。だが、乗ってあげよう」
空を飛ぶセヴェーロが中段から真一文字に剣を払う。俺は向かい来る剣より生じた衝撃波を、上に弾き飛ばす。と同時に迫ってくるセヴェーロの上段からの剣を、下から受け止める。セヴェーロの背後に無数のかまいたちが生じる。俺の背後には鋭い光を放つ氷の塊を作る。同時に放った魔法は相殺された。その間にも剣での攻防は続く。
(ヴィアラッテアが俺を回復してくれている。時間を稼げば俺の勝ちだ)
「やはり剣の腕は大したものだ。魔法も淀みなく使えるようだね。繰り出す種類も多い」
「お褒めに預かり光栄だな。貴様もなかなかのものだ」
攻防を繰り返しながら徐々に場所を移していく。うまく誘導できたようだ。人気のない荒野まで来れた。でもそれだけだ。
何合打ち合ったか分からない剣での攻防、魔法の相殺。致命的な傷はないものの、裂傷は負う。だが対するセヴェーロは傷一つない。余裕の笑みも変わらない。自分との力量の差に歯噛みする。
こんな自分が最強だと思っていたなんて!思い上がりも甚だしい‼︎
セヴェーロが地面に降り立つ。俺も地面に足をつける。と同時にセヴェーロに迫り、切りかかる。時間を開けてはダメだ。次々に攻撃を繰り出さなければ負けてしまう!
剣を打ち合わせる!左右上下と攻めていくが、やつの余裕の笑みは崩れない!
なぜ息切れもせずに、笑みを湛えたまま戦い続ける事ができるのか!俺は魔力もかなり削られている!体力もだ!ヴィアラッテアが回復していれているのに!
焦りは混乱を呼び、無駄に体力を削り、憔悴していく。ヴィアラッテアの声の聞こえない……。
「焦っているね。やはり経験不足だね」
更にセヴェーロの上から目線の言葉に苛立ちを感じる。自分で自分が押さえられない!まるで子供ようだ。王太子教育では何があっても冷静でいろと教わった。
だけど、この状況で!この心境で!いったいどうすれば冷静でいられるのか!
剣を一旦引き、後ろに飛び、息を整える。
焦るなと言い聞かせる。自分には帰りを待つ人達がいる。そう――例えば撤退も戦略の一つだ。
「遅まきながら気づいたのかな?そう……君は逃げる事もできた。だが逃げなかった、初めて自分と戦う事ができる相手と戦うのは楽しかったかい?」
やはり全てを分かっているかのように憫笑する。
その思いがないとは言えない。全力で戦える相手……そんな相手は今までいなかった。
「さあ?もう貴様に興味が失せただけかも知れないぞ?」
どんな時でも強気である事は大事だ。自分の心の内が読まれている事を気付かれては、いけない。冷静になれと、ヴィアラッテアの柄をぎゅっと握りしめる。ヴィアラッテアが応えてくれるように温かくなる。
「そうか……でも残念だね。時間だ」
セヴェーロから笑みが消える。冷酷な赤い目が光る。
咄嗟に身構える。
(何かくる!)
上空に雷鳴が轟き、黒い稲妻が落ちる。防ごうと張った障壁が稲妻に吸収されるように消える。
(そんな、馬鹿な‼︎)
そして、稲妻は無数の剣となり俺の体に降り注ぐ。激痛が身体に走り、体内まで焼ける。その余りにもの痛みで、声を上げることしかできない‼︎
「まだまだ、だな」
セヴェーロが呟いた言葉は、俺には届かなかった。
◇◇◇◇◇◇
不思議な空間を抜けて出たのは、何もない荒野だった。
「あんたバカじゃないの⁉︎私が作った異空間に侵入してくるなんて、自殺でもしたいわ⁉︎」
(うルさイ女だ)
切ってやった腕は、トカゲの尻尾のように生えてきた。やはり首を切らないと。
「こっちには人質がいるのよ!エヴァンジェリーナが死んでも良いわけ!?」
うるさい女が女を差し出す。
(そレはだれダ。知らナい。モう分かラなイ)
無性にイライラしている。更に気分も悪い。こいつらを殺せば、この気持ちも収まるのか?
「やれやれ、まるで狂戦士だ。良くないな。可愛い顔が台無しだ」
空間が裂け、人を抱き抱えた男が出てきた。
(あア、きっとこいツも敵だ。私のいけニエが増えた)
手に持つ剣が何か叫んでいる。だがその声も聞こえない。聞きたくない。私は目の前の敵を、獲物を殺すだケ……。
「王!エヴァンジェリーナはここに!」
「ああ、頑張ったね。ラウラ。あとは私に任せるといい。さて、コスタンツァ。君の実力も見せてもらえるかな?」
ムカつく男だ。まるで全てを分かっているかのように笑う。青か碧か分からない髪の色。その目の様な赤い血が見たい。美しい男から流れる血は、きっと私を癒してくれる!
だから、見せてやろう!私の力を‼︎代わりに貴様の血を見せろ!
「これは、アダルベルト王太子よりすごいな」
男が余裕の笑みを漏らす。その笑みを崩してやる!
樹木を操る。この地の木々は枯れ果てているが、関係ない。魔力を与えて増やせば良い。木々よ。天まで届くよう大きくなれ!眼前の敵を刺し殺せ!
木々が、男を突き刺す様に枝葉を伸ばす。男は、軽々避ける。上に、下に、左右に。
拉致があかない!
では、この辺一帯を焼き払おう。この地で一番温度の高い物を、呼び出そう。地中から、上がって来い‼︎
地中に魔力を送り、その奥の奥にあるモノを検知する。見つけた……。これがこの世界で一番温度の高いモノ。この男を、この一帯を焼き尽くすモノ!私の呼びかけに応じて、来るがいい!
灼熱のマグマよ‼︎
大地が悲鳴をあげるように揺れ、地面に亀裂が入っていく。その様子に笑むが漏れる。
そして徐々に目的のモノがやって来る。
「死ね!!」
なんて全能な力だ!私は笑う。全てを滅ぼせる力を奴らに向ける‼︎
「心臓が悲鳴を上げているよ。君はやりすぎだ」
突然、背中に響く声に目を見張る。と同時に首元に軽いしびれを感じる。
「あ…………」
息ができない。体を折り畳み、息を吸いたいのに吸えない。金魚のようにパクパク口を開けるだけ。筋肉が断裂するような痛みに体中が震える。
(このまま私は死んじゃうの?)
涙が出る。ワタシは、私は何をしていたの?潤んだ先に見える地面の隆起は止まってる。その先に抱えられている女の人が見えた。
ああ、私は本当に何をするつもりだったの⁉︎
「魔力の逆流だ。魔法を無理やり使った反動だよ」
黒尽くめの男の人が何か言ってる。視線がぼやけてくる。もう声も出ない。
「……仕方ないな」
男の人の手が光ると同時に淡い光が私を包む。温かい……。
「あ、ありがとう、ございます」
温かい光に癒されて、私は回復した。私はおかしくなっていた。それを止めてくれたのはこの人だ。
「お礼を言われる筋合いはないな。君と僕は今は敵だ。設定上はね。起き上がれるかい?」
長い髪をかきあげながら、男の人が手を差し伸べてくれた。差し出された手を借りながら立ち上がり、その顔を見る。息を呑むような綺麗な男の人だ。その顔に見覚えがある。
「君を回復させたのは他でもない証人になってもらう為だ」
「…………証人?」
振り返り男の人の向かう先に人が3人。ラウラとエヴァ……そのうち1人は倒れている。倒れている人の髪色には見覚えがある。
「咲夜君‼︎ 燈子さん‼︎」
走って男の人を追い越し、倒れている咲夜君に抱きつく。なんてひどい怪我!でも生きてる。その証拠に息をしてる。
燈子さんは、その横にいる女の子に抱かれてる。そうだった!燈子さんをこの人が拐ったんだ!狂気の様な力に犯されて、何もかもが分からなくなっていた‼︎
男の人を睨む。
「咲夜君をこんな風にしたのは、あなたですか?ひどい!なんの恨みがあるの!」
次にラウラを睨む。
「燈子さんを返して‼︎」
「攻撃したり、お礼を言ったり、睨んだり、君は忙しいね。でもいいね。君は嫌いじゃない」
男の人が咲夜君に触ろうとする。奪われないように強く抱きしめる。
「近づかないで‼︎」
「良く見ることだ。彼の傷は徐々に癒えているだろう。ヴィアラッテアは優秀だ。事、回復能力に関しては僕のスピラーレも勝てない」
「え…………」
咲夜君を見る。傷口付近に淡い光が生じ、徐々に傷を癒している。よかった。
(神様、ありがとうございます)
「雷で内蔵まで焼いたから、回復には時間がかかるが問題ない。明日には動けるだろう。アダルベルト王太子は思ったよりタフだ」
男の人は血のように赤い目で足元のアダルベルを睨み、口元に酷薄な笑みを浮かべ、続けざまに言葉を紡ぐ。
「今はその時ではないからね。回復はしてあげないよ」
「あの、エヴァンジェリーナ様は……」
勇気を持って話しかける。
男の人はラウラが抱いていた燈子さんを受け取り、横抱きにした。愛おしそうに見ている。そして私を見据える。
「君を回復させたのは何の為と言ったか、覚えているかい?」
「証人に……って」
「そう、証人にするためだよ。エヴァンジェリーナ嬢は僕がもらっていく。アダルベルト王太子に勝利した戦利品を言うわけだ。分かったかな?」
「そんな――だって」
「エヴァンジェリーナ嬢を頂けないのなら、この国を滅ぼしてしまうよ?良いのかな?」
「そんな、待って。私……」
「そうだね。君は決められない。権利も力もないね。かわいそうにね」
男の人が悪魔の様に笑う。紅い瞳が惑わすように光る。少し濡れた薄い唇に目が行く。サラサラと流れる様に揺れる髪を、乱したい様な情念にかられる。
「どうする?僕と一緒に来るかい?君の事は気に入ってるから、エヴァンジェリーナ嬢と一緒に拐ってあげるよ?ここにいたら、君は責任を取らされるかも知れないよ?それはかわいそうだ」
心臓の音がやけに大きく響く。頭の感覚が鉛が溶けるように鈍くなる。この人に全てを委ねることができたら、どんなに幸せだろうか。
「おいで。さぁ。僕のもとへ」
差し出された手を取れば、幸せになれるだろうか……。
彼の手をつかもうと右手をあげようとする。右手には…………。
「……嫌です。私は彼と一緒にいます」
咲夜くんを抱く手を強める。私はこの手を離さない。
「……いい子だ」
残酷そうな笑みが消え、少し嬉しそうな顔をする。
(どうして?)
「僕の魅了の魔法を最後に振り切ったね。とても残念だ。君も欲しかったのに」
「え?魅了の魔法?嘘⁉︎嘘ですよね?」
「今の僕は敵だよ。間違えちゃ、いけない」
ラウラが空間に亀裂を作る。後ろに見えるのは、暗い空、闇色の城。
「じゃあね」
その言葉とともに彼は亀裂へ消える。
私は、朔夜くんを抱きしめた。
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