第11話

 咲夜が神託を受けるなんてアホな事を言い出したから、ついて行く事にした。王太子の婚約者という名目で行くのは気に入らないけど、こんなチャンスはもうないかも知れない。


 真面目に神託を受けるなんて、正直馬鹿みたいだ。

 この状況、異世界転生が神という概念なしでは語れない事は分かってる。だが前世の記憶がある以上、私は神と言う存在を否定せざるを得ない。


 世の中は理不尽だ。昨日まで笑っていた子が死ぬ事もある。突然の災害で愛する者を失う事もある。願っても生きられない子達もいる。理不尽に命を散らす馬鹿な輩もいる。

 願っても神は応えてくれない。私は命と向き合う医療現場でそれを学んだ。

 神などいないと……。


 だから勇者も魔王の存在も信じていなかった。歴史は所詮、勝者が作るもの。建国神話に神や勇者が出てくる国など沢山ある。馬鹿馬鹿しい夢物語だと思ってた。

 しかし私以上に現実主義者だった咲夜があっさりと神と勇者を受け入れてるのを見ると、自分を疑いたくなる。

 そう言う意味では今日の神託は楽しみだ。



 神託の日はお父様と一緒に馬車で大聖殿に向かう。とても良い天気だ。今日だけは清楚な服を着なさい、と父に睨まれたので不本意ながら大人しめなドレスを着た。

 私の恵まれたプロポーションは、見せてこそ意味があるのに。とても残念だ。


「エヴァ、どうして神託を見ることにしたんだい?私は、正直見せたくない」

 巷では厳格で有名な父も私には激甘だ。いつも私の意志を優先してくれるし、なんでも話をしてくれる。そう言えば、お父様から神託の話を聞いた事はなかった。


「今までお誘い頂けなかった理由を、お話しして頂けますか?」

「それは、見れば分かる。今言える事はただ一つだ。神託を受ける際は、動かないこと」

「神様とのコンタクトですものね。邪魔は致しませんわ」

 ふんわり笑って見せたが、父の表情は暗かった。なんだか変な感じだ。



 神託は大聖堂の最奥に位置する『祈りの間』で行われると言うので、王夫妻とそこへ向かう。

 いつもは笑顔で話かけてくれる王妃様に笑顔は、ない。真っ青な顔で王にエスコートされる。お父様と私に続く重鎮も大人しい。

 やはり神託を受けるという事は、神聖な儀式という事かしら。



 『祈りの間』を見据える。

 正面には神の名を意味する神聖文字4文字が刻まれている。偶像崇拝を好まない我等が神々の姿は、誰も知らないと言う名目らしい。ただ、彫刻に金が使われるのを見ると、どうしても俗っぽさを感じる。


 神聖文字の前には耀く水晶柱。この水晶が光る=受託の準備とのらしい。仰々しいことこの上ないとは思う。だがその光は心を奪われるほど、美しいと思った。


 その横にあるのが、台座に据えられた聖剣ウルティモ。伝承にある勇者が魔王を討伐する為に使用した剣。これを抜いた者は勇者のみらしい。咲夜も挑戦した事があるそうだ。抜けなかったって言ってたっけ。


 銀をベースに、エネラルドやベリドットのなどの緑の宝石が飾られている鞘。

 アダル様のヴィアラッテアの鞘は金をベースに、シトリンやイエロートパーズ等、黄色の宝石が使われてる。

 これを両脇に携えていたとは、勇者は勇気があるらしい。


 私達は正面右側にいる。

 正面左側には大聖堂に仕える枢機卿達。


 正面の神聖文字の前に、教皇が立っている。魔力の多さで選ばれたと聞いていたが確かに多い。男盛りの40歳。教皇と言う割には鍛えていて、筋肉量も多そうだ。むしろマッチョすぎて軽くヒく。


 右手に錫杖を持ち左手に水晶玉を持っている。

 右手の錫杖で神の力を受信し、その力を水晶で受け止める、と父が教えてくれた。


 神託を授ける神の力は強大で、その力は人の身で受け止められるものではないらしい。

その為教皇は神の力を特殊な水晶へ流す事で、受託出来る様にしているらしい。

 ちなみにアダル様には対策はないそうだ。莫大な魔力を持つからいらないとの事。さすがはアダル様。ある意味主役なだけはある!


 聖剣の持ち主が常に現れる訳ではないから、その対応策として、教皇がいるらしい。

 随分、御大層な事だ。少し苛立つ。



 でも、今日はアダル様のかっこいいスチルを生で見てやろう的な、ミーハーな気持ちで来ているのだから、屁理屈はやめて純粋に楽しもう!


 やはり主役は最後か。アダル様がその姿にを現す。


 今日はいつもの騎士服ではなく、法衣だ!

法衣は王族の色である白地に、金の刺繍を施されている。

 肩には金の刺繍が施された紫色のストラ。

額には銀細工のサークレット。サークレットには紅い一粒のルビーが光り、周りにタンザナイトが散りばめられている。

 法衣でも胸には勲章が3つ。

 腰には聖剣ヴィアラッテア。


 思った以上の美しさに歓喜する。生アダル王太子様~ヤバい!


 いつも着てる騎士服でも、ドキドキするほどかっこいいけど、これは別物だわ‼︎額のサークレットとかマジやばい。背が高くて足も長いから、何でも似合うのね、と思いながら観察を続ける。


 黄金比で作られた顔。バランスの良い体。

長い睫毛、日に映えるサラサラとした金の髪。完璧です!さすがアダル様!!


 アダル王太子が素敵なのは分かってる。だから最近はついつい、からかっちゃう。からかう事で咲夜を感じられるから。小心者の母親だと言うことは分かってる。だから、これも咲夜には内緒だ。


 教皇に呼ばれアダル様が水晶柱の前に立つ。堂々としたその姿に惚れ惚れする。


 全体が光っている水晶柱の光が、徐々に頂点に集まる。光が頂点に達した時、天上へと光線となって大聖堂を貫く、と同時に大聖堂の天井に複雑な魔法陣が幾重にも現れる。

 驚いて天井を見上げる。複雑すぎる魔法陣に酔いそうだ。魔力の密度も違う。


 見逃すまいとアダル様を見る。

 アダル様と教皇の足下にもそれぞれ魔法陣が展開する。

 なんて高出力な魔力!


 足元の魔法陣は解け、二人に攻撃を始める。攻撃の様に見える!だって、二人の顔は苦悶に満ちているから‼︎


 慌てて横にいる王夫妻を見ると、王妃が王のマントにしがみついている。口を手に当て、涙ぐんでいる。


「神託には苦痛が伴う。神の意志を聞くのだから仕方ない事だ」

 お父様が私の肩を抱き寄せながら、説明をする。

「動くなと言ったはずだ!」


 思いっきり父を睨みつける。抱き寄せているのが私の動きを制限する為だと分かったから。


 そう言えば、咲夜が言ってた。動けなくなるって!でも、こんな酷い状況になるとは思わないじゃない!


 神の意志を聞く為の苦痛⁉︎意味が分からない!勝手に神託を授けて、勝手に苦痛を与えて、何が神よ!神なら優しく教えなさいよ‼︎

 

 止まない神から攻撃。アダル様が魔法を行使するのを感知する。回復の魔法だ!それほどに辛いのかと、涙が溢れる。

 代わってあげたいのに!力がない‼︎ 助けて! 雅也さん‼︎ ここにあなたがいないのが、辛い。


 アダル王子が教皇を魔法陣から弾き出す。

 見ると教皇は白目を向いて、泡を吹き出している。ショック症状だ!教皇にかけ寄る枢機卿達。

 こんな状態でも周りを見れるのかと少し安堵したのも束の間、教皇の周囲に渦巻いていた魔法が行き場を失い咲夜に襲いかかる!


(やめて!私の息子をまた、奪わないで!)


 涙が止められない。咲夜の元に駆け寄ろうと肩を掴む父の手を外そうとする。が、察した父に更に羽交い締めにされた。


 声を限りに叫ぶ!

「離して!お父様!アダル様が‼︎」

「我慢しなさい!エヴァ!お前はこれからも、この光景を見なきゃいけないんだ!」


 見たくない、こんな苦しんでいる咲夜は見たくない。

 こんな事をさせる為に産んだんじゃない!

 こんな辛い顔をさせる為に、転生したんじゃない!


 18歳と言う若さ死んだ可哀想な咲夜。

 ここでは、この世界では楽しく生きて欲しかった。恋をして、結婚して、楽しい人生を送って欲しかった!


 ゆっくりと倒れるアダル王子。神託が終わった様だ。魔方陣が消えていく。

 私を羽交締めしていた父の手が緩んだ隙をつき駆け寄る。

 渾身の力で回復魔法をかけるが、足りないのが分かる。

 

 駆け寄る父。


 (邪魔だ!)


 私は咲夜と自分の周りに結界を張る。


 (私と咲夜の邪魔をするな‼︎)


 私は死んでも良い!だから咲夜を助けなければ‼︎

 回復力が足りないなら、更に!更に強くかける‼︎ 力の限り‼︎

 

「やめろ!エヴァ‼︎」

 父の声が結界の外で響く。


 口の中に血の味が広がる。魔法力が尽きてきてるのが分かる。

 なんて底なしの体力なの⁉︎アダル王太子‼︎ 回復しても回復しても追いつかない!


 結界が割れる。

 お父様が私の肩を抱く。

 咲夜から引き剥がされる!


 結界を割ったのは――。目で追う。


 (お前か‼︎ アダルの父親‼︎ただ、突っ立ているだけで、何が親だ!)


 アダル王子と引き離され、何かの魔法をかけられる。


 遠のく意識の中、咲夜を見る。


 ごめんね。あの旅行の行き先を決めたのは私。運転してたのも私。


 あんたを殺したのは、私でもあるんだよ。

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