第21話

 明日は聖剣ウルティモに会いに行こうと、エヴァに言われた。エヴァがワクワクしているのが分かる。


 『アイタソ』の悪役令嬢だよね?とたまに心配になる。


 エヴァンジェリーナ・サヴィーニ公爵令嬢。

 『アイタソ』では徹底的にヒロインを虐める役だった。教科書を破る、制服を隠す、階段から突き落とす。鉄板のイタズラしかしないのかよ!と、思わず突っ込んだ覚えがある。

 アダルベルト王子に一目惚れし、親の権力を使って婚約を結び、贅沢三昧な残念なキャラだった。


 ところが現実のエバァは、サバサバしていて、権力をひけらかしたりしない。

 顔はびっくりするほど美人だ。スタイルも抜群。でも、その動きがオヤジ?と思えるほど、オッサンくさい。

 大きいくしゃみ、大きいあくび、ペンを鼻と口の間に挟む、ペンを耳に挟む、あぐらをかく、頭をガリガリ掻く、大股で歩く、他にもあげればキリがない。なんて残念な美人なんだろう。


 でもこっちのエヴァの方が好きだ。


「明日はアダル様が来るから、かわいくしましょう」

 エヴァがドレスを私に合わせる。

 成長痛(?)が治まったらしい私は、一気に背が伸びた。体も女性らしくなった……と思う。胸は、エヴァには負けるけど少しは大きくなった。


「アダルベルト王太子は、エヴァの婚約者じゃないの?」

「ああ、そのうち婚約解消するわよ。私にもあいつにも他に好きな人がいるし」

「そうなの?」

「そうなの」

 ニッコリ笑うエヴァ。その表情には嘘はない。エヴァは好きな人がいるんだ。その内、教えてくれるかな?


 会話の間にも色々なドレスが合わせられる。何着用意したの?


「やっぱり、ピンクのこれにしましょう!本当は黄色か紫を着せたいけど、まだ早いもんね」

「なんでその色?」

「ん?そのうち分かるわ」

 意味深に笑うエヴァ。エヴァは同い年なのに、お母さんみたいだ。燈子さんを思い出す。


「シルバーの髪に、緑の目、ピンクのドレス!うん、かわいいわ。宝石はどうしようかな~」

 エヴァは楽しそうだ。エヴァが楽しそうだと私も嬉しい。


 ピンクのドレスを見る。プリンセスラインのかわいいドレスだ。スカートには沢山のレースが重ねられている。腰の後ろの大きなリボンには、チューリップを模した刺繍。大好きな花だ。


「宝石くらいは良いでしょう。これにしまししょう!アメシスト!」


 大きなアメシストの周りにダイヤモンドが散りばめられた、金細工のネックレスが出てきた。え?これ絶対高いよね?

「こんなの使えないよ!」

 私は叫ぶ!落としたら大変だ!弁償できない‼︎


「大丈夫、大丈夫!私からのお祝いよ。受け取って!」

「でも」

「私のプレゼントを受け取らないなんて、あり得ないでしょう?」

「あ、ありがとう」

 エヴァの最終勧告だ。逆らっちゃいけない。


 こんな素敵なドレスとネックレスで、アダル様と会えるなんて幸せだ。


 アダルベルト王太子は『アイタソ』の、ある意味主人公だ。とにかく殺される。ゲームのエンディングは誰を選んでも、最終的に出てくるスチルはアダルベルト王太子の死顔だった。今考えると変なゲームだ。


 確か、逆ハーの後にRPGになったんだよね。その時にヒロインの正体が分かるんだよね。意外だったなぁ。あれは。


「コス?これから忙しくなるから、先にご飯食べて」

 エヴァの声に我に返る。

「忙しくなる?だって、ウルティモに会いに行くのは明日でしょ?」

「だからよ。今日はこれから髪型決めて、そのあと徹底的にコスを磨くわよ」

 手を叩くエヴァ。扉からメイドさんがいっぱい入ってきた。


 あ……これラノベとか漫画で良く見たやつだ。色々想像と違った異世界転生だけど、これはあるんだ。


「ドレスとネックレスはこれよ。まずは髪型と靴。その他宝石を選ぶわよ。終わったら徹底的に磨きなさい!」

 エヴァがメイドに指示する。あー、これ逃げられないやつだ。


 その日、私は色々いじられ、磨かれた。お陰で緊張することなく、ぐっすり寝れた。



◇◇◇




『明日私は父と一緒に行くわ。コスはアダル様にエスコートされなさい!』

 昨日帰る寸前にエヴァに落とされた爆弾を、今、思い出す。


 着替えと化粧が終わった段階で、扉がノックされた。メイドさんが扉を開け、深くお辞儀をする。

 入って来たのは、まごう事なき王子様だった。


 金細工の様に煌めく髪。同じく金色の不思議な光を放つ宝石の様な大きな瞳。長いまつ毛。整った鼻の下には薄い柔らかそうな唇。

 すらっとした体躯に、白地に金糸で施された騎士服がとても似合ってる。胸には紋章が3つ。腰には金細工が施された鞘に納まった剣。聖剣ヴィアラッテア。

 表が白で裏が紫色のマントを閃かせ歩くその歩幅は自信に満ち溢れている。


 そしてその姿を見た私は今大パニックだ!

 な・なに・なに⁉︎素敵すぎる。生アダル様ヤバい!鼻血出ちゃうよ?写真撮りたい!あぁ、今すぐスマホが欲しい‼︎


「アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ王太子です。本日コスタンツァ・メルキオルリ伯爵をエスコートします」

 軽くお辞儀をするアダル様から、目が離せない!素敵すぎる~‼︎


 アダル様が手を差し出す。

 え?握手ですか?いくらですか?課金しますよ?


 混乱してるのが分かったのか、アダル様は私の手を取った。そして!!!跪き、手にキスされた!!!ああ、なぜ私は手袋をしてるの?アダル様の唇の感触が知りたかった。


 やばい!課金くらいじゃ追いつかない!全財産手放さなきゃ‼︎


「では参りましょう」

 アダル様がニッコリ笑う。私の手はそのまま彼の手の上だ。これってエスコートってやつ?心臓が口から飛び出しそうだ。ドキドキ暴れて、破裂しそう。


 アダル様の身長は高い。対する私は伸びたとは言えど、チビだ。アダル様の肘にちょうど頭のてっぺんがくる。


 でも歩き憎くない。きっと私に合わせてくれているんだろう。現実でもやっぱり素敵な人だ。


 彼に愛される人はどんな人だろう。

 きっと私みたいにちっぽけで貧相で教養がない人間じゃないんだろうな。



 大聖堂に向かう馬車の中でも、アダル様は色々とお話しをしてくれた。飽きさせない様に気を使ってくれているのが分かる。事実、話は面白かった。完璧な王子様っているんだね。


 馬車から大聖堂に向かう際にも、完璧にエスコートをしてもらえた。そしてエスコートされた先は、大聖堂の一番奥だった。


 正面に神聖文字で刻まれた神々の名。その下に水晶柱。その横に台座に刺さった銀の鞘に納まった剣。

 部屋の両側には人がいっぱいいる。あ!エヴァだ!こっちを見て笑ってくれた。


「あれが聖剣ウルティモです」

 アダル様が指刺す先にある剣。

 その剣の柄の部分に金色の小鳥が降りて来て、止まる。


 お友達だ!

「鳥が見えますか?」

 アダル様がこちらを見ずに呟く。

「はい、お友達です」

「ではお友達の元へ行きましょう」


 アダル様が剣の前までエスコートしてくれた。鳥さんは剣の柄から離れ、アダル様の肩に止まる。

「どうぞ、あなたの剣です」

 エスコートされていた手が、聖剣ウルティモへと誘われる。柄の先に指が触れた、と同時に。剣から閃光が走る。


 (眩し……くない?)


[ご主人様、お会いしたかったです]

 目の前に剣が浮かぶ。

 どうしてだろう……。私の剣だと分かる。私の味方だと、私の片割れの様な存在だと分かる。

 その柄を握ると私の掌のちょうど良いサイズになる。安心する。


「ウルティモ……」

[はい、今までお助け出来ず、申し訳ございませんでした]

 優しそうな少し低い男の人の声。剣なのに、悲しそうなのが分かる。


「ううん、いいの。これからよろしくお願いします」

[精神誠意お使え致します]

 返答が真面目だ!でもウルティモらしいと思ってしまう。


 そして――光が止む。


 ドッと響き渡る、歓喜の声。

「ウルティモが抜けた!」

「まさかこの瞬間に立ち会えるとは!」

「2本の聖剣が揃うとは!」

「勇者の誕生だ‼︎」


 おじさん達が、口々に騒いでる。ん?今、勇者って言った?


 アダル様を見上げると少し申し訳なさそうな表情で私を見ている彼がいた。目が合うと、その口元が微笑む。


「勇者?」

 疑問文と共に自分を指差した。アダル様が申し訳なさそうに、頷く。


 ん?んん?おかしくない?私が勇者?だってだって…………。


 アダル様をもう一度見る。

 アダル様が右手を前に出すと、歓喜してる皆が静まった。

 アダル様が私の肩を抱く。

「聖剣ウルティモの主人、コスタンツァ・メルキオルリ伯爵だ。だが、この事は他言無用!ここだけの事と弁えよ!」


 その言葉を聞いて、エヴァを含めた全員がお辞儀をする。

 カッコいい~じゃなくて。


 え?おかしいよね。だってだって。


 勇者はアダル様・・・だよね?



◇◇◇



「ねぇ、ウルティモ。勇者はアダルベルト王太子様だよね?」

[申し訳ございません。それにはお応え致しかねます]


 あの騒ぎの後、パーティーだなんだと騒いでた皆をよそ目に、アダルベルト様は私と一緒に城に戻ってくれた。


 馬車の中でアダルベルト様が説明してくれた。


 昔、勇者が魔王を倒したこと。

 魔王が復活していると言うこと。

 ヴィアラッテアとウルティモは勇者の剣である事。

 ヴィアラッテアは何度か王族の主人を持っていて、ウルティモは勇者を除いて主人を持ったことがないこと。

 だから、皆がウルティモの主人である私を勇者だと思っていること。


 ゲームとは全然違う内容になってる。エヴァを見てるとゲームとは違うと思ってたけど、でも私が勇者?さすがにそれは変だよ。

 ついついため息をつく。


[ご主人様、お応え出来ず申し訳ございません。初代ご主人様との約束でして……]

「あ、ごめんね。ウルティモ。謝らないで!約束は守らなきゃ、ね!だから気にしないで」


 ウルティモが落ち込んでるのが分かる。剣なのに変なの。でもなんだろう。とても落ち着くの。ウルティモと一緒にいると。


「ねぇ、ウルティモ。その、ご主人様、って呼ぶの止めてくれない?あと、敬語も。なんか、ムズムズしちゃう。ね?」

 私はもっとウルティモと仲良くなりたい。仲良くなる為には壁を無くすことが必要だと思う。


[ですが、ご主人様はご主人様で……]

「じゃあさ、せめて名前で呼んで!コスって。お願い!一生のお願い!」

[……では、恐縮ですがコス様で……]

 やったぁ!私は手を上げて喜ぶ。


[ですが敬語はやめません!]

 ウルティモは頑固だね。まぁ、そこが良いところかも知れないね。


[コス様、これからは私を肌身離さずお持ち頂けますか?私がコス様の閉ざされた魔力回路を治療致しますので]

「治療できるの!」

 エヴァが私は魔力欠乏症だろうと診断してくれた。でもエヴァは治療できないって言ってた。他の名医を紹介してくれるって言ってたけど、ウルティモが治療してくれるなら、それが一番良い。

 

[コス様は、莫大な魔力をお持ちです。これから少しずつ私の力で、コス様の閉ざされた魔力を解放致します。解放されたら、私が魔力の使い方をお教えします。コス様の魔力は大きすぎる為、普通の人間のやり方では使いこなす事ができません。ですから魔力に関しては私に聞いて下さい。恐らくヴィアラッテアのご主人様もヴィアラッテアに教わっているはずです」


「へー、そうなんだ」

 お揃いなんてちょっと、いやかなり嬉しい。


[彼には大変お世話になりました。私もコス様も]

「え?何、どう言う事?初耳だけど」

[それは……]


 ウルティモは私にアダルベルト様の話をしてくれた。


「つまり、金色の小鳥さんはヴィアラッテアが変身(?)した姿で、アダルベルト王太子様の力を借りて、私を回復してくれてたって事?」

[そうです]

「ここ最近、枕元に木ノ実を置いてくれてたのはウルティモで、その為にアダルベルト王太子様から魔力をいっぱいもらったって事?」

[そうです]

「内緒で……」

[はい]


 嘘でしょ⁉︎知らない間にいっぱい迷惑かけてる!しかもアダル様が一時期ヒロインに惑わされてる時に、それを知っていながらヴィアラッテアは私の所に出入りしてた⁉︎

 確かに鳥さんは毎日いた!いつもいた‼︎

 あの時私はめっちゃ元気だった‼︎自分でもおかしいな、って思ってたの!そもそも、4階から落ちて生きてるって異常だもんね!納得だよ‼︎


[申し訳ございません]

「あ、だから謝らないで!あ、でもでもまって待って。私、お礼を言わなきゃ!アダルベルト王太子様に!あと、ヴィアラッテアにも‼︎」

[明日、お会いになっては?]

「うん、すっごくすっごく緊張するけど、頑張る!」

 どうやったら会えるのかな?明日、誰かに相談しなきゃ!


[緊張……ですか?]

「緊張するよー。だって生アダル様だよ?かっこよすぎて鼻血吹いちゃうよ~。ゲームやってる時から、大々々ファンだったんだよ!今日なんて、ドキドキし過ぎて、口から心臓飛び出るかと思ったんだから‼︎」


 手にキスしてくれたのを思い出す。その手袋はテーブルの上だ。メイドさんに持って行かれるのを死守した。分かってる。私は変態かも知れない。


[コス様は、前世の記憶がおありなんですね?]

 ウルティモに言われて、改めて自分の発言のうかつさに気付く。

 ヤバい、ついつい言っちゃった!だってウルティモって話しやすいんだもん!


「ウルティモお願い!内緒にして‼︎こんな事言ったら変な人扱いされちゃう!お願いお願いおねがーい!」

 ウルティモに手を合わせる。私は必死だ!

[約束……ですか?]

「約束!あ、だめ?」

[いいえ、承知致しました]

「ありがとう!ウルティモ!」


 良かった!これで口止めできた!一安心だ!


 それにしても、コスタンツァ・メルキオルリ伯爵令嬢ってゲームにいたっけ?

 確か、アダル様と旅に出るのは2人だったはず。誰だっけ?攻略初めで私は死んじゃったから、そこまで行ってなんだよね。この銀の髪はどこかで見た気がするけど……。

 そのうち、思い出すかな?


「とりあえず、今日は寝ようか?ウルティモ」

[はい、コス様]


 明日、アダルベルト様と会えると良いなぁ。


 昨日から今日にかけての疲れからすぐ寝入った私は、ウルティモの戸惑いを伺い知ることはできなかった。

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