魔王起業 魔力=所持金額の苦悩

ゆうらいと

第1話 最強魔王、日本へ転生する

 全身の魔力を集め、簡単な魔法を発動させる。この程度の魔法、通常なら児戯にも等しい魔法だ。


 しかし。


『エラー。所持金が足りません』


 ずきりと頭を突き刺すような猛烈な痛みが襲う。それと共に脳裏に浮かぶメッセージは、意味不明だった。


 魔法を使ったというのに、魔力でなく、所持金が足りないというのはどういうことなのか。

 魔王は、目覚めたばかりの見知らぬ土地で頭を抱えた。


  ◆


 勇者たち一行は、再び宿敵と対峙していた。

 眼前には邪悪な魔物たちの王、魔王が悠然と立っている。


 これまで幾度なく倒したはずの魔王は、やはり何事もなかったのように元に戻っている。不可解だ。

 そして復活するたびにその強さが増してきている。


 次、復活すると魔王は俺たちを超えてくるかもしれないな。

 勇者は内心倒すのを躊躇していた。


 だが。


 そう思いながらも倒すしかない。


 勇者は切っ先を魔王に向けると、言い放った。


「魔王、ついに貴様を葬り去るときが来た。覚悟しろ」


 そこから始まる勇者たちの戦い。


  ◆


 魔王もまた、じっくり勇者たちを観察する。


 パターンだ。こちらの防御力を減らす魔法、自分たちの攻撃力を上げる魔法に、防御力を上げる魔法を使いながら、勇者は必殺技を放つ。


 魔王は戦闘しながら考える。

 魔力を奪う罠を今回仕掛けたが、切り抜けてきたか。

 なぜだろう。魔力を回復する手段を持っているのか?

 次は道具を奪う仕掛けも用意しておくか。

 そもそも、この私と戦う前に、部下を大量にぶつけて、消耗させるか。


「口惜しや。世界征服まであと一歩だったというのに、貴様のせいですべてが台無しとなるというのか」


 魔王はお決まりのセリフを吐いた。


 だが。

 そう甘くはない。勝利を確信した勇者の顔を見ながら、魔王は内心せせら笑っていた。


 魔王はその必殺技を眼前にしながら、魔法が実行されていることを感じていた。

 自分の死をきっかけとした死をも克服する魔法だ。


 転生魔法。この魔法で魔王は何度も復活し続けてきていたのだ。

 これが魔王が強くなる理由。つまりは試行錯誤だ。

 魔王は勇者に敗れる運命にある。このことを知った私は、転生の秘術を使うことにしたのだ。勇者が諦めるか、死ぬまで戦えば、あとはゆっくり世界征服するだけのことだ。


「必殺、ライトニングスラッシュ!」


 勇者による斬撃に襲われ、体が分解され、意識が薄れていく。


 右も左も上も下もすべてが漆黒で塗り潰された世界でゆっくりと落ちていく。


「おかしい……?」


 いつもと光景が違う。

 光さえ閉じ込められてしまう世界。


 どれくらい時間がたっただろう。

 さすがに死を覚悟したそのときだった。


 やがて、一つの言葉が浮かび上がった。


『転生に成功しました』


 歓喜。


 やはり、私は天才だ。


 凡人どもとは違うのだ。再び勇者の前に立ちはだかることができる。

 そう喜んだのもつかの間。


 新たなメッセージが現れた。


『転生には代償が必要です。代償にする能力を選んでください』


 そのメッセージに目を剥く。

 なんだと。ふざけるな!


 怒鳴りつけたが魔法すら支配する理に逆らっても、何も変わらない。

 理は物理法則と並ぶ世界そのものなのだから。

 しかし、これまで幾度となく転生しているのにかかわらず、代償など支払った記憶などなかった。

 なぜ今回だけ、このようなものが必要となるのだ。


 舌打ちしながら、続いて目の前に現れるメッセージを凝視する。


 選択肢は五つ。


『肉体、魔力、頭脳、配下、信念』


 なかなか難しい選択肢を出してくる。

 どれも重要な要素だ。


 選べないが、選ぶしかない。

 さて、どうするか。


 頭脳や肉体がなければ、どうにもならないだろう。


 信念がなければ転生先の世界で世界征服などできぬ。第一、信念がなく生きていくなどという愚行は冒せない。


 ならば、代償とするなら配下か魔力の二択だ。


「迷うほどではないな」


 魔王はふっと口元を緩めた。


 愛しい配下のいない世界など、私の望む世界ではない。


 犠牲にする能力を選択した瞬間、魔王は光に包まれた。


 今度は何もかもが白く、眩しくて目を開けていられない。

 圧倒的な光が通り過ぎて行ったあと、地を踏む感触があり、魔王は目を開いた。


「……?」


 視界に広がるのは今まで住んでいた世界とはまるで異なるものだった。

 薄暗い。それになんだこれは。


 まず自然がない。緑はおろか、木々や草花すらない。


 地は石のようなもので覆われており、土があるのかすらわからない。以前治めていた魔王都も石畳を敷いていたが、その比ではない。地の果てまでもその石らしきもので覆われている。


 そして、空気だ。


 呼吸ができなくなるほどの酷く濁った淀んだ空気。


 思わず口を手で覆う。


「まさか、これが魔界の瘴気か……?」


 転生先がいきなり魔界とは、待つべき運命はなかなかものだ。


 近くに配下のものがいる気配もない。

 私の持つ魔力もかなり弱っているように感じる。この状態でこの修羅のものと戦うことになるとは。


 自然と口元が綻ぶ。

 よかろう、望むところだ。ゼロからこの世界でも王になってやろうではないか。

 勇者と決着がつけられなかったのは、残念だが、かわいい部下たちもこの世界にいる。


 理想の世界をつくってやろうではないか。


 そう決意しながら拳を上げようとするものの、あまりの空気の淀みで、よろよろと立ち眩みがして、足元をふら付かせていると、何か柔らかいものを踏みつける。


「痛っ!」

「なんだと」


 そのまま魔王はバランスを崩して、尻もちをついてしまう。

 不思議だった。本来の自分の力なら、バランスを崩すということはなかっただろう。第一、その重量で踏み潰してしまっていたはずだ。


 なぜ。


 自分の体が見える。

 白くて細い腕、細い足。これはまるで……


「痛たたたた……さすがに終電逃したからって道で寝るのはまずかったか」


 先ほど踏んだものは、どうやらこの世界の人間だったらしい、その人間は、そんなことをぶつぶつといいながら起き上がってきた。


 妙な格好をした人間だ。

 全身黒っぽい服装で、上下の作りが揃った妙に一体感があるものだ。

 布のようだが、厚みがある高級な素材。


 それなりの身分のものか?


 男はしげしげとぶしつけにこちらを見つめてきた。

 顔色はひどく悪い。そして全体的に痩せていて、目の周りが黒く埋没している。


 ゾンビ族か?


「……君。もしかして家出娘ってやつ? こんな時間に」


 さらに男は酒臭い息を吐きながら、こちらに手を伸ばそうとした。


 無礼な奴。


 かちんときた魔王は反射的に魔法を練った。

 いきなり殺してはまずいだろう。高級士官なら特にだ。

 軽く脅すくらいでよい。


「弾けろ」


 全身の魔力を集め、簡単な魔法を発動させる。

 この程度の魔法、通常なら児戯にも等しい魔法だ。

 しかし。


『エラー。所持金が足りません』


 ずきりと頭を突き刺すような痛みが襲う。それと共に脳裏に浮かぶメッセージは、意味不明だった。


 魔法を使ったというのに、魔力でなく、所持金が足りないというのはどういうことなのか。

 悶絶するほどの痛みに耐えながら必死で考えた。

 原因はあきらかだ。


 魔力を犠牲にした。


 魔王は、目覚めたばかりの見知らぬ土地で頭を抱えた。これが代償か。


「ど、どうしたの? 急に……頭痛い?」


 ぽんと頭に手を置かれた。


 ぶちぎれる。


 愚か。

 実に愚かな行為だ。この私に触れるなど。


「ぶ、無礼な!」


 魔王は置かれた手を振り払う。相手の腕を引きちぎるくらいのつもりで。

 しかし、ぱちんと男の手を弾く程のものでしかなかった。


 おかしい。

 何かがおかしい。

 肉体は犠牲にしていない!

 あの強靭で、巨大で、勇猛で、圧倒的な肉体はどこへいったというのだ。


 私は絶望しながら走って逃げた。


「撤退だ! まず落ち着き、状況を整理せねばならん!」


 内心悔しさでいっぱいだった。


 以前の世界では、圧倒的強者として君臨していた。その気になれば国をも亡ぼせるだけの魔力、数千万の軍勢、軍勢を掌握できるだけの基盤も、統率力も備えていた。


 だがいまはどうだ。

 あのような無礼な輩一匹にすら、尻尾を巻いて逃げる始末。

 本来の姿なら、あのような男、恐れ多くて顔をあげることもできなかったはずだ。


 それなのに、あのような。


 あのようなまるで、この魔王を子供扱い。


 先ほどの出来事を考えていると腸が煮えくりかえり、どこまでも走ってしまった。

 走っているうちに徐々に世界が明るくなってきていた。息も絶え絶えだ。


 どうやら単純に夜だったらしい。


 明るくなったおかげで、この世界の様子がよくわかるようになってくる。地面を覆う石は、本当にどこまで覆い、そして周囲には膨大な建築物が乱立しているようだった。

 朝日が上がり、建物に反射してきらきらと輝いている。


 魔王はふらふらと頼りない足で、光に反射する建物に近づく。

 建物には大きな硝子製の壁があった。随分と高級な素材がつかわれているが、そんなことはどうでもいい。


 硝子に映る自分の姿をみて、嫌な予感が的中した。


 細い体躯、長い髪、白い手足、華奢な顔。

 人間の娘の姿だった。



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