第20話

「ねぇ、コス。明日からあなたの両親と妹の裁判があるけどどうする?行く?行くなら連れて行ってあげるわよ?」

 心配してそうな瞳で、でもそんな事は全く見せないようにエヴァが私に聞いてきた。それがエヴァなりの気遣いだと思うと嬉しくなる。


 私を虐待した両親、そして妹。彼らには酷い目に合わされた。謂れのない日々の暴力。殺されそうにもなった。

 前世で読んでいた本だと、そういった人達は『ざまぁ』されていた。因果応報。悪い事をした人には天罰が下される。当然の報いだと……。

 

 ここはゲームの世界。でも現実の世界。私が生きていく世界。

 

 両親の罪は確定している。父は誇りにしていた爵位をとりあげられた。

 誇らしげにドレスを着ていた母や妹が、今、着ている服は囚人服だと聞いた。満足にお風呂も入れない。ご飯も伯爵家で食べていたものとは雲泥の差のはず。トイレだって牢屋の中だ。衛生環境は悪く、臭いも凄まじいと、メイドさん達が言っていた。

 

 そう考えるともう十分に罰を受けていると思う。だからと言って、私にした罪が消えるとは思えないけど。


 聖人君子のように許す事はできない。だから言って小説のように『ざまぁ』する事もできない。私は……なんて中途半端な人間なんだろう。


「コス?どうする?」

 エヴァが追加で聞いてきた。

 今の私には優しくしてくれるエヴァがいる。髪をアレンジしてくれたり、お洋服を選んでくれるメイドさん達もいる。料理長さんは私の体を考えて美味しいご飯を作ってくれる。なんだったらみんなに内緒で新作のお菓子も持ってきてくれる。

 身体も心も徐々にほぐされて、たまに幸せすぎて涙が出そうになる。


 前世の私が言っていた。狭い世界で愛されようともがいても愛されないと。

 助けてもらえた世界で私はこんなに愛されていることを感じてる。世界は広い。私の両親や妹はそれを知らないまま、狭い世界で私をいじめて、優越感に満たされていただけなのだろう。そう思うとかわいそうに思えた。


「コス、わたくしはね、あなたの両親を許せとも、罰しろともいう気はないわ。それはあなたが考えるべき事だもの。わたくしはあなたの決定に従うだけ……。今回の裁判で彼らは監獄や修道院行きが決まるでしょう。そうするとコスとは二度と会えなくなるわ。コスがここで高みの見物を決め込んで、ざまぁみろと言っても良いし、彼らを見に行って、彼らの目の前で唾を吐いて、ざまぁみろって言ってもどちらでも良いのよ」

「ん?その言い方だと、結局ざまぁみろって言ってない?」

「当然でしょう!こんなにかわいいコスをいじめたのよ!監獄行きにしかできないなんて、ムカついているくらいよ!市中引き回しの刑の後に、ボッコボコにして殺してやりたいくらいだわ!」

 興奮して怒った顔のエヴァも綺麗だ。美人は得だと思う。こんな過激な事を言っていても綺麗なんだもん。


「私の代わりに怒ってくれてありがとう!私、裁判を見にいくわ。でも内緒で行きたいの。できるかな?」

「もちろんよ!」

 エヴァの素敵な笑顔を見て、私も笑った。

 自分が彼らにどういう感情を持つか分からないけれど、これは私が新しい人生を踏み出す一歩なのかもしれない。そう思うと、前向きになれた。



 

◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 裁判所は厳粛な雰囲気だった。部屋の周囲をぐるっと傍聴席が取り囲み、真ん中に被告人が立つ。その正面には裁判官がいる。裁判官は3名で黒い服を着ている。


 この国は、王族と、神を奉る大聖堂と、法律を司る裁判所の三つの権力で成り立っている。だから両親と妹は裁判所で裁かれる。

 罪状は偽証罪、王室侮辱罪、国家反逆罪、未成年者虐待の4つ。


 私はエヴァと一緒に変装して傍聴席で見ている。エヴァが権力を総動員して取ってくれた席は、目立たないけど被告人席が良く見える。


 まずは父が被告人席についた。思ったより綺麗な囚人服だ。父の視線は右に左に泳いでいる。手の動きもせわしない。自身たっぷりで私に暴力を振るっていた人とは同一人物だと思えない。

「……痩せた?」

「そうね。囚人食だもの……貴族だった人が食べるのは、辛いかもね」

「……ふぅん」

 私の心は澄んだ湖のようだ。怒りもない。恐怖もない。同情もない。かわいそうとも思わない。まるで自分とは繋がりのない他人を見てるみたいだ。

 心が何一つ動かない。

「弁護士さんとかいないのね」

「……そうね、。代わりに裁判官が3人いるでしょう?あの3人は立場がバラバラなの。だから彼らがそれぞれの立場で良心にしたがって裁くのよ」

「そうなんだぁ」

 やっぱり前世とは色々違う。



 父は裁判官の人達と質疑応答している。

「国家事業での偽証罪について、間違いないか?」

「そんなつもりはありませんでした。ただ、みっともない娘を世に出すべきではないと思ったのです」


「アダルベルト王太子様への王室侮辱罪については、間違いないか?」

「そんなつもりはありませんでした。アダルベルト王太子様にあんなみっともない娘は見せてはいけないと思っただけです」


「国家反逆罪については、間違いないか?」

「私のようなものがそのような大それた事ができるはずがございません!」


「先ほどからたびたび出ている娘のコスタンツァについての虐待については間違いないのか?」

「あれは魔力も持たないできそこないです。私は親として対処したまでです!」



「……やっぱり殺すべきね?」

 エヴァの怒りのオーラがヤバい!美人が笑いながら怒るとその迫力は半端ない!

「エヴァ……、私は気にしてないよ?」

「何言ってんの‼︎ 怒りなさ――――

 叫ぶエヴァの口を私は慌てて塞ぐ。私の代わりに怒ってくれている。そう思うと実の父の心無い言葉には、まったく動かない私の心に波が立つ。

「エヴァ……私、今幸せかも……」

「はぁ⁉︎」

「だって、エヴァが代わりに怒ってくれてる。それに見て。傍聴席の人達もみんな、あの人の言葉にひいてるよ。ほとんどの人があの人を異常だと思ってる。そうでしょう?」


「当たり前じゃない!常識で考えてもあの男の言ってる事は異常よ!だって魔力が0で生まれてくる人達はいるもの」

「そうなの?」

「そうよ、魔力欠乏症って病気でね。魔力回路に異常があったり、身体に見合わない大きな魔力を持ってたりすると魔力が発動しないの。そんなに症例は多くないけど、でもこの病気の事は皆が知ってるわ。常識よ!」

「……なぁんだ。じゃあ、あの人達が知らなかっただけなんだ」


 そう思うと更に馬鹿馬鹿しくなっていく。

 世界は広い。そして彼らの世界は狭かった。私はその中から抜け出せた。引っ張り上げてもらえた!


「やっぱり私は幸せだよ。エヴァ」

 あの人達の味方はいない。でも私には味方が沢山いる。その味方の名前は『常識』だ。当たり前の道徳心。誰もが持っているもの。


 私は自分で何もしていない。だけどあの人は勝手に『ざまぁ』されている。それも自分から『ざまぁ』されにいっている。


「ふふ……」

 そう思うと自然に笑みも漏れる。

 

 父の後に母と妹も被告人席に連れて来られたけど、言っている事は父と変わりなかった。


 彼らは北の果ての牢獄に入れられることになった。反省の余地なしという事で。

 そこは最果て土地。冬は牢獄が凍り寝ることもできない。課せられる労働は過酷で、貴族には耐えられるものではないと言う。ましてや重犯罪者が多い場所だ。生きていくのは辛いだろう……。




 さようなら。父であった人。

 さようなら。母であった人。

 さようなら。妹であった人


 あなた達とは違う人生を、私は歩む。

 狭い世界ではなく、広い世界を。

 狭い常識の世界ではなく、広い視野を持てる世界で、私は生きていく。

 私を愛してくれる人達の世界で。

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