第2話 勇者ビジネス系

「なんという……」


 魔王は、目の前の光景を見て絶句した。


 ・元の世界に戻る

 ・この世界で世界征服する


 どこに焦点を当てるにせよ、まずは魔力を取り戻すことと、部下を探すことが先決だ。


 酒場、ギルド、この世界でなんと呼ばれているかわからないが、そのような場所に情報が集まると聞いている。とりあえず人が集まる場所へと歩いてきたのだが、その人間の多さに言葉を失った。


 巨大な建物が乱立する街には、人で溢れている。

 かなり大きな道は埋め尽くすほどの人間が歩いており、その列は遥か彼方まで続いている。一体どこへ向かっているというのか、みなが同じ方向へ向かっているようだった。


「王宮か?」


 常識で考えれば、これほどの都は、王都であり、向かう先は王の住まう城ということだろう。

 ただ、妙なことに皆、一様に顔色は悪く、無表情なのだ。

 まあ、考えても仕方ない。

 元々人間と親しい関係だったわけでもない。

 彼らの文化も理解していないのだ。


「それにしても」


 腹が減った…


 人間の体というのはなぜ、かくも、こう不便なのか。たかだが一日食事をしていないだけだというのに体から力が抜けてきている。

 魔王だった頃は、ほとんど食事を取っていなかった。

 強大な魔力がすべての源であり、食事からエネルギーを摂取する必要がなかったのだ。その魔力すらも眠れば回復する無尽蔵なものだった。


「そういえば、子供だった頃はイノシシなど狩っていたか」


 とはいえ、この見渡す限り人間たちが我が者顔で歩いている世界では、イノシシすら狩れそうにない。

 この世界の人間たちの食堂にでもいくしかないか。

 人間の食事など口に合うのか、疑問だったが飢餓感には耐えられず、探しに回った。

 いやに文明の進んだ街だ。

 住民たちの服装をみていても、小綺麗な服装で以前の世界とは比べようもない。

 大勢の人間たち。

 わらわらと似た格好をして歩いている。


「しかし、酷い臭いだ」


 鉄の乗り物が煙を吐き出しつつ、魔王のそばを猛スピードで走った。

 多数同じ乗り物が走っているせいか、街のどこにいても悪臭が鼻につく。


 巨大な鉄と石の建物に、なにやら魔法で映し出されているのかヴィジョンが投影されていた。半透明なヴィジョンの中で人間が動いたり、顔が映されたり、何かを話したりしている。

 最初はただ物珍しさで見ていただけだったのだが、やがて気がついた。


「まさか」


 見たことのある人間がいる。


 いや見たことがあるどころではない。人間感覚でいう端正な顔に、金色の髪をした、

 散々自分を殺し続けた男。


「勇者……」


 見間違えようがないあの顔だ。


「今日はご存じ英雄の勇者ヒカリさん来ていただきました。最近では実業家としても活躍されている勇者さんですが--」

「どもー勇者でーす」


 うざったらしい笑顔、作り物のような白い歯、間違えようもない。


「勇者さんの会社、絶好調ですね。秘密はなんですか?」

「本当は教えたくないんですけどー。このチャンネルの視聴者さんだけに特別に教えちゃいますよ。どうせ真似できないしね」


 白々しい口調で勇者は続ける。


「異世界の薬草ってそういえばなんでも治るなって気付いたんですよ。それに異世界行って帰ってこれる人もいないし」


 会社が大成功した顛末を語る勇者。

 舌打ちしつつ、その場を離れようとしたのだが、次の一言にぎょっとする。


「5年前ですよね、勇者さんが異世界の魔王を倒されてこの世界に戻られたのは」


「そうそう、もうそんなに経ちますか」

「たった5年で製薬業界は全て勇者さんの会社が圧倒的シェアを取っちゃいましたね」

「はっははー! まあ、俺たちの薬草最高」


 5年。


 その言葉が重くのしかかる。

 私は倒されてすぐに転生していない?

 どういうことだ?


 魔力を代償に取られたことにしても、やはり転生がずれてる。勇者たちに何かされたことが原因なのか、他に要因があるのか


 繰り返しになるが、魔力を取り戻すことと、探すことが先決だ。

 魔法さえ使えれば、ある程度何か調査もできるだろう。

 

 もし部下の転生にもし失敗していたら、そう考えるとぞっとする。一人では到底何も成し遂げられないだろう。


 部下を探すには魔力探知が早いが、これには魔力が必要だ。使おうとすると所持金が足りないというメッセージと激しい頭痛が襲ってくる。


 あてもなく探すには当てがなさすぎた。

 人間の娘に成り下がった自分には、ただ歩くだけでも時間がかかる。腹も減る。

 

「あはははー何それー」

「でしょ」


 若い娘が嬌声を上げながら目の前を通り過ぎる。手には何かキラキラしたおいしそうなものが握り締められているではないか。


 魔王の目はそれに釘付けになった。

 卑賎な人間が食うものなど、私が食うものか。

 だがうまそうだ。


 ごくりと唾を飲み込む。

 何とか顔を背けるが、本能には逆らえない。気になって仕方ないのだ。

 あの手から奪えばいいだけだ。


 だが、しかし。

 この虚弱体質の体のことが思い起こされる。あのちょろ弱そうなゾンビ族の男の手すら振りほどけなかったのだ。

 下品そうな弱そうな娘とはいえ、勝てない可能性がある。

 いや、魔王が何を弱気なことを考えておる。


 私は修羅の地と呼ばれる世界で、千年以上頂点に君臨していた魔王じゃぞ。

 人間どもの村を襲い、命を奪ったのも万では効かん!


「ちょっと、これ飽きちゃった」


 若い娘は、手に持っていたおいしそうなものを、捨てた。

 明らかに不用品が捨てられていると思われる場所にだ。


「お……お」


 言葉にならない。

 しかし空腹は容赦なく襲ってくる。ゴミ捨て場を漁る、という選択肢が一瞬浮かび、自分で自分の頭を殴る。


 何を考えておる私は!

 

「きみは」


 ゴミ捨て場で頭を抱えていたそのとき、背後から声。

 きっと睨みつけるように振り返る。


「言っておくが、私は拾おうとしていたわけじゃないぞ!」


 そこには、目のくぼんだゾンビ族の男が立っていた。

 手には、きらきらしたおいしそうなものと、金色に輝く液体を持っている。




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