第3話 黒男、魔王を拾う

 高杉黒男は、二徹目だった。


 上司から大量の仕事を渡されて、明日までに終わらせろと言われたのだ。昨日徹夜しているわけだし、流石に抵抗したかったが、


「なんだ?」


 ぎろりと鋭く睨まれ、何も言い出せなかった。

 黒男の会社はブレイブカンパニーという貿易会社で、かなり儲かっているらしい。

 らしいというのは、下っ端にはそういった情報が共有されないのでよくわからないのだ。儲かっていても、給与や賞与には反映されない。


 商品を独占販売できているため、利益がすごいのだとか。

 黒男は、そこでプログラマーとして雇われていた。


 Webサイトを作ったり、商品を見栄え良く撮影するため加工したり、そういった裏方仕事だ。


 基本的にうちの会社は営業がメインで、作業的な仕事は全部黒男に来ていた。

 部下もいたのだが、すぐやめてしまったり、まともに作業できなかったりするので、まあ、すべてこちらに来るのだ。


 頼りにされていると思えば、気持ちがいいし、給料もちゃんと支払われている。

 世の中にはもっと酷い状況の人もいる。

 自分はまだマシなほうだ。


「これ、全然情報そろってない。今日はあきらめよう」


 ひと段落終えたとき、すっかり日が昇っていた。

 今日は日曜日のため、会社帰りの公園にはイベントをやっているらしく、大勢の人でにぎわっていた。肉祭りという昇りがでており、活気のある音楽や歓声、いい匂いが漂ってくる。


 黒男が唐揚げと、ビール片手にどこに座ろうか席を探していると、


「あれ、あの子って」


 若い、というか十代くらいの少女がゴミ捨て場で座り込んでいるのが見えた。

 座り込んでいる場所もそうだが、ゴミのほうに顔を向けているのがやけに目立つ。

 しかも昨日だったか、一昨日だった夜、公園で見かけた少女に似ている気がする。


 基本世話焼きなのだ。


 周囲の人間は奇異な目で、ゴミ捨て場を凝視している彼女を見ている。


「何なんのあの子、ゴミなんか見て」「家出少女ってやつ?」「髪が長くて顔が見えないな」「頭がちょっと変なんだったら残念だな」


 内心腹が立ったがここで大声を出せるほどの人間じゃない。

 黒男は心の中で舌打ちすると、せめてもの償いとして、堂々と近づきいった。


「きみは」

「言っておくが、私は拾おうとしていたわけじゃないぞ!」


 全部言い終える前に彼女は振り返り、声を荒げた。

 とても美しい少女だった。

 端正な顔立ちと赤い瞳は、明らかにこの国の人間でなく、また艶のある赤みがかった髪は、最近では珍しく腰くらいまでの長さで、質素な服装とともにその奇異さを際立たせている。


 そんな彼女の姿に見とれていると、


「返せ!」


 そんな言葉と共に先ほど買ってきたばかりの唐揚げとビールが奪われる。


「え、え?」


 返せという言葉に理解が追い付かない。

 彼女はそれを、口いっぱいに頬張り、何とも言えない恍惚そうな顔をした。


「ちょっと! 返せってなんだよ。せめて、くれとか、ちょうだいとか」


 当然といえば当然の抗議をするが、あっという間に唐揚げを平らげると、ビールを飲みだす。


「あ、君、そもそも未成年じゃない?」


 ビールを取り上げようとするが、うまく躱されてしまう。


「これが人間の食事か……なかなかどうして」


 彼女はビールのせいか頬を紅潮させると満足げに頷いた。


「褒めてつかわす、グウル族よ」


 そういうとゴミ捨て場の囲いに腰を掛けた。


「何を言っているんだ、君は」


 グウル族? そんな民族聞いたことがない。


「僕は日本人だ。グウル族じゃない」

「にほんじん?」


 彼女は言葉がわからないようにつぶやくと、まじまじとこちらの顔を見つめた。

 照れるじゃないか。


「日本語ずいぶん上手いから、わかるとおもったけど? あー、キャンユースピークイングリッシュ?」


 慣れない英語を話してみたが、理解の色はまるでない。

 彼女はしばし考え込む仕草をした後、こう提案してきた。


「すまないが、いくつか教えてもらないか? ここはなんという世界だ?」

「世界? 日本っていう国なんだけど」

「ほう、国の名前が日本というのか。他にどれくらいの国がある?」

「えーと相当多いよ」


 地球に初めて訪れた異星人と話しているような気分だったが、まさかね。


「国の数が多い。ということは国の力が拮抗しているということか」

「あーそうなるのかな?」

「そうだろう。圧倒的に強い国があれば、他の国は吸収されてしまう。国力の差が大きくないからじゃないのか?」

「そうともいえないけど……あ、飲み過ぎじゃない?」


 話しながらどんどん唐揚げとビールを食していく彼女に一応制止の声を掛ける。


「僕も少しは食べたい……」

「あの男は有名なのか?」


 割りばしで差した方向に視線を送ると、金髪の端正な男が全面に出ているポスターがあった。


 勇者からあげ。


「なんか異世界から帰ってきた初の人類とかで、有名だね。そして何を隠そう僕の……あ、なんで、からあげ投げるのさ!食べ物を粗末にしちゃよくないよ!」


 非難の目で彼女をみやるが、彼女は憎たらしそうな顔で吐き捨てた。


「あいつ嫌い」

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