第10話

 王子様の様な人にぶつかってびっくりした。みっともない自分を見られるのが嫌で、いつもは誰にも見られない様に街に出るのに。


 今日は召使いに頼まれて街に出た。妹の髪のリボンが、召使いの不注意で風に飛んで行ったらしい。

 幸い、探し物は得意だ。

 お友達の小鳥さんに聞けば、大概のことは教えてくれる。久しぶりに出る外にドキドキする。自分がみっともない姿をしているのは分かっているから、神様にお願いする。


(どうか、誰の目にも私が見えません様に……)


 優しい神様は、私の願いを聞いてくれるだろうか。


 リボンは東の1区に落ちていると、小鳥さんが教えてくれた。私は貴族街の北の4区に住んでいる。

 目印の大聖堂に向かい、そこから東の1区に向かう。

 優しい神様は私の願いを聞き届けてくれた。誰も私に気付かない。見えていない。

 ……だから油断したんだと思う。


 紅いマントを纏った背の高い男の人にぶつかった。思いっきりぶつかった勢いで、尻餅をつく。

 私に気付いた男の人が振り返る。

 息を呑むくらい綺麗な人だ。

 

 お日様の様な金色の髪。庭に咲くひまわりより黄色い、キラキラした不思議な目。すらっとした鼻の下にある唇から目が離せない。高級そうな洋服には、宝石が付いている。父の一張羅より遥かに高額そうだ!


 私を心配して差し伸べられた、彼の手を見る。爪まで綺麗に整えられた長い指、あかぎれひとつない手。

 私とは大違いだと思ったら、その手を取る事はできなかった。素早く起き上がり、逃げようと思ったが、捕まった。


「君はどこの子なの?両親はいるのかな?」

 男の人は私の両手を優しく取り、問いかけて来た。目線も私に合わせてくれる。

 なんて綺麗な瞳なんだろう。美しく耀く金色の瞳に縫い取られ、言葉がうまくでない。


「責めてる訳じゃないよ。ただ、知りたいだけなんだ。ご飯は食べれてる?」


 ああ、バレているんだ。そうだよね。この姿じゃバレちゃうよね。王都には貧民街はないもんね。

 今日、街の人達を見たけど、私の様なボロ着を着ている人はいなかった。そして、この話し方。私を子供と思ってるんだろうな。たぶん、同じくらいの歳だと思うんだけど……。


 何か言わなければと、言葉を必死に紡ぎ出そうとした時に、綺麗な女の人が近づいてきた。

「誰?その子?」

 一瞬、キョトンとした後に、にっこり笑う。綺麗な女の人。

「私とも握手してくれる?」

 すんなり差し出された手の爪は、綺麗に整えられ紫色に染められ、宝石まで付いていた。


 良く見ると、艶やかな金で刺繍された紫色のドレスを着ている。結い上げられた赤い髪には大きな宝石の髪飾りが付いている。ネックレスには大きな黄色のトパーズ。

 大きな紫色の目に飲み込まれそうだ。厚い唇が綺麗に紅く染まっている。


(恥ずかしい!)

 私とは違う世界の人だと一瞬で分かった。ここにいちゃ行けない!


「あ、、無理です。こんな私が、こんなきれいな人達と!!」

 それだけ言うのが精一杯だった。

 手を振り解くと、寂しげな表情の彼が自然に目に入った。


 謝りながら逃げる。

 そう、私は逃げた。

 恥ずかしくて、情けなくて!

 現実は辛いものだと分かっている。

 生きているだけで十分だと!


 でも、辛い。閉じ込めていた心が暴かれ、悲鳴を上げる。


 どうして私だけが。

 どうして愛されない。

 どうして魔力がない。

 どうして、どうして⁉︎


 みっともなく泣きながら家に帰る。他に行く場所はないから。

 帰って最初に与えられたのは、召使いの平手打ち。そう言えば、リボンのこと忘れてた。召使いが、私がリボンを無くしたと家族に告げる。

 両親と妹に殴られ、蹴られる。ダメージが少しでも減る様に、亀の様に疼くまる。その背に容赦なく、熱湯が浴びせられる。背中に鞭を打たれた。火傷との相乗効果で、自然と悲鳴が上がった。


 失敗したと思った。

 悲鳴を上げると、彼らは喜び、更に暴力が増す事は知っていたから、最近は堪えていたのに。


 なんて情けない私の人生!

 もう、生きていく意味があるのか分からない。


 サクヤ。もう良いかな?私は私の人生を手放したいんだ。死ねば貴方に会えるかも知れない。サクヤに会いたいよ。


 意識が遠のく瞬間、頭に浮かんだのは今日会った男の人。

 友達の小鳥さんより輝く金色の瞳。

 変なの。いつもなら、サクヤが浮かぶのに。

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