第7話 いやらしい雰囲気

 三人でやって来たのは駅前の噴水。

 ここで、他の二人と待ち合わせをしている。十五分も歩けば、流石に花恋のポニーテールにも慣れた。

 今は、三人で残りの二人を待っているところだ。


 それにしても……。

 チラリと啓二と花恋に視線を向ける。啓二はチラチラと花恋のポニーテールに視線を向け、何かを言おうとしては口を紡ぐ。花恋は花恋でポニーテールに時折触れて、その都度啓二に物欲しそうな視線を向ける。


 なんとじれったい!

 ええい! いやらしい雰囲気にしてやる!


 ……いやらしい雰囲気ってどうやって作るんだ?

 周りを少し暗くするとか? いや、今は真っ昼間。無理だ。

 じゃあ、あれか。キスしないと出れない部屋に閉じ込めるとか。いや、今は外だ。

 他に何かないかと頭を回す。そう思っていると、俺たち三人の横で一組の男女が抱き合った。


「マー君、おまたせ!」

「ううん、ミーちゃんに会えた喜びが大きすぎて、待ってる時間なんて忘れちゃったよ」

「もう! マー君ったら! でも、私もマー君に会えて嬉しい!」

「もう! ミーちゃんったら!」


 人目も気にせずに接吻したり、手を絡ませ合う二人。

 なんと破廉恥な! 見ているこっちが恥ずかしくなってくる。


「わわわ……す、凄いね」

「う、うん」


 そんな二人を見て花恋は顔を赤らめて両手で顔を覆っている。だが、指の隙間から二人のイチャイチャっぷりをバッチリ見ていた。

 花恋、お前むっつりスケベなのか……? でも、そんなところも可愛くて好き!


 一方、啓二は啓二で頬を赤くしながらもがっつり二人の様子を見ていた。

 うん。まあ、お前がスケベなのは知ってる。

 エッチなイラストをこっそり見てるところ見たことあるし。


 イチャイチャカップルはどこかへ行ってしまったが、あの二人が与えた衝撃は計り知れない。

 おかげで分かった、いやらしい雰囲気を生み出す方法、それはいやらしいことを見せつけることだったんだ!

 そうと決まれば早速いやらしいことをする相手を見つけないとな。


「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」

「あ、千冬ちゃん! 全然待ってないよ!」


 そこで待ち合わせをしていた二人の内の一人、蒼井千冬が姿を現した。

 水色のリボンがついたブラウスにひざ丈のスカート。春らしさを感じる可愛らしい格好だ。

 だが、丁度いい。

 君に決めた!


「蒼井」

「あ、千歳君もいたのね」

「まあな。ところで、お前、可愛い……なっ!」


 前髪を一払いし、なっ! のところできめ顔を蒼井に見せる。

 これで後は蒼井が「千歳君、あなたもベリークール……よっ!」と言ってくれれば、完璧だ。

 俺と蒼井のイチャイチャに流され、花恋と啓二もイチャイチャしたくなるに違いない。

 さあ、蒼井、後は任せたぜ!


「え……気持ち悪いわ。千歳君、頭おかしくなったのかしら?」


 俺の強化ガラスのハートにヒビが入る音がした。

 気持ち悪いって……! 黄島だけでなく、蒼井にまで言われた……!


「え!? 春陽君ってもしかして千冬ちゃんのこと……」

「春陽、何やってるんだよ……」


 おまけに花恋には勘違いされるし、啓二にもジト目を向けられるし最悪だ。

 特に啓二、お前のジト目に需要は無いぞ。


 くそっ! 蒼井じゃダメだ。

 この孤高の女王様は碌に恋愛をしたことがないお子様なんだった。そんな恋愛弱者に俺の意図を理解しろと言う方が無理な話だった。


「おー、もう全員集まってんのか。皆ちゃんとしてんなぁ。ふわぁ」

「あ! 秋子ちゃん!」

「おはよう、秋子」


 そこに、待ち合わせをしていた最後の一人である黄島明子が欠伸混じりにやって来た。

 ジーンズに白いシャツ。シャツの上からは薄黄色のパーカーを羽織っている。

 こいつ、プライベートでもパーカーなのかよ。


 それより、蒼井もダメな以上、黄島に頼るしかない!

 こいつは俺をストーカー扱いしてきたり、人をキモいと罵ってくる奴だが、悪い奴ではない。

 それに無駄に勘がいいところもある。きっと、気付いてくれるはずだ!!


「黄島」

「ん? あー、千歳か」

「黄島、今日もベリーキュートだ……なっ!」


 今度は髪をかきあげてから、なっ! のところできめ顔を向ける。

 ついでにウインクもしておく。頼むぞ! 気付いてくれよ、黄島!


「……もしもし、警察ですか? はい。この間のストーカーの件です。やっぱり学校とか保護者に連絡してもらっていいですか?」

「黄島あああああ!!」


 叫び声をあげながら瞬時に黄島の手にあるスマホを奪い取りに行く。

 だが、黄島にはひょいっと躱された。


 そのまま、俺は地面に膝をつく。


 お、終わりだ……。

 週明けの月曜日から俺のあだ名は変態ストーカー魔だ。

 きっと、花恋に軽蔑されるに違いない。


「冗談だよ、冗談。さすがにかけてねーっつの……って聞こえてねーなこれ」

「え、え!? は、春陽君って、秋子ちゃんのことも……!? でも、千冬ちゃんにも可愛いって言ってたし……」

「花恋、あなたの考えてることは全部間違いよ。大体、千歳君は花恋に一番可愛いって言ってるじゃない」

「え? あれはお世辞でしょ」

「ほんの少しだけ千歳君に同情するわ……」

「ま、バカは放っといて行くか」

「で、でもこのままじゃ春陽君逮捕されちゃうんじゃないの?」

「流石にマジで通報なんてしねーよ。じゃあ、美藤あのバカの処理は任せた」

「ええ!? ぼ、僕!?」


 周りが騒がしい。

 もしかすると警察が来たのかもしれない。

 思えば、俺の人生はいつも花恋ありきだった。花恋に嫌われるということは俺の人生の終わりを意味していると言ってもいいかもしれない。

 ありがとう、花恋。そして、さようなら……。


「春陽、皆行っちゃうから僕らも行くよ」

「ああ、そうだな。逝こう。今度はあの世から見守らせてもらうよ」

「何処に行くつもりなのさ……」


 天を見上げる。雲一つない青空だ。

 きっと、花恋たちの未来もこの青空の様に明るくどこまでも広がっているに違いない。


 この数秒後に、啓二から黄島が通報していないことを知らされた。

 ひゃっほい! 俺の人生はまだまだこれからだぜ!

 

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