episode7

 ――苦しい。

 身体が、動かない。なにかが俺の上に乗っている。

 ぼんやりとした意識の中、背中の辺りに手をやると温かくて柔らかいものが手に触れた。ハッと目が覚める。慌てて身体を起こすと、秋山の身体がゴロンと床に転がった。

「はぁ。そっか、秋山がいたの忘れてた」

 胸に手を当てて呼吸を整えながら、気持ちよさそうに眠る秋山の頭を軽く小突こづいた。ソファから落ちてここまで転がってきたのか。

「普通、落ちた時点で起きないか?」

 秋山の図太さを改めて実感させられた。

 時計を見ると、八時を少し過ぎていた。俺は立ち上がり、勢いよくカーテンを開ける。眩しい太陽の日射しが部屋の中に射し込んだ。

「うーん」

 秋山が眩しそうに顔をしかめる。俺は秋山をそのまま残し、洗面所に向かった。

「……変な夢見たな。絶対、秋山のせいだ」

 タオルを手に取りながら呟いた。顔がぼやけていて誰だか分からなかったが、夢の中で誰かが俺の身体の上に乗っていた。まぁ、現実に秋山が上に乗っていたのだが。あれは、誰だったんだろう――

「あーなんて夢見てんだよ」

 両手で顔をおおってうめくと、「どんな?」と背後から声がした。

「うわっ」

 驚いて振り返ると、さっきまで爆睡していた秋山が眠そうな顔で立っていた。

「驚かすなよ」 

 胸を撫で下ろす俺に、「悪い、悪い。で、どんな夢見たんだ?」と寝ぐせのついた頭をかきながら、秋山は欠伸あくびをした。言えるわけがないし、聞く気あるのかお前は。

「なんでもないよ。それよりお前、寝相悪すぎ!」

 秋山が破顔はがんする。

「よく言われる。あ、タオル借して」

 俺は秋山にタオルを渡し、「コーヒー淹れとくよ」とキッチンに向かった。

 寝違えたらしく首がうまく動かない。首をさすりながらコーヒーを淹れていると洗面所から戻ってきた秋山が、「お前、寝室で寝なかったのか?」と床に敷いてある布団を見ながら言った。

「お前がソファなのに俺がベッドで寝てたら文句言うだろ?」

「当たり前だ」

 キッと真顔まがおで答える秋山に、「だからこっちで寝たんだよ。お蔭で寝違えたんだぞ」と俺は不満をぶつける。

「あはは、ごめんって。あれ? てことは昨日、俺酔ってた?」

 秋山がコーヒーの入ったコップを受け取りながら聞いてきた。昨日のことをまったく覚えていないらしい。

「酔ってた。潰れたお前を柊さんがここまで運んでくれたんだぞ。あとで、礼言っとけよ」

「マジで?! やっべ。もう図書館に行ってるよな。祐一、あとで謝りに行こーぜ」

「なんで俺まで」

 顔をしかめる俺に秋山はエヘヘと笑った。

「いいじゃん、どうせ本返しに行くんだからさ」

 秋山が拝むように手を合わせた。

「拝むな」

「頼むよー。ラウンジのラーメン奢るからさ」

「……ったく。わかったよ」

 ラウンジで一番安いラーメンで買収されてしまった。まぁ、いいか。昨日、少しではあるが柊と普通に話すことができ、彼に対しての不信感も前ほどなくなっていた。部屋を褒められたこともあるのかもしれない。随分単純なもんだ。俺は思わず苦笑にがわらいを浮かべる。

「にしても、いい人だな、あの人。最初は少し警戒したけど」

 そう言うと、秋山はコーヒーを美味そうにすすった。そして満足げに息をついた。

「あ、やっぱり警戒するよな」

 思わず声が出る。

「なんだ、お前もか」

 秋山は苦笑し、

「最初の笑顔が嘘臭いというか。でも、話をするにつれて親しみやすい人だと思ったよ。よかったな、隣の人がいい人でさ。講義、午後からだからレポート書いちゃおうぜ」

「――そうだな」

 いい人、か。秋山のお墨付すみつきがあるなら、大丈夫かもしれない。

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